夢を売るタヌキ

長月瓦礫

夢を売るタヌキ


昨日まで降り続いていた雨はようやく上がり、ところどころにできた水たまりは太陽の光を受けて輝いている。

青い空がどこまでも広がり、背の高い木々に光がもたらしている。

森中に平和の空気があふれていた。


「おい、たぬ公」


「ナンだよ、メダマっちゃん」


カタツムリの私が目玉と呼ばれている理由は、私の目玉がどこにあるか分からないからだそうだ。なんとも失礼極まりない獣だ。


そのムジナは木陰で簡単なテーブルと看板しかない店を出していた。

なんということだ、私の殻よりも掘っ立て小屋よりもひどいじゃないか。

店と呼んでいいのかも怪しいが、本人がそう言っているのでどうしようもない。


「お前、新しいビジネス始めたらしいのう」


「それがなんじゃい」


「たぬ公のことや、どーせ何かイカサマしてるんとちゃうんか?」


「馬鹿を言うな。俺は狐の野郎とは違うんだ。

オメェこそ商品買ってからクレーム入れろや」


「じゃあその商品見せてみぃ」


「おう、気が済むまで見るがいいや」


タヌキはテーブルの上にどんと商品の束をのせた。

私はそれを見て、元々出ていた目玉がさらに飛び出てしまった。


「待て待て待て! これどう考えてもアカン奴やろ!」


「何でや。夢を売ることの何が悪いんじゃ。

男ならドカンと一発、超新星爆発のごとく当ててみたいもんやろ」


「いや、そういう問題ちゃうねん。

よりにもよって、何でこれ選ぶねん。お前がやるもんちゃうやろ」


このタヌキが見せたのは、宝くじである。

昔から言うではないか。は当たらない。

この馬鹿は正気なのだろうか。


「うっわ……見損なったわ。草葉の陰で田舎のお母さん泣いとるで」


「草葉の陰とはなんじゃい、不謹慎なことを言うなや」


「いや、そんな冗談言ってもしょうがないやろ。

あなたのお母さん、この前鍋にされてましたよ」


一瞬、沈黙が下りる。


「……え、マジで? 本気で言ってんの?」


タヌキが少し焦りだした。

予想外のニュースに混乱が隠せないようだ。


「マジだよ。障子の隙間から見てたもん」


壁に耳あり障子に目ありとは、まさにこのことか。

たまたま障子越しに目が合ってしまい、私を助けてほしいと訴えていた。

人間たちは刃を研いだり、他の食材を調理していたり、何かと忙しそうにしていた。


あの場で私が出れば、人間たちをパニック状態に陥れることはできただろう。

本当に運が良ければ、脱出もできたかもしれない。


しかし、鈍足なのはどうしようもない。

部屋に侵入したときには、もう何もかもが手遅れだった。

腹は二つに割られ、見えてはいけないモノが露になっていた。


自分の母親に訪れた悲劇を聞いて、すっかり青ざめていた。


「……俺、この商売辞めるわ。茶釜になる修行でもしてくる」


「努力の方向が明らかにまちがっとると思うけど、まあ、頑張れ」


タヌキはしょぼくれた足取りでその場を去った。

掘っ立て小屋もどきの店と私だけが残された。


「……てか、ホンマに賞金用意してたんか?」


あのタヌキとはいえ、本気でやろうとしていたのはまちがいない。


店の裏側をのぞくと、金色に輝く硬貨が何枚か積んであった。

これが賞金のつもりだったのだろうか。


「ほほお、あのボンクラにしては頑張ったんちゃう?」


積み重なった金貨のうち、一枚がひどく汚れているではないか。

こういう隅の汚れは気になって仕方がない。


歯舌で削り取っていくと、塗装がみるみるうちにはがれていく。

星印がはがれると、茶色の板が現れた。

その板も溶けてしまい、なくなってしまった。


「アホんだらぁ! どのみち空くじやないけ!」


私の叫びは森中に響き渡った。



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