第23話 窓居圭太、高槻さおりの本来の人となりを発見する

木曜日の夕刻、高槻たかつきさおりの自宅で開かれた食事会は、ぼく窓居まどい圭太けいたへのお礼の会であると同時に、ぼくをイジって楽しむ会でもあった。


それには高槻姉妹だけでなく、上京したぼくの従妹いとこ明里あかりと姉しのぶの百合カップルも参加したのである。


高槻は、新たな神使しんしきつこも含めた五人の女子の誰が一番好きなのかを白状するよう、ぼくに迫った。さあどう切り抜ける、ぼく?


       ⌘ ⌘ ⌘


ぼくはしばらく気持ちを平静にして、脳細胞を活性化させた。


ひとつ、ひらめくものがあった。


ぼくは、口を開く。


「わかった。言うよ。


でも、条件があるんだ。それを聞いて欲しい」


「何かしら。言ってみて」


そう、高槻が答える。


「ひとに『名をなのれ』と要求する場合は、まずみずからの名をなのるのがマナー。


これはわかるよな?」


「そうね、それが正しいやり方、礼儀にかなったやり方だと、わたしも思うわ」


「では、それと同じだ。


高槻さんがぼくに一番好きな男子の名を聞き出したいのならば、まずは高槻さんが一番好みの男子の名を言っていただきたい。


あ、もちろん、『好きな男子はいません』ってのと『お父さん』てのは無しだぜ」


そう告げると、高槻はみるみるうちに困惑したような表情になった。


「え、え、そんなぁ、それは言えないわ、わたし……」


高槻のそれまでの強気な態度が一転、あっという間に及び腰になった。


そしてこう、吐息をつくように言った。


「わかったわ、窓居くん。


この質問はなかったことにしましょう」


高槻は、質問の撤回を申し出たのだった。


やった!


土俵ぎわで粘りに粘って対戦相手をうっちゃった力士の気分だぜ。


高槻もようやく、相手に重大なことを白状させるには、みずからも同等の痛みを引き受ける覚悟がいることをわかってくれたのだろう。


言ってみれば、痛みの等価交換ってところかな。


海外のことわざにも、「NO PAINS、NO GAINS(ノーペインズ、ノーゲインズ)」というのがあるぐらいだし。


こんなギリギリの駆け引き、一年前のぼくにはとても出来なかったと思う。


確実に成長してるのかな、ぼく?


それはともかく、ぼくとしてはただでさえかしましいこの女子集団に、さらに刺激を与えるような真似はしたくなかったので、それを回避出来て本当にホッとしたのだった。


       ⌘ ⌘ ⌘


こうして質問タイムが不発に終わったことで、いったん異常なまでに上がった女子連中のテンションも、だいぶん沈静化した。


あとは、おいしい鍋をつついたり、とりとめのないガールズトークに興じたりといった普通の流れになっていった。


明里はひと悶着もんちゃくあったものの、やはりお姉ちゃんとべったりの状態に戻っていったので、ぼくの隣りにはもっぱらきつこがつくかたちになった。


きつこがこう言う。


「さっきの圭太の逆襲、かっこよかったよ。


さおりもさすがに、たじたじだったね。


でも、もしあの時さおりがそのまま誰が好きか答えていたとしたら、誰の名前を上げたんだろうね。


ボク、気になるぅ」


「そうだな。榛原だったかもしれないし、たぶん違うだろうけどぼくだったかもしれない。


あるいは、どちらか決められないということかもしれないし、実は全然別の人かもしれない。


でも、それは言わぬが花、聞かぬが花だと思わないか。


大事なことはあえて口に出さず、態度で示す。


それが一番、いいやり方のような気がするな」


「ふうん、そんなものなの?


