第21話 窓居圭太、高槻家の食事会に招待される
木曜日の朝の夢に初めて登場した
彼女は日露ハーフの交換留学生、
きつこのイヌ科属性ゆえの過剰なスキンシップ攻撃をかろうじてかわしながら、昼休み、ぼくは彼女を吹奏楽部に引き入れることに成功したのだった。
⌘ ⌘ ⌘
その日は、吹奏楽部の活動はなかったのだが、とりあえず
案の定、部長は上機嫌でこの話を受けとめてくれた。
そして、ぼくの株も大いに上がった。
「そうかそうか、またひとり入部者が増えたか。
やるじゃないか、窓居くん。
わたしも、部長としての務めは、1学期後半の
それまでには新しい体制を整え、強化しておきたかったから、戦力増はまことに心強いよ」
部長はきつこと固い握手を交わしながら、こう言った。
「よろしく頼むよ、狐島くん。
まだ楽器は不慣れだそうだが、大丈夫、彼ら男子だって大したことはないんで、すぐ追い越せるから」
何気にひどいことを言う部長だが、これはいつものことなので、気にしている場合ではない。
「じゃあ、狐島くん、明日から練習に参加してくれたまえ。
きみはまず打楽器を担当してくれるということだから、わたしが個別指導にあたろう。
あ、昨日言った通り窓居くん、
部長がきつこの担当をすると聞いて、ラクが出来るぜと喜んでいたところ、見事に釘を刺されてしまった。ガックリ。
それはともかく、これできつこは文字通りぼくたちの仲間入りを果たした。
明日からは彼女も加えて、年度末のフィナーレ、卒業式に向けて、練習もラストスパートだな。
⌘ ⌘ ⌘
放課後、きつこは担任の栗田先生から交換留学生としてのチュートリアルを受けることになったという。
ついてはちょっと帰るのを待ってほしいというので、ぼくや榛原、
ぼくは榛原にこう話しかけた。
「きつこもぼくたちと同じ部活に入ったことで、高校生活にすぐ慣れてくれそうだな」
「ああ。たしかにそうだな。
ところで圭太、ちょっと気になったことがあるんだが」
「なんだ」
「きつこ嬢は、きみや高槻さんのお
となると、こうして昼間、学校で一緒に授業を受けたり部活をやっているときはいいとして、それ以外の時間はどうするつもりなんだろ。
お目付である以上、ほかの時間も行動を共にするのがスジなんじゃないかという気がするが、どうなんだ」
それを聞いて、ぼくははたと膝を打った。
「たしかに、そのことはすっかり忘れていたよ。
きつこは、ぼくには何もそれについて言ってなかったぜ」
「だろ。
まあ、フリーダムな性格の彼女らしいが、このまま、もともといた神社に帰っていくとは思えないな」
「となると……」
「ああ」
ぼくはそばにいる高槻に、こう尋ねた。
「高槻さん、どうやらきつこは、お目付役を続けるために、これからぼくの家か、高槻さんの家で世話になろうと考えているみたいなんだ。
ところが、間が悪いことに、うちは四月から
その言葉を言い終わらないうちに、察しのいい高槻はこう言ってくれた。
「大丈夫よ。
今回のことでは、窓居くんにはなにかとお世話になったから、今度はわたしが恩返しをしなくちゃと思っていたわ。
うちは、お客様用の部屋にゆとりがあるから、きつこさんひとりの下宿ぐらい、問題ないと思うわ。
さっそく今夜、父と母に頼んでみるわ」
「おお、それは本当にありがとう。
恩に着ます」
ぼくは、高槻邸の広さと彼女の懐の広さに、大いに感謝したのだった。
そのやり取りの最中、高槻の携帯電話がメールの着信音を発した。
「ちょっとごめんなさい」
と断って、高槻はメールを開け、読んでいた。
いったい誰からだろう?
ふむふむと納得し、かつ少し笑みを浮かべたところから察するに、妹のみつきからかな?
が、特に誰からとか高槻は言うことはなく、来たメールに即座に返事を打って送信しただけだった。
そうこうしているうちに、きつこがチュートリアルを終えたのであろう、いかにも旅支度っぽい大きなキャリーバックを引っぱりながら、ぼくたちの前に現れた。
「オ待タセー」
「用事は済んだようだな。
ところで、まだ聞いていなかったけど、きつこ、きょう泊まる場所は決まっているのか?」
ぼくに尋ねられたきつこは、いきなり目を丸くして叫んだ。
外人モードでなく、素のしゃべりで。
「ボク、それ、全然考えてなかったよ!」
そして、頭を抱えておろおろし始めた。
これには、ぼくたち三人ともに見事ズッコけた。
「ノープランかよ!」
どこまでも天然なきつこなのだった。
フリーダムにもほどがあるが、まあ、ここは救いの手を差し伸べてやるとしよう。
ぼくは、彼女にこう言った。
「きつこ、大丈夫だ。
高槻さんのお宅はとても広いので、きつこひとりぐらいなら泊めてくださるそうだ。
お世話になりなさい」
途方にくれた表情から一転、きつこは顔をほころばせ、いきなりぼくに飛びついてハグした。
「ありがとう、圭太!
