第11話

 次の日。学校に着いた時にいつもと雰囲気が違うことにすぐ気づいた。

 昨日回った謎の感情を残した生徒はもう登校していたが、その周りには壁ができたかのように誰も近寄らない。

 佐藤が慌てたように教室に入ってきてその子を一瞥したあと僕の近くに座る。

「おいおい。もしかしてこれってめんどくさいことになるんじゃないか?」

「その可能性はあるよね」

「あの感情を掲示板に載せたのも悪いけど、わざわざそれが誰かを探り当ててさらし者にすることもないのにな」

「僕らもその情報まわしちゃったから同罪でしょ」

 佐藤が不機嫌そうになる。

「同罪じゃねーよ。おれは誰かが悪いことをしてもそれを大人数で悪口言うことには賛成できないね」

 佐藤はそう言うと席を立ってクラスの中で誰も近寄らないその子の傍に行った。

「おはよう堀田」佐藤は意識的なのか大きな声でそう呼びかける。

 予想外の人に挨拶されたことに堀田は驚いた顔を見せたが、表情を変えずに「おはよう」と返した。

 好感度ランキング一位に輝き、男子からも女子からも愛される堀田和美。彼女があの異質な感情を掲示板にアップロードした犯人だった。今日もいつものように髪をまとめて後ろで結わっているが、その顔はいつもの笑顔と違って無表情だった。なぜ彼女があんなことをしたのだろう。そしてあの感情は佐藤の推測通り合成したもので、体験した人に不快感を与えるための感情だったのだろうか。

 朝のホームルームが始まる。担任は教室の空気の変化に気づかず、昨日のことは昨日で終わったと安心しているらしくいつも通りの連絡事項を告げた。

 さてさてどうしたものか。

 僕と堀田はそれほど仲がいいわけではない。挨拶もするし会話をすれば楽しいけど、個人的なことを話し合う関係ではない。問題が起こったからっていきなり堀田に話しかけていいものかどうか。そして話しかけたからと言って僕になにかできるわけでもない。かと言ってこのまま無関心を装うのも難しい。ESSが関係しているし、放っておくことに罪悪感を覚えそうなのも事実だ。

 なんだかなあ。と思って佐藤と昼食を食べていたら、教室に雨宮が入ってきた。

 雨宮は視線で一度堀田を確認したあと僕たちに話しかける。

「和美ちゃんひとりでご飯食べてるじゃん。どうしてあんなことに?」

「いやあ。それはね」

 僕と佐藤は顔を見合わせる。昨日の夜の情報がまだ雨宮に回っていないのだろうか。

 僕らの表情の変化を読み取ったのか雨宮は続ける。

「あの掲示板に感情載せたのが和美ちゃんだってことは聞いたけど、それでなんであんなに浮いちゃった感じになってるの? そんなにひどいことじゃないでしょ? 先生たちには怒られても、友達に距離取られるようなことには思えなかったけど」

 確かに言われてみればそうだ。異質な感情をダウンロードして体調を崩した人は堀田に対して恨みを抱いているかもしれないが、それでも今まで仲が良かった子までもが堀田の近くにいることを拒むとは思えない。

 もしかして僕の知らない何かがあるのだろうか。

「でも、なんであんなことしちゃったのかね」佐藤は難しい顔をしている。「好感度だって高くてみんなに好かれてたのに」

「間違えて送っちゃったとか?」雨宮は近くの椅子を引いて座る。

「掲示板にアクセスして間違えて載せることはないと思うけど」僕も自分の意見を述べる。

 雨宮はしばらく黙ったあとに立ち上がる。

「どうしたの?」僕は訊く。

「こういうのはやっぱり本人に確認したほうがいいと思う。憶測で色々語られたらわたしだって嫌だし」

 雨宮はそう言うとひとりでお弁当を食べている堀田に近づいていった。

「好感度一位と三位が出会うな」

「佐藤はどう思うの?」

「おれも本人に訊くのが一番手っ取り早いと思うぞ」

 雨宮はしばらく話した後戻ってきた。その顔はどこか納得できていないようだ。

「和美ちゃんはやってないって言ってる」

「え?」雨宮が持って戻ってきた情報に驚く。「けど、送られてきたのは分析結果と一緒だったし、それ見てもおかしなところはなかったからあれは堀田の感情だと思うけど」

「なんだなんだ」佐藤が怪訝な表情になる。「よく意味がわかんなくなってきたな」

 ただ単に自分がやったことを認めたくないだけだろうか。そうだとしても説明がつかないことが多すぎる。

「なんかESSのこともあんまり好きじゃなさそうだったよ」

 雨宮の言葉に思うところがあった。僕も昔はESSが苦手だった。もしかしてこの問題は僕にもまったくの無関係じゃないんだろうか。僕が未だに直結できないことを改善するために堀田のことがなにか手掛かりになるかもしれない。周囲を見回す。いつもはクラスの中心ともいうべき位置にいる堀田が今は寂しそうに一人でいる。

「首突っ込みたくなった?」雨宮が少し楽しそうに笑う。

「そうだね。この状況をどうにか変えたくなった」

 堀田が一人でいる今声をかければ目立ってしまうだろう。それは堀田も望んでいないかもしれない。僕はそのあとの休み時間の時に目立たないように堀田に放課後情報処理室に来てくれるように誘った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る