第5話 美樹みちる、中庭グループに入る
ということは、一体……。
しばらく考えをめぐらせたのち、榛原が口を開いた。
「高槻さんのテレパス能力は、明らかに限定されたかたちで備わっている。
というよりは、なにものかがはっきりとした意図を持って『与えている』のです。
さらに言えば、テレパスの対象が男性限定というところが、重要なポイントです。
女性にはそのテレパス能力が効かないということが、その能力を与えた張本人にとって有利に働かないと意味がないわけです。
となれば、張本人の性別は明らかですよね。
そう、女性です」
高槻とぼくは、それにうなずいた。
彼女が生来持っていた異能に覚醒したわけではないことに、ぼくたちはようやく気付いたのだった。
「そのなにものかの正体をつきとめるためには、もっと多くの情報、判断材料が必要だ。
高槻さん、この週末にでも、ご家族に会わせてもらえないだろうか」
さしもの榛原も、いま手元にあるネタだけではどうしようもないことを明らかにして、高槻に頼み込んだ。
「もちろんです。
わたしの家族についても、いずれは知っていただかないといけないことは覚悟していましたから」
高槻は、真剣な面持ちでそう答えたのだった。
⌘ ⌘ ⌘
その日、高槻を彼女の自宅まで送り届けてから、ぼくと榛原は帰り道で話し合った。
「この一件については、なんらかの人ならぬ存在、怪異か神かが絡んでいるように感じるけど、
圭太は先日、お姉さんの一件で神との関わり合いがあったと話していたじゃないか。
そのことから考えて、きみこそ、この問題を解くなんらかのヒントを手にしているんじゃないかい」
榛原が、ピンポイントで核心を突いて来た。
ぼくは、けさ見た夢の話をしばらくは自分一人だけのことにとどめようと考えていたのだが、事態がこのようになっている以上、少しでも榛原の知恵を借りたほうがいいだろう、そう思った。
「ああ、そうかもしれない。実は、けさな……」
と、ぼくは夢の一部始終を榛原に話して聞かせた。
榛原は、驚くというよりは、いろいろな疑問が解消してすっきりしたというような表情だった。
「そうか、圭太はそんなお告げめいた夢を見たのか」
「そうなんだ。きみはこの夢をどう考えるかい」
ぼくは榛原の明察を期待して、こう尋ねた。
「そうだな、圭太の夢に出て来たのは、学校からもすぐの場所にある、稲荷神社の神ってことだよな。
稲荷神社というのは、小さいものまで含めれば日本に三万以上あると言われている。
言ってみれば、一番ありふれた神社だ。
全国どこにでもある、われわれの生活に最も密着した神社だといえる。
で、俺の思うには、信仰の対象である神、ウカノミタマは単体であるにせよ、その使いである
きみのお姉さんがそういう使いになった事実ひとつをとっても、その土地土地に固有の神使、わかりやすい言い方をするなら、神のエージェントが大勢いるって証拠だと思う。
ここから推論するに、仮にとなりの町に別の稲荷神社があるとすれば、別のエージェント、代理人がいると考えていいはずだし、それがお姉さん同様、生身の人間であることも十分ありうる」
「となると、高槻さんの周囲の人間、下手すると彼女の家族がそのような存在となって、彼女に異能を与えたってこともありうるよな……」
ぼくは少し興奮ぎみに、言葉をさし挾んだ。
「そこまで一足飛びに結論を出していいかどうかはわからない。
彼女の同性の友人が絡んでいるかもしれない。
だが、可能性としてはきわめて高いだろうね。
さっきぼくが高槻さんにご家族に会わせてくれと頼んだのも、やはりその可能性を感じたからだ」
そう言って、榛原は軽く眼鏡を直した。
「さっきの彼女の感じだと、早ければあさって土曜日にでも新たな手ががりがつかめそうだな」
「そうだな。それまでの間に、もしかしたら、神様からの再度のアクセスもありえる」
「そうか。いよいよ真相に迫れそうだな」
ぼくたちは、土曜日まで待ちきれない、そんな気分だった。
⌘ ⌘ ⌘
その夜は、朝目覚める時まで夢を見ることはなかった。
さすががに夜ごと訪れてくれるほど、神様はヒマでも親切でもないようだ。
それに、神様が言っていたじゃないか、人の心を読む能力について、「必要となったならば、また申せ」と。
つまり、ぼく自身が本当に神様の力添えが欲しいと願いさえすれば、あの方はまた夢枕に立ってくれるのだろう。
だが、ぼくはいまはまだその気持ちにまで至っていない。
だから、神様もぼくを放っておいてくれるのだ。
その朝は、慌てることなく準備して、高槻を迎えに行くことが出来た。
登校の途中、高槻に昨日榛原が彼女に依頼した、高槻家訪問の件を尋ねてみたところ、土曜日の午後のお茶どきなら大丈夫だとの返事をもらえた。
ちなみに高槻の家族構成は、彼女とご両親、そして
その日金曜日は、昼休み、例によってぼくたち三人が中庭でつるんでいたところ、噂を聞きつけたのか、
「きみたち、本当に仲がいいなぁ。うらやましいよ。三人、まるで『冒険者たち』のシムカス=ドロン=ヴァンチュラみたいだな。
いやいやたとえが古いか。
『ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』のファイファー=W《ダブル》ブリッジスかな、うんうん」
いずれにせよ古くてわかりませんが、そのたとえ。
年いくつですか、あなた。本当に高二?