ボク、とても嬉しい!」
「おいおい、お礼は高槻さんにしろって!」
いくら注意をしても、イヌ科属性のきつこの過剰なスキンシップは直りそうにないのだった。
まあ、これできつこの落ち着き先も決まった。
きつこは新下宿先の高槻さんに任せてぼくたちは自然解散、となるはずだったのだが……。
高槻が、突然こんな提案をしてきた。
「いろいろな問題も解決したし、ちょうどきつこさんもお仲間に加わったことなので、今晩、わたしの家でお食事会を開きたいと思うの。
ささやかではありますが、これまで何かと頑張ってわたしたちを助けてくださったおふたりへの、お礼として。
どうかしら、窓居くん、榛原くん、参加してくれるかしら?」
高槻は、いかにも期待たっぷりの眼差しを、ぼくたち男ふたりに向けてきた。
そこでふと気づいたが、さっき高槻に来たメールは、どうやら今の提案と関係がありそうだな。
ぼくがその問いかけにどう返事したものか考えるより早く、榛原は、
「あ、ごめん。
せっかくのお誘いだけど、きょうは先に家族と外出の予定を入れてしまったんだよ。
また別の機会に頼むよ」
と、さっそく会に参加出来ない旨を、さらりと伝えたのだった。
榛原の家族については、あまり詳しく聞かされたことはないが、ご両親と、あと中学生の妹がひとりいるとか聞いたことがある。
「妹は、まだまだ子供でねー」と語っていた記憶も。
となれば、日頃はあまりかまっているとは思えない彼が珍しく妹さんに義理立てして、一緒にお出かけするのかもな。
いいな、お兄ちゃんポジション。
……とか想像をめぐらしている場合じゃない。
まずは返事返事!
「あー、ぼくのほうは大丈夫といえば大丈夫だよ。
あまり遅くならなければ」
とぼくは、ひとまず参加の意思を表明した。
じつはぼくの脳裏には一瞬、きょうやってくる
「よかったわ。
じゃあ、このまま三人でわたしの家に行きましょうね」
ぼく、高槻、きつこは地下鉄の駅方向に向かう榛原に手を振って別れを告げ、ともに本町駅の方向へ歩き始めたのだった。
⌘ ⌘ ⌘
「わたしと、あと妹とでしばらく料理の準備をしないといけないから、ふたりでおしゃべりでもして待っていてね」
ぼくたちにお茶を出してくれた高槻は、そう言って奥に消えていったのだった。
「そうかあ、みつきちゃんも一緒に料理を作ってくれるんだ。
それは楽しみだなぁ。
高槻姉妹は、料理とか上手いのかな」
「はにゃ?
みつきとはどのようなおなごか?」
さっそく、きつこが食いついてきた。
「高槻さんのひとつ下の妹さんさ。
お姉ちゃん大好きっ子。いわゆるシスコンだな」
「ふうん、おとこには興味のない子なのか?」
うーむ、きつこ、ド天然なくせして、けっこう核心を突いた質問をしてきやがる。
「そうだな、興味がないわけじゃないみたいだが、まだまだ男子に警戒心を強く持っているんで、男女交際ができるようになるには時間がかかるタイプみたいだ」
「ふーん、みつきのことにえらく詳しいな。
さてはみつきに告って、振られたんじゃないか、圭太?」
ぼくはあわてて、その推測を否定した。
「なわけないだろ!
1年前のぼくならいざ知らず、最近のぼくは告白にはきわめて慎重なんだ。
以前のぼくは、告白して撃沈のパターンがずっと続いていたんで、ここ1年ばかりはできるだけ相手のことを知ろうとしているんだよ」
「知ってる。
神様から聞いたよ。圭太は有名な失恋王だったって。
中学の3年間で、連続30人に振られたって?」
「えー、そんなことまで神様から聞いているの?
もう、神様のせいで、個人情報ダダ漏れだよ!
ぼくの名誉はどうなってるの?」
そう歯噛みしていると、きつこはぼくのかたわらにやって来て、ぼくの背中をポンポンと叩いてこう言った。
「大丈夫だよ、圭太。
こうして、ボクだっているじゃない。
それにさおりだって、圭太のことをとても頼りにしてる。
はたから見たって、それはよくわかるよ。
みつきも、今はおとこと付き合うのは難しいかもしれないけど、未来はもしかしたら圭太の彼女になるかもしれないんだよ。
どれかひとつに絞るというんじゃなくて、どのご縁も大切にしていってほしいんだよ、圭太には」
とても大人な発言をするきつこだった。
そう言えば、きつこはまるでぼくたちと同じ世代に見える容姿だからついつい勘違いしてしまうけど、10代の子どころか、この辺りに昔から住んでいるようなあやかしなんだよな。
そのことを、ぼくは初めて意識したのだった。
どこか天然で何も考えていないように見えるきつこにも、歳月によって積み重ねられた知恵が備わっているのだろう。
ぼくはとても心強い気分になった。
⌘ ⌘ ⌘
しばらくそうしてきつこと話をしているうちに、あたりも薄暗くなって来たのが、障子越しに分かった。
そして、今晩の夕食のいい匂いがこの客間にも伝わってきた。
なんだろう、鍋物かな。
ほどなく、高槻の声がふすまの向こうから聞こえた。
「お待ちどうさまでした。
きょうのお食事の用意が整いました」
そしてふすまが開いたその瞬間、ぼくはそこに立っていた人影にあっけにとられたのだった。(続く)
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