もちつきロケット

幸 石木

プロローグ it's just goodbye

 いつもお母さんに聞かされていた。

 私のお父さんは、立派な宇宙飛行士なんだって。



「ライト! 練習通りに!」

「うん! 博士!」


 目の前には色んな計器やランプの光。このロケットの頭の部分、私がいるのは操縦席。各スイッチも見えやすいようにたくさん光らせた。

 ――練習通りにすれば、上手く行くはず、怖くない。

 私はこれから、宇宙そらへ行く。


『まて! ライト!』


 モニターに私を追ってきたヨウヘイさんの顔が映った。画面越しの彼の声は暑苦しさを封じられて、どこか機械的に聞こえる。

 ヨウヘイさんはロケットから少し離れた場所に立っていて、安全柵越しに私に大声で呼びかけてくる。


『“想いの力”の使用は現在許可されていない!』

「ヨウヘイさん最後までしつこい。……あの子たちをよく倒せたね」

『あのロボット共は部下たちが相手をしてくれている。――ライト! 今ならまだ間に合う!』


 ヨウヘイさんは私に辛そうな顔を向けて、必死に訴えかけてくる。


『一度飛び立てば犯罪者だ! 帰ってこれなくなるぞ!』

「帰ってきたら捕まっちゃうってだけでしょ? それなら私、気にしない」


 覚悟はもう決まっている。

 想いはもう詰まっている。

 待っててお母さん。


「私は絶対お父さんを見つけ出して、ここに帰ってくる。――この“もちつきロケット”で!」


 想いで飛んでくロケットで。

 まっすぐにお父さんの所へ向かうんだ。


 ふとももに挟んで抱いている博士が私に振り返る。私を見上げる彼のつぶらな瞳と目があって、そして同時に頷いた。


「準備万端、いくよライト!」

「よーし! いちゃえー!!」


 ドンッと重い物同士が硬くぶつかる音がして、私のいる操縦席に鈍く強い衝撃がやってきた。

 振り子みたいな杵型射出機に搗き出されたんだ。お餅の形の推進装置が火を吹いて、臼型の宇宙船を月の引力から遠ざけていく。


『うおお!?』


 振り切られた杵の風圧ともちつきの衝撃の煽りを受けて、ヨウヘイさんが叫び声を上げた。きっとしばらく動けないような大けがを負うに違いない。

 ――ごめんなさい。


「帰ってきたら、ちゃんとするから」


 だから今は、私の想いを遂げさせて。



 もちつきロケットは月との引っ張り合いに打ち勝って、想いを込めた推進装置がお祝いみたいに火を吹いた。

 練習通りに餅は搗かれて、イメージ通りに宇宙そらへ出られた。ここまでビックリするくらい思い通りにやれている。

 でも真っ暗な外をモニター越しに見ていると、旅立ちに高まってドキドキが鳴り止まない胸に、内緒にしていた嫌な予感が沸き上がって来た。

 これからどこへ向かうんだろう。

 お父さんのいる所は分からない。

 どの星かも、どの星系かも、どの銀河かも分からない。もしかしたらどの星にも居ずに、宇宙を孤独に彷徨っているのかもしれない。

 ――そもそも、生きているのかすら。

 心臓に冷えた水が流れたような気がして、未だに続く高鳴りが期待から不安へと振り切られたのが分かった。

 慌てて頭を振る。

 気付けば博士が心配そうに私を見上げていた。


「ごめんね。――大丈夫だよ、行こう!!」


 想いがきっと、そこへ連れて行ってくれるはず。


「……ライトがそう言うなら、僕はそれを信じるよ」

「ッッキャー! 博士ったらキュートなボディで男らしいこと言うんだから〜。カワイッ!」

「やれやれ、君が僕をそう作ったんだろう? いつもそんな風にすぐ元気になるんだから、心配して損した気分になるよ。――ッ!?」

「えっなに!?」


 何かが揺さぶられたような激しい振動と音とともに、急に船内の明かりが消えてしまった。目の前に輝いていた計器もランプも光を失って真っ暗闇の中、手探りで色んなスイッチを押してみたけど反応は無い。


「完全に機関停止してる! なんで!?」

「いま原因を調べる! ――グェッ!? ラ、ライトちょっとくっつかないで!」

「だ、だって……ヒィ!? なんか変な音したよ!?」

「パソコンの起動音だよ! やれやれさっきの威勢のいい君はどこに行ったんだ」


 私はいつの間にか目をつむっていたようで、博士がノートパソコンを開いたことに気付かなかった。ぼんやりと光るその画面にはよく分からない数字の羅列が音もなく現れて、けれどすぐに新しい羅列に押しやられるように流されていく。

 忙しなく流れ続ける数字を見つめながら、博士は両前足を器用につかってパソコンを操作している。しかし突然、その両前足をピタリと止めて私に振り返った。


「だめだ分からない。まったくもって原因不明だ」

「えっ」


 ――博士でも分からないなんて、いったいどうしたら。

 もちつきロケットがこのまま動かないとしたら、お父さんに会えないどころか、下手したら暗い宇宙を永遠に彷徨うことになるかもしれない。

 目の前に横たわった現実的な恐怖に私が青ざめてしまう前に、博士はその目を細めて言葉を続ける。


「大丈夫。幸いなことに、もちつきロケットは地球に引き寄せられているみたいだ。あと12時間後には地球の大気圏に突入するよ」

「ちきゅう!?」


 ――まさか地球に行くことになるなんて。

 地球。人類の故郷。今は見捨てられた星。月にいる人は誰も近寄りたがらない。青くて丸くておっきくて、掴めそうなほど近いのに。

 けど、お母さんはそんな地球を見るのが好きだったな。


「そう、地球。月の流刑地。……まぁ、僕らにとっては都合がいいね。もちつきロケットの動きは察知されているだろうし。地球に向かうとなれば警察も追ってこないでしょ」

「はぁ、宇宙で彷徨うよりましかぁ。あーあ。もちつきロケットが直るまで地球で大人しくするしかないかー」


 お父さんを見つけ出すために、もちつきロケットは欠かせない。もちつきロケットは想いへ導くロケットだから、きっとお父さんにたどり着くにはこれに乗って行くしかない。

 だから地球でしっかり直して、機関停止した原因もはっきりさせないと。


「さてライト、そうと決まれば地球についてお勉強しようか」

「えっ、なんで!?」

「近づいたら危ない所とか知っとかないとでしょ。いまテキスト用意するからまってて」

「……うぇぇ」


 博士はこうなったら私の言う事を聞いてくれない。仕方なく彼の言う通り勉強することにしよう。

 ――よく考えたら地球のこと全然知らないし。

 ほんの少しの滞在のつもりだけど、勉強しておいて損はないと思う。

 それにしても、長い旅路の第一歩を踏み出してすぐ大コケしちゃうなんてね。


 ごめんねお母さん。私、帰るのが少し遅くなりそうです。

 

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