第3話 窓居圭太、榛原ミミコの件で高槻姉妹らに相談に行く

ぼく窓居まどい圭太けいたは、友人榛原はいばらマサルの抱えている悩みを聞くために彼の自宅を訪れ、そこで初めて彼の2才下の妹、ミミコに会う。


どうやら、幼い容姿のミミコの身に、何らかの異変が起きているらしい。


榛原は、その日の未明の出来事を語る。


午前二時の巷を彷徨するパジャマ姿の長身の美女、それは実はミミコだった?!


       ⌘ ⌘ ⌘


榛原は、さらに語る。


「その女がミミコだと確信した理由は、キュープリラビットの柄のパジャマを着ていたこと以外に、もうひとつあった。


幼い頃にミミコは、家の中でけっこう大きなケガをしている。


あやまって右目の真横あたりを、キッチンシンクの角にぶつけてしまい、医者に運ばれ何針も縫う羽目となった。


その傷は、十代となったいまとなってはほとんど目立たなくなったが、じっくりと見ればその箇所に、かすかにその名残りが認められる。


そして、その女もまた、右目の真横あたりにまったく同じ痕跡があったのだ」


それを聞いて、ぼくは生つばをゴクリと飲み込んだ。


「つまり、この女はミミコが突如として変化したものにほかならない。


だが、その中身はどうなのか。ミミコと同じパーソナリティなのか。


答えは、女の次の行動、最初のひとことで判明した。


『おにいさん、こんばんは。月も出ていい夜だね。


あたしって、きれい?』


そのおにいさんという言葉は、肉親である兄に対して発せられたというニュアンスではまったくなく、不特定の男子に対する呼びかけ、そういうものだった。


夜の商売をしている女が男を誘う、そんなニュアンスだ」


「なに、そんな経験が前にもあったのか、榛原は。


隅におけねーなー」


ぼくがツッコミを入れると、榛原はエヘンと咳払いをしてこう答えた。


「もちろん、映画や小説の中にあったその手のシーンからそう判断したまでだ。誤解するな」


「はいはい」


「で、本題に戻すとだな、その女は、ミミコとは別人格であると俺は判断した。


見た目が大人のように変わっただけでなく、その中身も別人になっているのだ。


ゆえに、俺のことを自分の兄と認識できなくなっている。


俺は女の問いに対して、少しだけ間をおいてこう答えた。


『ああ、あなたはとてもきれいだ。


これまで見たことがないくらい、きれいだ』


その答えを聞いて、女、というかミミコは、至極ご満悦の様子でこう言った。


『よかった。そう言ってくれて。あたしは嬉しいよ。


これまで声をかけた何人かのおにいさんは、あたしのこと気味悪く思ったのか、何も答えずに逃げちまったからね。


ちゃんときれいだって褒めてくれたのは、おにいさんが初めてだよ。


お礼に、あたしのこと、好きにしていいよ』


そう言って、俺に熱い視線を向けながら、俺のすぐ目の前にまでにじり寄って来た。


いかん、これ以上のことを、ミミコにさせるわけにいかない。


『許せミミコ。手荒な真似をしたくはなかったが、これ以外に打つ手はないんだ!』


そう心の中で叫びながら、俺はミミコのみぞおちに右こぶしの一撃を食らわせた。


ミミコは意識を失って、その場に崩折くずおれた。


俺は彼女をおんぶすると、一目散に家路を急いだ。


幸い、誰にも出会うことなく自宅にたどり着いた。


俺はミミコを彼女の部屋まで運び入れ、ベッドにねかせた」


「それでひとまず、事件は終わったということだな」


「ああ、本質的な問題は未解決のまま、終わらせた。


そのあと俺は、いろいろ気になったので、ネット上にある、とある裏掲示板に当たってみた。


