第十六章
アラストルは爆音の後、小さな音を拾った。
その小さな音は影を伴い、それに気付いたのはアラストルと瑠璃だけだった。
「玻璃!」
「伏せろ!」
瑠璃とほぼ同時に手を伸ばした。そして、アラストルの方が僅かばかり手が長かった。
咄嗟の動きはなんとか玻璃を突き飛ばすことに成功したが、咄嗟であったため次の動きが遅れてしまった。
玻璃を突き飛ばしたとほぼ同時。アラストルの体を影が通り抜けた。
それは背中から体を突き抜ける衝撃のように感じられた。
「アラストル!」
玻璃の叫び声が響く。それと同時にまたあの小さな音が響いた。
この音をアラストルは知っている。過去にも耳にしたことがある音だ。
リヴォルタが遣う魔道長銃の音だ。
弾丸は魔力そのもの。あらゆる盾も通り抜けるため、対魔術師用の特殊繊維も全く役に立たない。宮廷騎士も未だにその対策を立てられずにいる特殊武器を物理的な防具で防ぐことは不可能だった。
再び、影が体を通り抜ける。
アラストルは重力に引きずられるようにして床に叩きつけられた。
「アラストル!」
玻璃が駆けつけようとするのを手の動きで留まるように指示する。玻璃がそれを汲み取ってくれるかはわからなかったが、今のアラストルに出来るのはその程度だ。
「玻璃、花屋の屋根の上だ。リヴォルタの奴がいる」
二回も衝撃を食らった。方向がわからないはずがない。
「え?」
玻璃が振り向くのと同時に、瑠璃とセシリオも振り向く。花屋の屋根に顔が隠れるような黒衣を身に纏った、体格的に男と思われる影があった。
「あいつが……」
玻璃が武器を握りしめる音が響く。
「よく気がつきましたね。アラストル・マングスタ。褒めて差し上げましょう。玻璃、あの男の首を取れれば今回のことは見逃してあげますよ」
「え?」
セシリオの言葉に驚きを見せたのは瑠璃の方だった。
「あの男は、過去に僕から部下を奪った男ですから」
その言葉よりも少し早く、玻璃の体からなにかが滲み出ているように思えた。
一瞬、セシリオ・アゲロが後ずさった気がしたが、それは玻璃の声でどうでもよくなる。
「あいつが……あいつのせいで……」
玻璃はナイフを構え、普段のだらけきった様子からは想像も出来ない速度で屋根の方へ駆け出した。
「待て!」
思わず叫んだ。
玻璃の細腕で勝てるのか不安になった。いや、それなりに腕の立つ殺し屋のはずだ。けれども、あの妙な武器に太刀打ちできるのだろうか。
死なせたくない。
無駄と知りつつも必死に玻璃が去った方向へ手を伸ばす。
だが、玻璃は止まらない。
それはもう驚異的な身体能力だった。
目の前に飛沫が散る。
綺麗な放物線を描いた赤が散らされた気がした。
そして、塊が天高く飛ぶ。
目を凝らせば、それは黒衣の男の頭だった。
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