第20話「殿は病弱な鶴松さんに転生したでしょ」
「黒田藩主の黒田利則殿ですが、どうもスペインやポルトガルの商人達と密会を重ねておるようで御座います」
大坂城の一室でおれに報告する太郎兵衛は、長崎で外国商人から仕入れた品を年に一度のペースで大阪まで運んで来ている。その都度長崎で得た詳しい状況報告がなされているのだ。
黒田利則殿は甥である長政殿の急死により藩主となったばかりだ。確かに、かの国との長崎戦の結果疎遠ではあるが、商人達と会ってはいけないとまでは言っていない。だからことさら咎めることもないのだが。太郎兵衛はなにやらきな臭いものを感じるのだという。
太郎兵衛から報告のあった翌年、恐れていたことが現実になった。もしやとは思っていたのだが、突然黒田藩が兵を挙げて長崎港を占拠した、と言う報がトキを通じてもたらされた。しかもそれを待っていたように、再びスペインとポルトガルの軍船が長崎港に姿を現したのだ。その数五隻。
黒田藩との密会の理由はこれだった。
「トキ」
「はい」
「太郎兵衛と勝家はまだ長崎か?」
「そうです」
商人に手出しはしないだろうが、二人に万一の事があってはならない。
「すぐ行くぞ」
「分かりました」
長崎の商館二階に二人は居た。黒田藩の兵が迫って来る前にと思ったが、遅かった。一階では怒号と悲鳴が渦巻き、兵がなだれ込んで来たのだった。
「殿、一体いつの間に――!」
「太郎兵衛、勝家逃げるぞ」
おれはすぐトキに向かい声を掛けようとしたが、
「いや、まだ逃げる事は出来ません」
「何故だ」
「店の者が下におります」
だが、下からは「二階を見ろ」と怒鳴り声が聞こえてくる。
「だめだ、もう間に合わない、あきらめろ」
「しかし、ここは二階です。どっちにしろ降りなければ行き場所が――」
「トキ、頼む」
「はい」
次の瞬間、おれとトキ、太郎兵衛と勝家は大阪に居た。
「――!」
「――!」
この後、絶句する二人に事情を説明するのは骨が折れた。
だが、
「殿、大丈夫ですか?」
トキが声を掛けて来た。太郎兵衛と勝家に説明をしている時に、ちょっと気分が悪くなったのだが、トキはすぐおれの顔色が悪いのに気が付いたようだ。
「大丈夫だ。なんともない」
「…………」
二人を救出した頃、黒田藩の行動と前後して、動き出した九州の諸藩があった。
まず佐賀藩主鍋島勝茂に対し、龍造寺季明が藩の実権を取り戻すべく、兵を挙げた。
立花宗茂たちばな むねしげは島津との開戦を願う家臣達に押され兵を挙げる準備を始め、福岡藩主小早川秀秋までもが何故か兵を挙げた。
「豊臣家に忠誠を誓っているのは島津家と小西家、それに加藤家で御座います」
幸村が報告してきた。九州が北と南勢力に、一気に二分してしまったようだ。
だが北半分の諸藩はそれぞれ思惑が違い、一枚岩ではないと思われる。この混乱にまぎれ、利を得ようとしているだけではないか。こざかしい連中だ。
「幸村」
「はい」
「今度ばかりは五〇〇〇という訳にはいかないだろう」
「さようで御座いますな」
九州の小藩が反乱を起こしただけとは言え、外国の軍隊も出て来たのだ。用意を万全にする必要がある。
「やはり一〇〇〇〇か二〇〇〇〇は用意せねばなるまい」
「そのように準備致します」
「あと毛利殿、長曾我部殿にも兵を出してもらおう」
「秀家殿にも連絡致します」
「そうしてくれ」
ところがそこから先、さらに深刻な事態が待っていた。
「殿」
「トキか、どうした?」
「新たなスペインの艦隊が鹿児島湾にも現れました」
「なに!」
長崎港に五隻、さらには鹿児島湾に三隻と合計八隻の軍船が現れたというのだった。
「太郎兵衛は居るか?」
「はい」
「今すぐイギリスの商館に行こう」
「分かりました」
太郎兵衛はこれで二度目の転送になるのだが、商人ではあるが肝の据わった男だ。もうなんの動揺も示さなかった。
「トキ、頼むぞ」
「はい」
イギリスの商館(ロンドン東インド会社平戸)では、スペインの軍船が鹿児島湾にまで来ている事は既に知っていた。
ここで単刀直入に言ってみた。
「イギリスの軍船でスペインやポルトガルを牽制してもらえないか?」
それに対して、彼らの要求はごく当たり前のものだった。日本と通商の独占を保障して欲しいと言って来た。
おれはその要求は飲もう、ただし、キリスト教の普及や、奴隷売買は禁止する。さらに軍の常駐もしない事とする。そして日本を植民地化するような動きは一切させないとした。世界はいずれグローバルになるのだが、一七世紀の今はイギリスと手を組む。
イギリス側はその条件を受け入れたが、シャムに停泊していた軍船四隻は既に出港して、日本に向かっているとの返事には驚かされた。
ことごとくスペインと対抗しているイギリスは、今回の事態をすでに把握していた。日本との共闘を視野に、おれと交渉出来ないか、機会をうかがっていたとの事だった。
「トキ」
「はい」
「今度は島津殿の所に頼む」
「分かりました」
