間章



 翌朝、玻璃は随分と早起きをした。

 突然泣き出してしまったアラストルをどうしていいかわからなくなってしまい、ただただ戸惑うばかりだった。それに、彼が泣いているとなんだか落ち着かない。そうして彼が泣き止んだ後もなんだかもぞもぞとしてしまい、結局おやすみなさいの挨拶をした後も眠れない。その結果随分と早い時間の起床となったのだ。

 そして玻璃は初めてアラストルの寝顔を見た。

「……シルバとおんなじ顔なのに、シルバじゃない……」

 それはとってもへんな感覚だ。顔の作りは殆ど同じなのに、与える印象は全く違う。

 シルバはもっと優しく微笑んでいた。だけどもアラストルは自信に満ち溢れた笑い方をする。左の口角が上がりがちで意地悪そうな印象にも見える。シルバは少し困った顔を見せることが多い。けれども、アラストルは呆れていることが多い。

 だけども泣くときは二人とも同じように静かに泣く。

 玻璃にはそれが不思議でならなかった。

 同じ人がわざと別の行動をとっているのではないかと考えてしまうほどに。

「アラストルがシルバだったらいいのに……」

 そうしたらきっと殺さなくて済む。シルバは家族だもの。マスターも、瑠璃も朔夜もジャスパーも、みんなでずっと一緒に居られるのに。

 アラストルは最初からとても良くしてくれている。家族じゃないのに、まるで最初からそうだったように接してくれる。

 そんなアラストルを殺すなんて……できそうにない。

 目を閉じれば今もシルバの微笑が浮かぶ。いつだって恋しい。

 ううん。アラストルと出会う前は、もう輪郭がぼやけてしまっていた。けれども、アラストルと出会ってからまたはっきりとその輪郭が現れた。

 会いたい。

 もう届かないと知っているのに、その想いが強くなってしまう。

「きっとアラストルもそう思ってる……」

 あの時玻璃が死んでいればよかったって……。

 あの日の出来事を思い出すと涙が溢れてしまう。結局、悪いのはなんだったのかさえわからないまま、ただ悲しみだけが強調され、涙が止まらない。

 その一滴がアラストルの頬に落ちた。

「……おい、お前、人の上でなに泣いてるんだぁ?」

 寝起きから不機嫌そうなアラストルが玻璃の目元を指で拭う。

「ほら、とっとと泣き止め。んな顔されたら迷惑だ」

 口では言うくせに、触れてくれる指先が優しくて、余計に涙が溢れた。

「うるさい、黙れこの三十路」

 これじゃあ泣き止めないわと暴言を吐く。

「三十路言うな、気にしてるんだ!」

 服の裾でごしごしと涙を拭いながら再び「三十路!」とアラストルに叫ぶ。

「なんでいっつも三十路って言うんだよ……」

 困り果てたように言うアラストルも、本当は別のことを言いたかったのだと思う。けれどもその話題を出されたくなかったので、玻璃はわざとそのままの会話を続けることを選ぶ。

「事実」

「そらそうだが……」

「それにいっつも私のことガキっていう。オジサンって呼ばないだけマシ」

 子供っぽいと言われることが多いのは知っているけれど、玻璃だってもう成人だ。一人前として扱われたい。

「ぐっ……てめぇ……一番気にしてるところをずけずけと……」

 アラストルは俯きながらわなわなと震えている。本当は怒鳴り散らしたいのだろうが、先程まで泣いていた玻璃に遠慮しているようだ。

「オジサンって呼んで欲しかった?」

 わざと挑発するようなことを口にすれば軽く小突かれる。

「可愛くねぇガキだなぁ」

「私に可愛さを求めても無駄よ」

 そう答えればアラストルは大きな溜息を吐いた。


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