彼氏が欲しい
第5話
「バイクの免許を取った」
同じESP部の部員である佐藤浩太は自慢げに僕に免許証を見せてきた。放課後の教室。自習をしたり、談笑を楽しむ生徒も少なく、すでにほとんどの生徒が帰宅していた。
「へーそれで」
「原付じゃないぞ、普通二輪車だ」
佐藤はにかっと笑った。少し長めの髪に黒縁眼鏡。何にでも興味を持って、かつ飽きるのも早い面白い友達だ。いきなりバイクが好きだと言い出してバイトを始めて教習所に通いだしたことは聞いていた。バイクにハマる前はレンタルビデオショップのア行から順に映画を借りて時間さえあればひたすら見ていたらしい。
「だからそれがなに?」
「わかってないなーお前は、つまり誰かを後ろに乗せられるってことだ」
「それは僕を誘ってるってこと?」
「いやいや、そういうことじゃねーよ。っていうか乗りたいのか?」
ちょっと考えてみる。
「乗りたいか乗りたくないかって訊かれたら乗ってみたいね」
「あーそうかい。じゃあ今度乗せてやるよ。って言いたいのはそういうことじゃなくてな。つまりいつでも彼女ができる準備万端ってことだよ」
「なるほど。それで?」
「いや、それでっていうか。このことについてどう思う?」
「素晴らしいことだと思う」
「だよな!」佐藤は興奮気味に立ち上がった。
「何事にも準備が大切なのは間違いないね」
「それで」佐藤は椅子に座って身体を乗り出してきた。「尾道はどうなんだ?」
「どうってなにが?」
「そりゃあ雨宮光奈のことだよ」
僕は思わず目を逸らしそうになるのを必死にこらえて佐藤を見た。いや、そもそもなんで名前を聞いただけで動揺する必要があるんだ。自然に話せばいいじゃないか。
「特になにもないよ」
「あんなにかわいいんだぜ?」
まさか佐藤は雨宮のことが好きなのだろうか。心の奥にもやもやとしたものが広がっていく。
「いや、そんな顔で見るなよ」佐藤がちょっとひるんだ顔になる。
変な顔でもしてただろうか。
「いい子だと思うよ。明るいし優しいと思うしさ」
「そうだよな。ああいう女の子と最新の5Dの映画とか見に行ったら最高だろうな」
5D映画とは登場人物の感情を共有しながら見ることができる最新の映画のことだ。
「もしかして佐藤は雨宮のことが好きなの?」
「いやいや、そんなわけないだろ。他に好きな子がいるってーの」
「へーそうなんだ」それならいいんだけど。「え? 好きな子いたの?」初耳だ。
「あー、うん。まあな」佐藤は歯切れ悪く言った。
「聞いてないんだけど」
「そう言えばいま初めて言ったかもな」とぼけた顔で佐藤は言った。
内緒にしていたのか。これでも佐藤浩太との関係は長い。高校一年生の時に同じクラスで意気投合し一緒にESP部に入部した。休日に一緒に遊ぶことも多かったし、お互いの家に遊びにいったこともある。どの子かかわいいかとかそう言った話もしていたはずなのに、今の今まで好きな子がいることを知らなかった。
「……なんで黙ってたの?」
「いや、色々あるんだよこっちも。そのうち。そのうち言うからさ」
僕は納得できなくて抗議の顔を向ける。
「いやいや、それよりもだ。ちょっと部誌のことでいいアイディアがあるんだよ」
「話題を変えたいという気持ちがありありとみてとれますが?」
「そう。好感度ランキングだよ」佐藤は僕の言葉を流して強引に話を続けた。
「好感度ランキング?」
「そう。どうだ?」
「それは部誌に載せるってこと?」
「ああ。そのつもりだ」
「たしかにそれは楽しそうだね」
「ただ、ちょっと気になることもある」
「なに?」
佐藤は僕との間にある机に身を乗り出した。
「いや。自分の好感度が低かったら嫌だなと思ってさ」
僕はちょっと驚いた。
「なんだ? 気にならないのか? それとも自信あるとか?」
