第2話 窓居圭太と榛原マサル、高槻さおりの相談を受ける
季節はずれの転入生、
クラスの生徒のほとんどは彼女の神々しいまでの美しさに驚いたようで、多くの男子生徒、下手すると女子生徒からも、声にならない溜息のようなものが漏れ出た。
悪友
ところが榛原は、そんなぼくを斜め前から振り向いて、ウインクを寄越して来た。
「俺はちゃんと予想してたぜ」
そう、言わんばかりに。
さっそく転入生は栗田先生に指示されて、きょうの日直担当者が運んで来たらしい新しい席に着いた。
教室の一番後ろだ。
一時限の授業が終わると、またたく間に高槻の席の周りに人だかりが出来、彼女への質問攻めが始まった。
当然、クラスメートたちの好奇心の焦点はこの時期に転入して来た事情で、せんさく好きな新聞部のエース記者、
「先生のお話では、高槻さんは以前、M女子学園にいらしたそうですが、あの有名なお嬢様学校からなぜ、共学のこの高校に転校を決められたのですか?
しかもこの時期に」
高槻さおりは、当惑を隠しきれない表情ではあったが、一気にこう答えた。
いかにも事前に答弁のセリフを練って来たかのように。
「わたし、公立中から受験して入ったM
皆さんのように、のびのびとした学園生活を送りたいのです。
そうと決めたら、新年度を待つよりも、一日も早く新しい学校に慣れたいと思って、無理を言わせていただいたのです」
クラスメートは、その説明におおむね納得がいったようで、重ねてのツッコミはなかった。
「つまり、親御さんではなく、彼女自身の希望ということかぁ」
ぼくがそうつぶやくと、そばにいた榛原はこう小声で言った。
「表向きはね。でも真相は本人が言うよりはもう少し複雑なものがありそうだぜ」
たぶん榛原は、昨日高槻さおりに出逢った時、その制服から判断して今日の転入生が彼女であると確信していたのだろうし、いまは彼女の転入の本当の理由を、彼女が関わったトラブルを考え合わせて突き止めようとしているのだ。
いやはや、舌を巻くぜその情報収集能力には。
その日の昼休み、中庭の一角で、ぼくと榛原は例によって弁当をつついていた。
ぼくのはわがお姉ちゃん、しのぶの作ってくれた弁当だ。
半月前くらいまではご飯やオムレツに「けーくんLOVE」「しのぶ❤️けいた」といった文字がケチャップなどで描かれた痛いものが毎日出てきたのだが、最近ではそれもなくなり、ごく普通の弁当になったので、ほっとしている。
一方、榛原はといえばヤツの手作りだという。
それもご飯におかず一品のみ、みたいな手抜き弁当ではなく、出し焼き玉子だの肉団子だの菜っ葉の煮浸しだの、結構本格派のやつだ。
どこまでも凝り性な男だぜ、まったく。
姉の料理の腕前もなかなかのものだが、それに勝るとも劣らず美味な榛原のおかずをちょっといただきつつ、部活の吹奏楽部の話などをしていると、周囲に人がいないのを見計らってのことだろう、高槻さおりがささっと近づいて来た。
「昨日はありがとうございました。
おふたりが同じクラスのかたで、本当に心強いです」
そう切り出した高槻に、ぼくらも初めて自らの名前を名乗った。
「どういたしまして。俺は榛原マサルです。よろしく」
「ぼくは、
ふたりとも同じ吹奏楽部なんで、よくつるんでるのさ」
高槻は、こう続けた。
「榛原くんに窓居くん、実は、おふたりに折り入ってご相談したいことがありまして、放課後、お時間をいただけませんか」
キター!
なんて言っちゃいけませんよね。
いらっしゃいましたよ、ご縁が向こうから。
うーむ、榛原の「ご縁理論」、今回は素直に信じてしまうわな。
「もちろん、かまいませんよ。
きょうは部活もない日だし、俺たちヒマですし、なっ」
と答えて、ぼくの背中を叩く榛原。
「あ、ああ、ヒマでなくたって、無理くりヒマを作ってでも、相談に乗りますよ、
高槻さんのためなら」
ぼくもにわかに調子づく。
「ありがとうございます。
では、とにかく他のかたに絶対知られないようにお願いしますね。
三時半に、
と、高槻は時間と場所を指定して来た。
「オーケー」
「了解っす」
ぼくらは快諾した。
それからの二時間半ほどを、ぼくはそわそわと落ち着かない気分で過ごした。
榛原は、別にいつもと変わらないようにしか見えなかったが。
この気持ちはなんなのだろう、超弩級《ちょうどきゅう』の美少女とお近づきになれそうだという甘いときめき的なものも、なくはない。
でも、一対一で会うわけではなく、榛原とぼくふたりでお相手するわけだから、恋愛的なムードとはいえないな。
むしろ、あれだ。
ひとつの大きな秘密を三人だけで共有することへの、期待と恐れの入り混じった、アンビバレントな感情、そんなものじゃないだろうか……。
「こら窓居、さっきから目がうつろだぞ。ちゃんとしなさい」
先生に小突かれてしまった。
皆に笑われるぼく。
後ろのほうでは、高槻までがクスクス笑ってる。
こりゃいかん!
