第15話 窓居圭太、神使まみの捕獲に失敗、窮地に陥る
恋愛経験に乏しいぼくのコミュ力は、果たしてビッチなウサコに通用するのか?
黒幕まみの正体は
それぞれの想い、そして意気地を賭けた頭脳戦が、いま始まる!!
⌘ ⌘ ⌘
ウサコの身の上語りを聞いていたぼくには、胸にジーンと来るものがあった。
ぼくは口を開いて、すべり台のスロープ先端部に
「ウサコ、おまえのさみしさ、ぼくも彼女のいない身だからよくわかるよ。
さみしいどうし、下でゆっくり話そう」
そう言ってぼくは、すべり台の
ウサコも、その様子をじっと眺めていた。
ぼくはウサコに手招きをして、近くにあったベンチに一緒に座るよう
こうしてウサコとの距離が近くなることには少なからず不安はあったが、近寄らないことには、まみが化けたと思われる髪留めに手が届かない。
ぼくはそう覚悟を決めたのである。
とはいえ、不意を突かれてアドバンテージを取られることだけは避けたかったので、レディーファーストを装ってウサコを先にベンチに座らせ、しかるのちに三十センチほど間隔を開けて、となりにぼくが座った。
さあ、いよいよ交渉開始である。
⌘ ⌘ ⌘
ぼくは、ウサコを横目で眺めながら、こう切り出した。
「ウサコ、昨日はいろいろとぼくの話に付き合ってくれたね。礼を言うよ。
おまえと話をし始めた最初のうちは、ずいぶん冷たいことを言っちまった気もするが、まあ許せ。
恋愛についてのおまえの話、いろいろと参考になったよ。
ぼくがこれまでとってきたやり方についても、結構反省すべき点があるなと、あとで考えさせられた。
感謝してるぜ」
ウサコは、ぼくのそういうお礼の言葉を聞いても、昨日のぼくとのやり取りをろくに覚えていないからか、きょとんとした表情をしている。
まあ、それは想定内のことだったので、ぼくは特に気にせずに続けた。
「これまでぼくは、自分で『恋愛はこうあらねばならない』とか、『自分にはこういう相手が一番いい』とか、いろいろと縛りをかけ過ぎていたような気がする。
自分で自分にさまざまな制約を課してきた結果、どうにもこうにも身動きのとれない状態に追い込んでしまったかもしれない。
まずこれを、いったん解くことから始めたほうがよさそうだ。
これまでのように、ただひとりの相手に選択肢を狭めていく方向でなく、逆にもっと広げていくことで、いろいろな相手と知り合い、実りのある関係を築けるんじゃないかと思えてきたよ。
おまえの言っていたのは、そういうことだよな、ウサコ?」
先ほどからぼくが言おうとしていることがようやくわかってきたのだろうか、ウサコは深くうなずいた。
「あんたもだいぶん、物分かりがよくなってきたじゃない。ホッとしたよ。
最初はなんだか、取りつく島もない感じだったもの。
あたしの言いたかったのは、そういうことさ」
その言葉に、ぼくは黙ってうなずいた。
昨日ウサコがぼくに言った言葉、例えば「嫌いじゃないと思っている子なら、まずは恋の相手候補リストに入れて、その中で縁のあった子と恋を始めることから始めてみようよ」とか、「『キスから始まる恋』も、あるんじゃないかな」とかを、ぼくは思い出していた。
考えて行動することは大切だけれど、考え過ぎて動けなくなってしまっては本末転倒だろう。
失敗を恐れずに行動することが恋愛においてはなにより大切なのだと、ウサコは教えてくれたのだと思う。
「おまえのアドバイスに従って、今後ぼくはもっと視野を広げて付き合う相手を探すことにするよ」
それを聞いて、ウサコの両目が一瞬キラリと光った。
「そうかい。じゃ、あたしも視野に入ったってことだな?」
「ちがう」
ぼくは瞬殺で否定した。
「おや、ずいぶんじゃないか。期待させといて、まだあたしの相手はダメとか」
と、頬っぺたを膨らませるウサコ。
ぼくは急いでこう弁解した。
「まあ待て。これには、ちゃんとした理由がある。
それを聞けば、おまえもきっと納得するような理由が。
これから、順序だてて話すから」
ぼくは上半身を少しよじらせて横を向き、ウサコの目をまっすぐ見つめるようにして話し始めた。
「ウサコ、おまえは昨日ぼくと話した内容をかなり忘れてしまったと思うので、改めてとても大切な問題について話そう。
おまえがなぜ、この世に登場したのかについてだ。
おまえが生まれたというか、意識が発生したのは、せいぜいここ4、5日くらい前ということだったよな?」
ウサコは、うなずきながらこう返事した。
「ああ、そんな感じだよ。これまで記憶は五回ぐらい途切れているから、きょうでたぶん6日目ぐらいじゃないのかな」
「わかった。では、そういう前提で話を進めよう。
おまえは5日ほど前に突然、この夜だけの世界に放り出されるようにして生まれてきた。
名前すら、与えられずに。
そして毎日、夜のこの街をさまよい歩き、まるで習性のようにこの公園にたどり着いてひとときを過ごす。
そして、朝になる前に意識は途絶えてしまう。
そんなことを、ずっと繰り返してきているんだ。わかるよな?」