そこにはこの池上いけがみ界隈の未確認情報が数多く集まって来る」


「そんなもの、あったの? マジで?」


こんなちっぽけな街にも裏情報サイトがあったなんて、聞いてビックリだぜ。


「ああ、そこをしばらくチェックしていると、いくつかのそれらしい情報が見つかった。


三日前に書かれた目撃情報が、最初のもののようだった。


その時は、遠くから短かめのパジャマを着た女を見かけただけで、彼女とのやりとりはなかったようだ。


ふたつ目は、その書き込みを見て興味、それもたぶん下世話な興味からだろう、翌日の深夜に街へ出かけたやつの情報だった。


そいつは、俺と同じように『あたしって、きれい?』という、伝説の口裂け女まがいのセリフを聞いたのだが、彼女のこの世のものとは思えぬ美貌も相まって、『こいつは人間じゃない』という恐怖から、ひとことも返事が出来ず、逃げてしまった。


三つ目は、昨日書き込まれた情報だ。


そいつは前日の情報を見て『なんてチキンなんだ』とあざわらい、『俺がその女の相手をしてやる』と意気込んでその女と遭遇したものの、女のただならぬ様子に身の危険を感じて、返事をせずに逃げてしまった。


これらの情報は『ちゃんときれいだって褒めてくれたのは、おにいさんが初めてだよ』というミミコの話とも、おおよそ辻褄が合う。


そして、きょうの俺との遭遇だ。


こうしてみると、ミミコは毎晩大人の姿に変身して出かけていることになる」


「そういうこと、だな」


そこでぼくたちはどちらからともなく、深く溜息をついた。


榛原は、まなじりを決してこう語った。


「このまま放置しておくと、ミミコ、いや本人との区別をしておくならミミコダッシュというべきか、


ヤツは遅かれ早かれ、どこかの男と性的な関係を持つことになりかねない。


あの子供っぽいミミコが、初恋すら知らないミミコの人生が、ミミコダッシュという別人格によってめちゃめちゃにされてしまうことだけは、ゴメンだ。


今回の一件には人間ではない、なんらかの存在が絡んでいるとしか思えない。


圭太、神の使いのひとりとなったきみの力があれば、解決策が見えるんじゃないかと思う。


貸してくれないか、力を」


そう言って、榛原はぼくの両手を強く握って来た。


そんなテンパった榛原を見たのは初めてだったので、いささか引き気味のぼくではあったが、こうなったらひと肌脱がないわけにはいかなくなった。


ぼくは答える。


「あ、あぁ、もちろんだとも。出来る限りの協力はするよ。


それでだ、いくつか聞きたいことがあるんだ、榛原」


「なんだ」


「まず、けさ起きた時のミミコちゃんの様子はどうだった?


長身の美女への変身は、解けていたんだよな?」


「それは、もちろんだ。ふだんのミミコの状態に戻っていた。


起きた時にもそのままの姿だったら、ことはさらにヤバかったが、さすがにそれはなかった。


変身は、夜の間だけ有効ってことだ」


「そうか、それで、ミミコちゃんは自分が変身していたことを、記憶していたのか?


公園でのきみとの出来事を、少しでも覚えている風だったか?」


「朝起きて、おはようの挨拶をかわしたときのミミコは、本当にいつも通りの、明るくて脳天気な彼女だった。


あんな、顔を合わせるのがおたがい気恥ずかしくなるような体験を記憶しているようにはとても見えなかった」


「そうか。ミミコちゃんの、変身時の記憶は本人には残っていないということか。


完全に別人格なんだな」


「ああ、それは間違いないだろう」


「もう一点だけど、ミミコちゃんの交友関係が気になるんだが。


ふだん親しくしている友達とかは、いるのか?


