豊臣秀矩(勝家)

@erawan

第1話 豊臣秀矩(勝家)


「フリーター戦国時代に行く」の二作品に続く、豊臣秀矩(勝家)偏です。




 日本中を巻き込んだ戦国の世はすでに終わっている。うぐいすの鳴き声が聞こえ始めているが、ミニ氷河期と言われるこの時代だ、朝晩の冷え込みは相当厳しい。


「幸村殿」

「はい」


 大坂城の一室に静かな時が流れている。豊臣家を引継ぎ、未だ盤石ではない政権のかじ取りを始めた秀矩は、深いため息をついて目の前の老人に声を掛けた。小柄ではあるが、厳しい戦乱の世を生き抜いた男の顔がそこにあった。


「あの方ならどうしたでしょうか?」

「…………」


 あの方とは、未来からやって来た人物の事だ。鶴松に転生して豊臣政権の樹立に貢献したその働きは、この時代の者にとっては信じられない出来事の数々だった。

 秀矩は幸村の顔を見ず、さらに言葉を続けた。


「こんな事になるのなら、もっと教えを乞うておくべきだったと悔やまれます」

「もう二度とこの時代には来れないだろうと、仰っておられました」

「うん」



 不思議なその人物は未来から来て、秀吉の嫡男鶴松に転生し、元服後改名して秀矩と名乗った。

 その秀矩様に見いだされて家臣となったのが毛利勝家だ。豊臣政権の経済ブレーン太郎兵衛の元で、一時南蛮貿易の修行を指示されていた。だが一たび九州で戦が起きると、再び刀を腰に帯びて活躍している。

 そして今から一年前、その勝家の身に驚愕するような出来事が起きる。突然大阪城に呼び出され、「儂の跡を継げ」と、秀矩様に転生させられてしまったのだ。

 だから今は殿様と呼ばれる身分にあるのだが、いまだに幸村と呼び捨てにすることが出来ないでいる。

 史実で勝家は一六〇一年に生まれ、大坂の陣で父勝永と共に数多く敵の首級を挙げるなど奮戦した。勝永が惜しきものよと口走るほどであったと言う。


「これからは殿がしっかり政権を担わなくてはなりません。きっとあの方は未来から見ていらっしゃる事でしょう」


 鶴松の時代から秀矩の家臣となっている幸村は、遠くを見つめるようにして言った。

 秀矩(勝家)はお茶を一口飲むと、話題を変えた。


「私はオスマン帝国の復活に手を貸そうと考えています」

「あの滅びた帝国をで御座いますか?」

「そうです」


 前に座る幸村が怪訝な顔をして、秀矩の顔を見た。


 一度は滅びたかに見えたオスマン帝国だが、亡命中のスルタンがコンスタンティノープルを遠くに見つめ、復活の機会を狙っているという噂があった。


「また何故そのようなお考えを……」

「これからの世は日本の中だけを見ていては、世界の動きに遅れてしまうと思われます」


 この時代、イングランド王国は新式火縄銃の威力を駆って、世界制覇を達成しつつあった。その先兵たるクロムウエルは、最後の遠征地日本から帰国したばかりだ。だがクロムウエルを祖国で待っていたのは、イングランド王ジェームス一世との対立だった。その後議会派が結成されるなどの混乱に乗じて、イングランドに制圧されていたヨーロッパ各国が一斉に反旗をひるがえした。

 そうした事情からイングランドはアジアにまで軍を割り振れなくなってしまう。結果東アジアではそれまでに獲得した領土を清王朝から狭められてしまい、南部の一隅と香港島を残すのみとなってしまう。


 東西の王朝は興亡の歴史を繰り返している。日本がこれから大きく羽ばたくには、同盟を結ぶ相手を慎重に選ぶ必要があると、秀矩は考えていた。

 オスマン帝国の滅亡は、怠惰な皇帝のオンパレードが原因の一つだとも言われている。だが、その滅び行くさまを見つめていた一族の中から、きっと有能な者が現れ、失敗を糧に新たな帝国を復活させるに違いない。秀矩はそう考え、そんなスルタンを探し出そうと言うのだった。