「いや。どうせ上位ではないと思うからそんなに気にならないかな」
「意外にメンタルが強いなお前は」
「関心が薄いだけだよ」
僕も笑って言った。
ただ案自体はかなりおもしろいと思ったので、それから具体的にどのように測定するか話し合った。僕らの学校では毎年文化祭の時に各学年の好きな人ランキングを発表する。それは単に好きな異性を1位から3位まで書いてもらうアンケート方式で、1位なら3ポイント、2位なら2ポイント、3位なら1ポイントと割り振って、総合得点が高い人が勝者となる。できればそのランキングとは異なった測定法で異なった結果を導き出したい。
相談の結果。学年すべての異性に対する好意を測定することになった。それを最大値100、最低値0とし、その総合値が高かった人が優勝となる。つまり、自分が学年すべての異性からどの程度の好意を持たれているかが判明する。
「つまりは100の好意を何人かから受けていても、0の好意、つまり何人かから嫌われてたら、平均70くらいで全員に好かれている人に点数で負けるってことか?」佐藤が言った。
「そういうことになるね」
「……けど、自分で提案しといてなんだが、これって使いようによっては両思いとか片思いとか、そういうのが全部ばればれになっちゃうけど、みんな協力してくれんのか?」
「さすがにそれはまずいから。全部匿名性にしようよ。どれが誰の感情かわからなくする」
「識別番号どうすんだ?」
「そうだな」考える。
そう。発売当初はなかったが、10年前から、読み込んだ感情には必ず識別番号が割り振られることになった。ネットに、凶悪犯罪に関係する感情がばらまかれたりすることもあるための措置らしい。それぞれのヘッドエモーションによってその番号は変わっている。個人でヘッドエモーションを購入するなら必ず身分証の提示が必要になるし、学校の備品を使うならそれぞれの生徒番号と個人で決めた暗証番号を入力してロックを解除する必要がある。
なので、色々な人の感情ファイルを集めるときは、注意しないとどの感情が誰のものなのか漏洩してしまう。
「識別番号くらいじゃ仲良い子とか家族以外じゃ誰の感情かわからないけどね」自分の識別番号は普通、よっぽど信頼している人にしか明かさない。僕は続けて言った。「学校の備品を使うなら識別番号は全部同じになるし、犯罪でも犯さない限り先生たちもどれが誰の感情かは見れないらしいけど、それでも気にする人がいたら僕のヘッドエモーション使ってもらうよ」
「おお。やるな部長」佐藤がおどけてみせた。「けど、これはけっこう大がかりな計画になるな」
僕は頷く。僕らの学年の生徒数は150人ほど。全員を測定するとなるとそれなりに時間がかかる。
「おもしろいことをするためには労力がかかるってことだね」
「そうだな。おれたちの感情もちゃんと匿名にするぞ」
「わかってるよ」僕は笑った。「まあ、地道にやっていこおうよ」
「そうだな。そんで話が戻るんだけど、今日の帰り一緒に映画見に行かね?」
「ずいぶん唐突だな」
「見たい映画があんだよ」
「彼女ができたら行くんじゃないの?」
「そんなの待ってたら話題の映画全部終わっちまうぞ」
「それもそうだ」
互いの顔を見て笑いあった。
放課後。日本の歴代映画興行収入で新記録を叩き出している話題の恋愛5D映画を見に行った。
それは世界の崩壊を止めるか、それとも大好きな彼女を救うのか選択を迫られた主人公が、極限の状態で彼女の代わりに自分を犠牲にする方法を思いつき、自分を犠牲にして好きな人と、好きな人が生きる世界を救うというストーリーだった。
泣いた。号泣した。
主人公の自己犠牲的な愛の感情が僕らの涙腺を破壊した。
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