第28話
しっかりと続きですよ?
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「───とーうーやーにーい!」
「……どうした?」
突然正面から、金光が俺の顔を覗き込みながら大声を上げてきた。
鼻と鼻が触れる距離。背伸びまでしてどうしたのかと問いかければ、呆れたような顔を金光はする。
「どうしたもなにも、さっきから言ってるじゃん。今日クーファちゃん部活で結構遅くなるみたいだから、先にご飯食べてていいって言ってたよって話。なのに刀哉にぃ全然返事しないんだもん」
「……悪い。どうも考え事をしてたみたいだ」
「考え事? 最近多くない? この前もそんな感じだったし」
呆れから一転、心配する顔になる。
言うほど考え事に没頭しているのは少ない気がするが、しかし少なくとも今は金光からの声にしばらく反応できていなかった。
「もし悩み事とかあるなら、私が癒してあげよっか?」
「いや……別に大丈夫だ」
「遠慮しなくてもいいよ? しっかり気持ちよくしてスッキリさせてあげるからさ。そしたら頭の中も空っぽになって丁度いいかも」
それはどういう意味で言っているのだろうか。そういう意味で言っているのだろうか。顔は心配の表情なので判断に困る。
が、取り敢えず首を横に振った。誰かに頼るのが悪いとは思わないが、そんな深刻なものでもないので手を借りるほどでもない。
「そーお? まぁ、この後ご飯作らなきゃいけないし、時間が無いかぁ……仕方ない。けど、疲れには気をつけてね?」
「あぁ、心配してくれてありがとさん」
金光は少し釈然としない表情をしていたが、本当に俺を気遣っているからか、普段のように何度も食い下がってくることなく引く姿勢を見せる。
「クーファちゃんのこと言ったからね」と部屋から出ようとする金光を、俺はこれ以上心配をかけないために少し笑って見送ろうとした。
───それなのに、何故か俺は立ち上がっていて。
「えっ、ちょ───」
背後から、部屋を出ようとした金光のことを抱きしめる。
いや、抱き締めて
軽いハグとか、そういうものではなく、感情に任せたような力強い抱き方。
「えっ、な、なになになに? なんで私こんな抱きしめられてるの? や、やっぱり刀哉にぃしたいの?」
何故だろうか、何故今俺は金光を抱き締めてしまっているのだろうか。
分からない。分からないが……それでも今俺が心の底から安堵しているのは分かる。自覚出来る。
まるで、久しぶりに再会したかのように、そんな気分になってしまって……。
「あの、と、刀哉にぃ? 無言で抱きしめられるのは、恥ずかしいって言うかぁ……あ、あれ? もしかして刀哉にぃ、泣いてる?」
金光に言われて、俺は視界がくぐもっていることに気がつく。頬を伝う感触が伝わってきて、それが金光にも分かったのだろう。
流石にこれには金光も本気で動揺していて、腕の中でこちらに振り返って慌てる様子を見せた。
「ちょ、ホントにどうしたの!? ぐ、具合でも悪い?」
「……いや、何でもない。ただなんでか、急にお前のこと、抱きしめたくなって……」
意図せずして鼻声になってしまう。嗚咽が微かに混じる程に泣いていて、止めようと思っても全く止められないほどに、流れ出てしまう。
胸が締め付けられるような思いの中、でも確かに安心してしまっている。
「……悪い、金光。ちょっと、このままでもいいか? いきなりで悪いけど、さ」
「そ、それはもちろん良いけど……」
言って、金光のことをより強く抱き締める。今俺は、安心して、安堵していて、普段の俺からは想像もつかないほど弱気な姿を見せてしまっている。
自分でもどうしたのか分からない。何故こんなに金光を愛おしく感じているのかも分からない。
「でも今、幸せなんだ。幸せで、そして嬉しいんだ。お前が俺の腕の中にいることが、涙が出るくらい嬉しいんだ……」
普段と何も変わらない。変わっていない。今日だって特別なことがあったわけじゃないはずだ。
それなのに、金光を抱きしめることが出来ているという事実に、感情が抑えられない。
金光は困惑こそしていたものの、俺を慰めるようにそっと腕を回してきた。心配は多分に含まれていたが、安心させるように、慈愛を込めた笑みを俺に浮かべてきて。
「刀哉にぃ……なんか不安なことがあるなら、私とかクーファちゃんに言って良いからね。私達、刀哉にぃのためなら何でもするから。だからさ……無理しないで」
「……あぁ、ありがとうな。でも大丈夫だ、今はちょっと、悪夢でも見て弱気になってるだけなんだ。きっと、お前達と会えなくなるような、そんな酷い悪夢」
「何それ、酷い夢だね……でも、それで刀哉にぃがこんな風になるのは、それだけ私達のこと、大切だって思ってくれてるからなんだよね」