「日本の内政は太郎兵衛殿に任せます。それだけの実力を備えている方でしょう」

「…………」


 大阪屈指の豪商だった大矢太郎兵衛は秀矩にコメ騒動をきっかけに見いだされ、今では豊臣政権の重要な経済ブレーンとなっている。未来から来た人物の傍に居てその影響をしっかり受けていたのだ。


「ところでパイン殿は今もアジアに居るのですか?」

「はい、そのようです」

「では、私の考えを伝えて、噂が本当ならスルタンの居場所を探すよう連絡して下さい」


 イングランドの元海軍士官だったパインも、未来から来た人物の影響を受けている一人だ。今は商人となりアジアで活躍しているが、豊臣政権とは深い繋がりを持ち続けている。


「それから一度日本に来るように言って下さい。折り入って話が有ります」

「分かりました」


 秀矩は言葉を続けた。


「それから幸村殿」

「はい」

「これからの日本はもっと人材が必要です。イングランドに有能な若者を留学させる事が出来ないか調べて下さい」

「分かりました」


 この時代、東南アジアには多くの日本人が傭兵などの目的で進出して、アユタヤには日本人村まで出来ている。

 傭兵や目先の交易だけではなく、日本の将来の為には多くの若者をイングランドに留学させる事は、ぜひとも必要だと考えるのだった。


「それから大阪に全国より若者を集めましょう。志のある者は侍でも町人、百姓でも構いません。だれもが教育を受けられるようにしたいと思うのです」

「…………」

「城下に寺子屋より何倍も大きな規模の学習処をたくさん建て、日本中から若者を集めるよう手配して下さい」


 人材を育て、さらにその者らを郷里に返して子弟育成に当たらせると言うのだ。


「分かりました」

「太郎兵衛殿にも協力をお願いしましょう。神社仏閣などより学習処を全国に建てるのです。度重なる飢饉等の問題も、考える人材が多ければ解決出来る可能性が高まります」

「かしこまりました」





「旦那様、仁吉殿が見えられました」


 太郎兵衛の屋敷に、今は鍛冶業界の大御所となっている仁吉がやって来た。太郎兵衛は普段自分の穀物商も続けている為、城下の屋敷に住まい、大阪城とを行き来している。


「仁吉殿、今日はどのようなご用件でしょうか?」

「早速ですが太郎兵衛様、私はあの方から鉄砲の未来を聞き及んでおります」

「…………」

「そのような鉄砲の開発をするには、ぜひとも必要な物が有り、そのお願いに参りました」


 豊臣、いや日本の将来の為には、大掛かりな製鉄所の建設が必要だと聞かされていたと言うのだ。

 日本での製鉄の歴史というのは意外に古く、なんと最古の遺跡は古墳時代にまでさかのぼるとか。

 鉄鉱石を原料として鉄を作る近代製鉄は、安政四年(一八五八年)に南部藩士が釜石において始めた。中国地方で製鉄が行われたのは、原料の砂鉄や燃料の木炭の入手が容易だからだ。

 豊臣政権下で進められるとすれば、日本における製鉄所の建設は史実より二〇〇年も早い事になる。


「分かりました。幸村殿にも相談してみます」




 あの方から直接言われたという六人の記憶をまとめて、豊臣家が後の世にまで伝えて行かねばならない家訓として、書き留める作業は幸村がしていた。

 中でも最も貴重な経験をしたのが、秀矩の護衛を務めていた安兵衛であった。

 何しろ彼はあの方と共に、実際の未来に行って来たと言うのだ!


「話に出て来たチンドン屋と言う物を一目見て見たかったのですが、それは叶いませんでした」


 信じられない事ではあったが、その詳細な話を効くに及んでは、信じざるを得なかった。

 こうして未来でフリーターと呼ばれていると言う方の語録集は、代々豊臣家の子孫に伝えられて行くことになるのだった。

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