そんなこんなはあったが、なんとか放課後になった。
いろいろな可能性を考慮して、榛原とぼくは別々の道のりで、本町駅に向かった。
「純喫茶シャトウ」はたぶん界隈では一番古いお店のひとつで、一言で言えばおんぼろな喫茶店だ。
創業は昭和30年代らしく、商売っ気のまったく感じられない、老女ひとりで切り盛りしている店だが、秘密の相談をするにはうってつけかもしれない。
なにせ、一日に来る客は二、三人ってところだろうから。
ドアベルをチリンと鳴らして入ると、カウンターの中の婆さんは「お連れさん、2階ですよ」と言わんばかりの目配せをした。
ボロ階段を上ったところの、ちんまりとしたボックス席に、既に高槻と榛原が向かい合って座っていた。
「お疲れ、俺もさっき着いたところだ。では高槻さん、ご相談とやらを話していただけますか」
高槻は、真剣な面持ちでうなずいた。
「これは、わたしがこれまで誰にも相談できなくて、四年近く悩んで来たことなんですが、今回、初めて話しても大丈夫なかたがいらっしゃったので、思い切って話したいと思います。
もちろん、そのかたとは、榛原くんに窓居くん、あなた方おふたりのことです」
それはまた、光栄の至りだな、まったく。
「話の始まりは、そう、わたしが中学に入った頃だったと思います。
けさ話しましたように、わたしは共学の公立中だったのですが、一年の五月ごろ、私はクラスの男の子から、最初の告白をされました」
やはり、そういう話になったか。
ぼくはゴクリと唾を飲みそうになり、慌てて下を向いてごまかした。
「わたしもまだ中一、もちろん男性とお付き合いするなんて初めてだったのですが、彼にはいい人そうとの印象を抱いていたので、中学生らしい健全な交際ならいいかと思って、特ににお断りすることなく、『お友達からなら』と言って、お付き合いを始めたのです」
「ところが、二週間くらいしたあたりから、なんだかとても体調が悪くなり始めました。風邪でもないのに、四十度近い高熱が出たのです」
「そして、しばらく学校を休んだ後に復帰して、その男性と久しぶりに言葉を交わそうとすると、頭の中にこういう台詞が聞こえてしまったのです、とても嫌な調子の声で」
「『この女、いつまでカマトトぶる気なんだ。こちらが下手に出て合わせているってのに。いつオレのものになるんだ』、そういう声がはっきり聞こえてくるのです」
「そういう嫌な声が彼と会うたびに聞こえるのです。
最初は幻聴かと思いました。わたしのメンタルがおかしくなったんじゃないかと。
わたしの潜在意識が、彼を拒絶しているんじゃないかと」
「しかし、声はいつまで経っても消えないのです。
どころか、わたしが彼を避け始めたことで、悪口雑言はさらに酷くなりました。
そして、さすがにわたしも腹を決めました。
たぶん、わたしは心ならずもテレパスとして覚醒してしまったのだろうと」
「小説やマンガなどで、そういう異能力者が描かれることが多いですよね。
それまでわたしはテレパスの存在を絵空事だと思っていました。
が、自分自身でそれを体験してしまった以上、作りごととは思えなくなってしまったのです」
「結局、最初の彼とは、もっともらしい理由をつけて、すぐに別れました。
別れたと言えるほど、深く付き合ったわけじゃないんですけどね」
「わたしが経験したのは、一方的に他人の心、本音が聞けてしまうという、いわば受信の能力ですが、たぶん、送信する能力もあると思います。
でも、それを使ったが最後、皆にテレパスであることを知られてしまって、わたしはまともな人生を送れないんじゃないかと思います。
だから、それを使ったことは一切ありません、怖すぎるのです」
「以来、わたしは男性と付き合うことを恐れるようになりました。
すべての男性が最初の彼のような、裏表のある人とは限らないとは思ったので、その後も何人かはお付き合いしたのですが、結果はどれも似たようなことになってしまいました……」
そう言って、高槻は溜息をついた。
「そうですか。そういう悩ましい事態に陥ることが嫌で、後はすべての告白を拒むようになったということですね」
ぼくが確認するように聞くと、高槻は首を縦に振った。
そこで、榛原が尋ねた。
「で、なぜ俺たちに、この話をしても大丈夫だと思ったのですか?
それが聞きたいな」
高槻は、ちょっと言葉を選ぶように間を置いてから、こう話し出した。
「昨日初めてお会いした時から今までずっとそうなんですが、あなた方からは、一切、わたしのことをどうかしたい、彼女にしたい、みたいな内心の声が聞こえてこなかったのです。
中一の事件以来、わたしのテレパスがまったく反応しない、初めてのケースなんです、あなた方おふたりは」(続く)
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