美樹先輩が、にわかにモジモジしながら、こう言う。
「その、なんだな、先輩もちょっと混ぜてはもらえないかな?」
モリアーティが宿敵ホームズ
まあ、ぼくらも高槻に百合趣味はないことを昨日確認してあったので、安心して美樹先輩の同席を快諾してあげたのだった。
「ありがとう。恩に着るよ」
いつもは男性的でクール、どちらかといえばツンデレな彼女が妙にしおらしい態度をとっているのが珍しい。
というか、乙女っぽくてちょっと可愛いなとぼくは思ってしまった。
もっとも、彼女のオトメ心の対象はぼくたち男どもではなく、高槻さんなんだがな(爆)。
それからは昼休みが終わるまで、四人は吹奏楽部の編成の話などをして過ごした。
その日の放課後は、吹奏楽部の活動がなかったので、そのまま帰宅となった。
ぼく、榛原、高槻の三人はまた一緒に下校しながら、明日の高槻家訪問の前にいくつかの点を確認したのだった。
⌘ ⌘ ⌘
その夜、というよりは翌土曜日の早朝のことだった。土曜日は早起きしなくてもいい日なので、ぼくは目覚まし時計をかけずにゆっくり寝ていた。
ふと目が覚めると、すでにあたりは白々と明るくなっていたのだが、ベッドの枕元に誰か人かげが立っている。
それは、白いナイティ姿の女性だった。
「…って、お姉ちゃん!? えっ、そんなきわどいカッコで、なんかヘンなこと、考えてない?」
と、かなりうろたえるぼく。
すると、姉はいつものハイトーンとはまるで違う低い声で、こう言った。
昼間の彼女とは異なる、まっ白い目をこちらに向けて。
「動ずるでない、圭太よ。われはいま
それでようやく、ぼくも正気を取り戻した。
稲荷の神様が、今度は夢の中ではなく、直接降臨したことを、ぼくは悟った。
「聞け、圭太よ。一昨日、汝に伝えたことを覚えておるの」
「はい。たしか、他の人の心を見抜く力をぼくにくださる、みたいなことでしたよね」
姉に身体を借りた神様は、こう続けた。
「然りじゃ。
汝は、まだその時にあらずとわれの申し出を受けずにおった。
しかして汝は、その力によらずして、ある
さようじゃな」
「はい、そのつもりですが…」
ぼくがそう答えると、神様は、
「それは、ならぬことじゃ。もし汝がそれを成さば、われは汝に罰を与うるものなり」
と答えて、その冷たい目でぼくを
ぼくは神様の意外な言葉に動転して、こう問い返した。
「えっ、一体どういうことですか、神様。
なぜだめなんですか!?」
神様は、こう答えた。
「そは
われが
そして周囲は暗転して、ぼくは気を失った。
⌘ ⌘ ⌘
もう一度目覚めたときには、あたりは朝の明るい光が部屋中に満ちるような時間になっていた。
もちろん、お姉ちゃんもそこにはいない。
リビングに顔を出したら、お姉ちゃんはキッチンで朝食の準備の最中だった。
いつもより、一時間は遅い。
ぼくに気づいたお姉ちゃんは、
「いやーだ。お姉ちゃんたら、すっかりお寝坊しちゃった」
そう言って「てへペロ」のポーズをした。
万事うまく処理してくれたみたいだな、神様は。
そう思うことにした。
その日の午前中は、神様の言った「契り」「約」とはどういう意味かをずっと考えて過ごした。
現代流にいえば、契約や約束ということだろう。
上町という具体的な地名が出てきたことは、推理の大きな手ががりとなった。
榛原は、土地土地に神のエージェントがいるんだろうと言っていたから、たぶん高槻の住む上町にも固有のエージェントがいるということだろう。
それはもしかしたら、高槻の家族かもしれない。
そのエージェントは、神様と固い契約を結んでおり、その契約を神様側が破るわけにはいかないと言う。
その上町のエージェントに対して、ぼくらは一体何が出来るのか、現段階ではまるで見当がつかなかった。
果たして、神様からの罰を受けることなく問題を解決することなど、出来るのだろうか、
でも、まあ、ひとりで悩んでいても始まらない。
ここは榛原という知恵袋がいるんだから、彼の力を借りるのがベターだろう、そう考えることにした。
⌘ ⌘ ⌘
午後、ぼくと榛原は
ぼくは道すがら、けさの神様とのやりとりを榛原に話した。
彼は腕を組んでしばらく考えていたが、こう言った。
「おおむね、圭太の推理した通りだと思うよ。
以前、きみのお姉さんのケースを聞いたけど、そのときも、神は人の心まで変えることは出来ないって話だったよな、
神とてもいったん
われわれ一般の人間は、神が神使より絶対的上位にあるとふつう考えているけど、二者は意外と対等に近く、場合によっては神使が神をしばり、コントロールするような関係なのかもしれないね。
攻めるべきは、融通がきかない神よりは、おそらく人間と思われる神使のほうだろう。
人間なら感情があるから、揺さぶりが効く。それは圭太のお姉さんのケースで明らかだ。
そう考えると、この問題は正攻法で解決するよりは、お姉さんのときのような、相手の意表をつくトリッキーな手が有効のような気がするな」
ぼくも、それには大いに納得がいった。
「ああ。誰が神使であるにせよ、手はあるさ。
神様をあっと言わせてやろうぜ」
そう言って、ぼくは榛原の肩をバンと叩いた。
高槻の自宅の門は、目前に迫っていた。(続く)
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