おれは幸村と、島津忠恒殿の所に行った。転送が自然に反する行為だとすれば、その影響もあるのだろうが、この際そんなことを言ってはいられない。リスクは承知の上だ。
「殿、いつの間に!」
「詳しくは話せないのですが……」
その辺はぼかすと、本題に入った。
「スペインの船からは、何か言ってきましたでしょうか?」
「それが今のところ何も言っては来ません」
やがてイギリスの艦隊がやって来るという情報を話して聞かせたが、鹿児島の湾に来るとは聞いていない。そこでイギリス軍船が長崎に向かうようなら、和船で鹿児島湾を封鎖してもらえないかと尋ねた。
忠恒殿は難しい顔をして黙ってしまった。
藩内の誰もがスペインの軍船を見るのは初めてでもあり、脅威に感じているのは明らかだ。それを封鎖して閉じ込めろとは、敵を挑発しろと言っているようなものだ。
「だが安心して頂いていいです。敵の動きを封じ込める手段はありますから」
「どのような手段なのでしょうか?」
「それはおいおい分かるでしょう」
「…………」
とにかく、封鎖をするだけで、攻撃などする必要はないからと、説得した。
忠恒殿との対話を終わりほっとしたその直後、
「ん?」
「殿!」
おれはまた気分が悪くなった。
「トキ」
「はい」
「転送のリスクって、身体にどんな影響が出るんだ?」
気のせいかもしれないが、念のため聞いておいた方が良いなと感じた。
「個体差があると思うわ」
「おれの場合は――」
「殿は病弱な鶴松さんに転生したでしょ」
「…………」
――やはりそうか、うすうす感じてはいたんだが、これは――
平戸に留まらせた太郎兵衛より、イギリスの軍船が沖合に来ているとの情報がもたらされた。ボートで上陸して来た幹部との短い軍議がなされた。
長崎の港は狭い入り江の奥にある。入っても思うようには動けず、封鎖をしても膠着状態になるだけではないかとの意見が多かった。結局イギリスの軍船四隻は、鹿児島港に居るポルトガル船を奇襲すると決定した。
薩摩藩は和船を用意しただけで、湾を封鎖することはなかった。
北九州諸藩の動きにその後変化は無く、進軍もしていなかったが、豊臣側の軍は約六〇〇〇〇となり、九州に近づいていた。
「勝家、今夜は働いてもらうぞ」
「はい!」
勝家は太郎兵衛と違い興奮している。時空移転という離れ業に夢中のようなのだ。ただ幸村は不満げであった。代わりに勝家を連れて行こうとしたのだが……
「拙者はまだやれますぞ」
「それは分かる。だが今回はマストの上とか、かなり危険なのだ」
やはりここは勝家のような身軽な者がいいだろう。後は佐助とおれとトキの四人で、深夜またマストの帆に火を付けてやる。
前回は早く発見消火されてしまったので、今回は消火しにくいようにメインマストの中段を選び、三隻同時に付ける事にした。
夜の更けるのを待って、油をしみこませた布を三人でそれぞれ持ち、トキに転送させてもらう。たたんだ帆の隙間に差し込むと、三人がほぼ同時にライターで着火。後は対岸から高見の見物と相成った。
気づいた水兵が、大声で叫んでいるのが聞こえて来た。
マストの中段である為、消火が思うようにいかないのは明らかだった。遂に三隻ともメインマストの上部が黒焦げになるという事態になってしまった。
その後は、薩摩藩士が夜陰に乗じて和船で軍船に乗り込み、マストに火を放ったと噂が広まった。後で勝家が「このらいたーを頂いてもよろしいでしょうか?」と聞いてきた。
翌朝、怒り狂った軍船から、ついに沿岸の街に向かい発砲が始まった。
これは長崎港の教訓から十分学んでいた事なので、前もって住民を避難させてもらっていた。だから建物だけで、人的被害は無いと思われる。
ところがその砲撃が始まり暫くして、イギリスの軍船が鹿児島湾の沖合に姿を現した。当然スペイン船にとっては沿岸の砲撃どころではない。急遽、船を移動させ向きを変えようとするのだが何しろ帆が足りない。それに停泊中ではすぐに動かせないのは当然だ。甲板上はとんでもない騒ぎとなった。
そして湾に侵入して来たイギリス軍船は、敵船の船尾に対して横に向きを変えると、砲撃を開始。スペイン船は至近距離の真後から、船内貫通弾を浴びることになった。
帆船の後ろには砲が無い。一方的に撃たれて二隻が大破。ただ湾の一番奥に居た一隻はかろうじて動き出したのだが、旋回が思うようにいかない。水深も分からない不案内な湾で岸に寄ってしまい、浅瀬に乗り上げ動けなくなった。
イギリス船三隻はすぐ湾の外に出る。長崎港の軍船が回って来る恐れがあるからだ。湾内でぐずぐずしていると、今度は立場が逆になる。残りの一隻だけはさらに湾深く侵入すると、座礁しているスペイン船の後ろから近づき、船体を横に向ける。後は目の前の的を撃ちぬくだけだった。
これで敵の残りは五隻、四隻対五隻となった。
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