ぼくのその問いかけに、ウサコは無言でうなずいた。
「ところでウサコ、おまえは毎日、どういう状態のときに意識が
言い換えれば、目覚めた時、どんな場所にいるのかということだ。
ぼくが思うには、道を歩いている時じゃないかと思うんだが、どうなんだ」
ぼくの質問に対し、ウサコはしばらく沈黙して考えを
「ああ、そうだな。そういえばあたしは、いつも気がつけば道を歩いていたような気がする。
だから、自分がどこで寝た状態から起きて外に出かけたのか、まったくわからないんだ。
そして、あたしの意識はいつも外にいるときに途絶えてしまい、その後どこに帰ったのかもわからない」
ぼくはそれを聞いて〈やっぱりそうか〉と思った。
「つまり、起きて道を歩くまでのプロセスの記憶、あるいは道を歩いてどこかの
これはどういうことかというと、おまえの意識は何者かによってコントロールされているということの証拠だと思うよ。
〈夢遊病〉というのを、おまえも聞いたことがあるだろう。
起き上がってそこかしこを徘徊するけれど、本人はそれを記憶していないという病気。
おまえのケースもそれに似ていて、一部の行動の記憶は完全に消し飛んでいる。
それは、何者かがおまえの意識を操作しているからなんだ。
どこに寝ていて起きたか、どこに帰ったかを記憶に残させないようにすることで、おまえが本来誰で、どのような者であるかを、まったく気づかせないようにしているんだろう」
その話を聞くうちに、ウサコの表情が険しくなっていった。
「ああ、そういうことだったのか。
あたしは自分という人間が、誰かの生まれ変わりのようなものだと思っていたんだ。
すでにこの世にはいない、誰か。
その人の持っている情報や知識をある程度引き継いでいるのが、いまのあたし。
そういうふうに考えていたけれど、どうやらかなり違うみたいだな。
あんたの見るところでは」
ウサコに尋ねられて、ぼくは首を縦に振った。
そうして、話を続けた。
「その通りだ。ウサコは、夜のあいだの短い時間だけこの姿をとる、いわば〈仮の存在〉と言える。
昼のあいだは、いまのおまえの姿とはまったくことなる姿をとった別人として生きている。
実はそちらこそが、本来のおまえなんだ。
そして、夜中になると、ある者が本来のおまえを変身させ、こうして街に放つ。
なぜ、そういうことをそいつがやっているのか、おまえは知らない。
だがもう、その正体を知るべき時が来ている。
それを知らないことには、おまえはこれからもずっと、そいつの操り人形でいなくてはならない。
その操り糸を、断ち切るべき時が来たのだ」
ぼくの話は次第に、問題の核心に触れようとしていた。
すなわち、ミミコをウサコに変身させたのは誰かについて、ウサコに告げるべき時がやってきた。
当然この話は、変身をさせた〈
次の瞬間、どのような報復に遭ってもおかしくない、そんなリスキーな状況。
これからは、一瞬一瞬が大爆発の一秒前なのだ。
だからぼくの緊張感も、にわかに高まってきた。
そしてウサコも、息を飲むようにして、大きな瞳でぼくを注視していた。
「実のことを言うとぼくは、おまえが本来誰なのか、突き止めてある」
「そう、なのか?」
ウサコは、瞳をさらに大きく見開いた。
「ただ、それを告げる前に、おまえにひとつ頼みたいことがあるんだ」
「なんだ、それは?」
「おまえの前髪を止めているその髪留め、見せてはもらえないか?
あまり見かけたことのない形なんで、気になってしかたがないんだ」
「髪留めぇ? そんなものしていたっけ、あたし?」
そう
ウサコの前髪が、はらりと垂れた。
「あんたも、妙なことが気になる人なんだな。ほら」
そう言って、ウサコは髪留めをぼくに手渡した。
ぼくは、近くに気配を消して潜んでいるであろう〈相棒〉に念を飛ばした。
“きつこ、いまだ。これを受け取れ!”
そうして、髪留めを虚空に向かって放り投げた。
次の瞬間、闇の中に実体化したきつこが、昨日と同じく浴衣姿で現れた。
そして、髪留めをナイスキャッチ!
そして、こう叫んだ。
「
一秒、二秒……。
お札のあらたかな威力に負けた一匹の狸が、そこに出現する……
はずだった。
が、いくら待てどもまったく現れない。
なんてこった!
「圭太、こいつはダミーだ。ヤバいぞ!」
きつこの警告が飛んできた。
だが、身構えるより早く一瞬、頭の中が真っ白になった。
「あうっっ!!??」
一撃のもとに、ぼくはとてつもなく強大な力で公園の地面にねじ伏せられてしまっていた。
喉、喉が苦しい……。
そう思いながら顔を上げると、そこには先ほどまで何の邪気もなく、ぼくと向かいあって語らっていたウサコが、ぼくに馬乗りになって強く首を締めていたのだ。
い、いったいなにが起きたんだ?
ウサコはなぜ、豹変したんだ?
ぼくの脳細胞は悲鳴のように、〈理解不能〉の信号を発し続けていたのだった。(続く)
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