人間って不思議なこと考える生き物だね」


「あやかしのお前に、不思議がられるとは思わなかったな」


ぼくは少しおどけて答えた。


でもそれこそが、人間の人間たるやっかいなところなのだろう。


人間が思ったことすべてをそのまま口に出す、そんな生き物だったならば、恋愛の苦しみなんて大半がなくて済んだはずだ。


相手の本当の気持ちが分からず、もがき苦しむことなど、なかったに違いない。


だが、実際には相手の本当の気持ちなど、面と向かって問いただしたところで、確実にわかるとは限らない。


本心とは正反対のことを言うことさえある。


人間とは、そういう面倒くさい生き物なのだ。



とはいえ、もし高槻の本心が聞けるんだったら、それはそれで聞いてみたい気も、実はある。


ほんと、彼女が好きなのは誰なんだろう。


今までのところ、彼女の言葉からも、態度からも、その本心はまるでわからないんだよな。


そこでふと高槻のほうを見やると、携帯電話で誰かと話をしている。


彼女の席はぼくの反対側にあり、しかも斜め向かいなので、何を話しているのかは、まわりのかまびすしい女子トークにまぎれて全然聞こえない。


そのうち高槻は携帯を切った。


そして、自分の隣りにいた妹、みつきに声をかけた。


ふたりは、席の離れたぼくのところまでやって来たのだった。


高槻が口火を切る。


「先ほどは、ごめんなさい。


わたし、けさ問題が解決して気持ちが楽になったものだから、あんなふうに気ままなことを言っちゃったのね」


たしかにそうだろう。


人間、長い間抑圧された状態に耐えてきて、ある時一気に解放されると、積年のうっぷんを晴らそうと爆発するんじゃないかな。


今の高槻は、だいぶんいつもの状態に戻っているが。


「わたしに代わってこれから大変なのが、みつきなのよね。


でも、窓居くんたちがいるから、みつきは大丈夫だと思うの。


みつきはこれまでのようなひとりぼっちじゃなくなったから、何かあってもうまくやっていけるわ。


窓居くん、これからも、いえ、これまで以上に妹のことを、よろしくお願いします」


そう言って、ぼくに深く頭を下げた。


そして、みつきにも一言、「さあ、あなたも」とうながした。


それまでずっと姉の陰に隠れるようにして黙っていたみつきが、ようやく口を開いた。


「よ、よろしくね、けい…窓居さん。


きょうからちょっとめんどくさい体質になっちゃったあたしが頼りに出来る男子は、あん…あなたぐらいしかいないんだから。


4月から女子校に入って、男子とはほぼ無縁になるあたしに口をきいてもらえるのは、あなたぐらいなんだから。


せいぜい、光栄に思いなさいよねっ!!」


胸を張って、みつきはそう言い切った。


見事なまでに、これまで通りのみつき節だった。


会うまでは、今回のことでみつきが今までのような勝気さをなくしてしまったんじゃないかと想像していただけに、これを聞いてぼくは内心ホッとした。


「あ、ああ、承知したよ、王女さま。


こちらこそ、よろしく」


そう言って、ぼくはみつきにかしずくポーズをしてみせたのだった。


みつきは、その言葉と態度に満足したような表情を見せてくれた。


こころもち、彼女の頬の色が赤くなっているようにも感じたけど。たぶん、鍋の熱気のせいだろう。


「ところで」


高槻が、ふたたび口を開いた。


「こうして、自分が元の状態に戻ってみて、はっきりわかったことがあるの」


「それは、いったいなんなんだい?」


「テレパス能力を持っていてつらかったのは、前にお話ししたように、相手のイヤな部分が全部わかってしまうということも、たしかにあったわ。


けれど、実はもっとほかの理由があったと、今になって気づいたの」


「ほかの理由、かい?」


「うん。それはこういうことなの。


先日もわたしたち、美樹みき先輩に悩みを相談したじゃない。


先輩が窓居くんにしたアドバイスを聞いて思ったことだけど、恋愛、つまり両思いってふつうはなかなか成立しないもので、だからこそ価値があるという気がしたの。


思いが簡単に成就してしまえばなんの苦労もないけれど、逆に言えばそんな恋は、ありがたみもないと思うわ。


苦労して勝ち取ったものならば大切にし、失わないよう努力するものでしょうね。


自分が相手を好きになる前に、最初から相手が自分に好意を抱いていることがあからさまにわかっている恋なんて、ときめきもないと思うし、魅力も感じない。


まずわたしが相手を好きになって、それから相手がわたしを好きになってもらえるようにわたしのほうからがんばりたい。


それがわたしの理想なの。


これって、わたし、とても贅沢なことを言っているのかもしれない。


でも、この気持ち、わかってくれるんじゃないかな。


美樹先輩にああいう相談をしていた、ロマンティックな理想主義者の窓居くんなら」


その言葉に、ぼくはすぐには返事をすることが出来なかった。


高槻の話を聞いて、「そうか。ぼくは、これまで彼女のことをきちんと理解していなかったんだな」と気づいたのだ。


これまでのぼくは、高槻さおりという人が、とても控えめで、すべて受け身一辺倒で、ひとが自分にはたらきかけてくれるのを待つ、そういう人なんじゃないかと勝手に思っていた。


その楚々とした容姿ゆえに。


でも、初めて知った。


本来の高槻さおりは、「受け﹅﹅」ではなく「攻め﹅﹅」の人だったのだ。


ただ、不本意に与えられたおかしな能力のせいで、彼女は何年もの間、本来の資質が発揮出来ずにいた。


そういう、抑圧された、おとなしい状態の彼女しか知らないぼくは、それをてっきり本来の彼女と思い込んでいたのだ。


先ほどの、ぼくに対する一種の「暴走」も、本来の彼女らしさ、攻めキャラのあらわれ、そう言えるだろう。


それだけ考えて、ぼくはようやく口を開いた。


「うん、そういうことかもしれないね。


相手が自分のことを好きですと言ってこないなら、その人を好きにならない、なれないってものではないと、ぼくも思うよ。


相手が自分のことをどう思っていても、こちらが相手のことを好きなら、それは恋なんだと思う。


実る、実らないは、関係ない。


自分がその人を好きかどうかが、まず最初にあるんだよ。


その上で、相手に自分のことを好きになってくれる努力をする、それでいいと思う」


その言葉を聞いた高槻は、相好そうごうを崩して微笑んだ。


「よかった。わたしの考えかた、間違っていなかったみたいで。


これからわたし、自分自身の気持ちをちゃんと確かめながら、ひとと向き合っていくわ。


ありがとう、窓居くん」


そうぼくに言ってくれた高槻も、心なしか上気していたが、それももちろん、鍋の熱気のせいだろう。


そうこうしているうちに、部屋のふすまがスッと開いて、見覚えのある高槻のお母さんがあらわれた。


そして、こう言った。


「さおり、みきさんというかたがお見えになったわよ」(続く)

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