「大切だ。大切だよ。他のどんなものよりも、お前達が……大切だ」
「……それはちょっと、恥ずいよ」
腕の中で金光が身動ぎし、視線を逸らす。その仕草一つとっても、俺の感情は訴えて止まない。
今、俺の腕の中に大切な人がいる。そう思うと胸の奥から込み上げてくるものがあった。
涙も、嬉しさも、喜びも、過剰なまでに溢れてきてしまう。
自分が明らかにおかしい理由など、わかっている。
金光の温かさが酷く優しくて、その何もかもが、胸が苦しくなるくらいにただただ愛おしい。その理由も、もうわかっている。
腕の中にある大切なものを、俺は離さないようにと強く抱き締めた。
「次からはもっと、優しくするから。もっと、気持ちに素直になるから。お前達と一緒に、一生幸せになるから……だから今は、今だけはこうさせてくれ」
「い、いきなり重いよ刀哉にぃ。心配しなくてもずっと一緒だよ?」
「……そうじゃない。そうじゃないんだ。俺はもう二度と、お前達と会えない絶望なんて……味わいたくない」
……そうだ。もう金光達と会えないかもしれないなんて、そんなこと……だからもし次があるなら、絶対後悔しないように三人で過ごしたいと。
それ以外の何もいらない。金光とクーファの二人がいて、特別なことも無くただ普通に暮らせるなら、それだけで俺はもう満足なんだ。
そんなこと、とうの昔に理解していたと思っていたのに、失ってからじゃないと実感なんて得られなくて……俺はだからこそ、こうして後悔の狭間にいるのだろう。
腕の中で困惑する金光を俺は最後にもう一度、正面から強く抱き締める。
「……弱い兄で、ごめんな」
「……よく分かんないけど、刀哉にぃは凄く強いよ。凄く頑張ってる。それに……もし会えなくなっても、私達が頑張るから。頑張って刀哉にぃに会いに行くから。だから、心配しないで」
金光の健気な言葉に、俺は笑みを返す。隠すことも無く涙を零しながら、そっと頭を撫でて。
「ありがとうな……好きだよ、金光。愛してる」
そう言うと同時に、視界が暗転する。
幸福な夢は時間切れ───再び俺は、悪夢のような現実へと呼び戻される。
そこには当然、大切な人は居ない。
「……頼むから、もう……」
掠れた声で、呟く。視界はほぼ何も見えなくて、体は動く気すら起きず、気持ちは過去最低だ。
幸せを噛み締めていた。たった一時でも幸せを味わえていた。きっとどこを探しても、俺以上に幸せな人間など居ないと思えた。
だがその分、容赦なく絶望は降り注ぐ。そんなものは所詮夢でしかないと、どこを探しても俺が求めるものは無い。
分かってる、分かってるんだよ。所詮さっきのも俺の妄想。
夢で何を見たとしても、現実に妹達が現れる訳では無い。俺が地球に帰れる訳でもない。
そこにあるのは幻で、触れた感触すら幻覚だ。
そう理解していたからこそ、夢の中に長居はできない。偽りの幸福を享受できるのは、限られた時間だけ。
涙を拭い、現実を見ようとする思考が俺の精神を安定させようと幻想の妹達ではなく、今確かに存在しているパートナーを探そうとする。
───ベッドで寝ていた俺に寄り添うように、隣に少女が居た。
見たところ、今寝に入ったような感じでもない。俺が寝てすぐに帰ってきたようだ。
俺の方に腕を伸ばして抱きつくようにしているルリを見て、安堵してしまう。
同時にそれが妹達への裏切りのように感じてしまって……顔を顰めた。
「……分かってる。これはきっと、今の俺に必要なことなんだ」
孤独を埋めるには一人は辛すぎる。だからこれは必要なこと、仕方の無いこと。
そうは分かっていても、割り切れないものがある。もちろんルリが悪い訳では無い。きっと融通のきかない、そして弱い心を持つ俺がいけないのだ。
だってもし俺が妹達の立場だったら、こんなことを容認できるだろうか。妹達が別の人間を俺の代わりにするなど、そんなこと、耐えられるだろうか。
それを考えるまでもなく無理だと断じて、だからこそ俺はルリに対して妹のように思ってしまうのが酷く辛い。
けれど今は、前に進むためには───俺はルリの方を向いて、もう一度体を横にする。
「……ごめんな」
零した言葉は、誰にも拾われることなく消えていく。
俺のことは、俺が一番知っている。俺は弱い人間なのだ。
どうしようもなく……最低で、弱い人間。
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そろそろまた物語を進展させたいところですね。まぁ今回全く次のお話し書けてないのですが( ̄▽ ̄;)
ちょっと次回がわからんのですが一応明後日辺り!
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