学校では、どんなポジションにいるのか、何か聞いていないか?」


それを聞いて、少し思うところがあるらしく、榛原は目を伏せて考えていた。


そして、おもむろにこう返事をした。


「友達は、多くはなさそうだ。


滅多に俺との会話には、そういう話題は出てこないから。


といって、特にいじめられているわけでもないらしい。


一番適切な表現は、『いじられキャラ』ってところだろう。


クラスで一番背も低く、顔立ちも幼い、加えてキュープリがいまだに大好きだと言ってしまうようなミミコは、仲間からはまだ一人前と認められていないようだ。


要するに『お子ちゃま』『ねんね』扱いなのだ。


ミミコの友達といえば、そうだ。ひとりだけ、名前を上げていたのを思い出したよ。絹田きぬたさんという子だ。


小柄でちょっとぽっちゃりしているその子も、ミミコ同様いじられキャラだそうで、同じキャラ同士、たがいにかばい合ってやっているらしい」


「そうか。ひとりでも仲のいい友達がいると聞いて、ホッとしたよ。


で、榛原はその絹田さんとは会ったことがあるのか?」


「一回だけ、かな。たまたま学校帰りにうちに寄った彼女と顔を合わせて、挨拶だけは済ませている。


だから面識はあるが、立ち入った話はしていない。


気弱そうだが、優しく素直な感じの子で、ミミコとはうまが合うだろうなと思ったよ」


「そうか。ミミコちゃんがいま抱えているだろう心の問題が、少しずつ見えてきたよ。


さしあたっては、ぼく以外の神使しんしたちにも話して、知恵を貸してもらおうかと思っている」


「そうしてもらえると助かる。よろしくな。


ことは、急を要するはずだ。いますぐにでも、動いたほうがいいだろう。


また今晩、ミミコダッシュが動くのは間違いない」


「ああ」


それからぼくたちは、キュープリの放送時間が終わらないうちに、今晩の行動計画の打ち合わせを済ませたのだった。


       ⌘ ⌘ ⌘


ほどなく榛原の家を辞したぼくは、自宅に帰らずに、本町ほんまち駅から私鉄に乗った。


向かう先は二駅離れた中町なかまち駅。


下車してしばらく歩いたところにある、高槻たかつきさおりの家に行くためだ。


そう、あそこにはさおり・みつきの姉妹、そして下宿人のきつこという、三人の神使たちがいる。


いきなりの訪問では面食らうだろうから、高槻さおりにはあらかじめ電話をして、許しを得た。


とはいえ、細かい話までしている余裕はない。


「緊急案件なんだ。詳しい理由はそちらに着いてからにさせてくれ」の一手で押し通したから、高槻もけっこうビビったに違いない。


高槻邸に着くと、みつきやきつこも揃って待っていてくれた。


ぼくはさっそく、榛原ミミコの身に起きている異変について3人に説明した。


「あの榛原くんにそんな妹さんがいらしたなんてね。ちょっと意外だったわ」


と言うのは、高槻。


「うん、榛原さんって生活感がまったくなくて、家族の影なんて感じさせないもんね。


実は、かなりのシスコンだったりして」


とは、みつきの発言。お前がそれを言うかよ。


「ふーん、そんなにちっちゃくて可愛い子だったんだ。


ボクたちに強力なライバル出現、だね」


というトンチンカンなボケをかましたのは、言うまでもなくきつこだ。


こいつの発言は、スルー。


「でも、真面目に考えると、けっこうシリアスな事態だよね。急いで手を打たないとマズいかも」


さしもの脳天気なきつこも、ただならぬものを今回の件に感じていた。


「マサルっち(きつこは榛原のことをそう呼んでいる)は『人間ではない、なんらかの存在が絡んでいるとしか思えない』と言ってたそうだけれど、その見当は正しいと思う。


ただの人間が、他のものの力を借りることなしに、そういう変化へんげになることは、あり得ない。


神か、あやかしか。少なくとも、ボクたちウカノミタマの神使の仲間の仕業でないことは、確かだ。


何故なら、ボクたちはつかさどる地域をきっちりと決められて、任命されている。


この界隈には、ボクたち3人、そしてしのぶ以外の神使は存在を許されていないんだ。


ボクたちのネットワーク外の、はぐれものが関与しているに違いない」


はぐれもの?


となると、犯人はいったい誰で、なんのためにそんなことをしたのか?


そして、この変身を解く手段はあるのか……?


ぼくは、きつこの推理を聞きつつ、どうにかミミコを救う手だてはないものか、考えをめぐらせていた。(続く)

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