第5話

 援軍登場と来たか。


 凪は盾の向こうで写巫女の頭を掴み、力を送り込む。


 魔物の姿の凪は辛そうに肩で息をしながら俺を見て笑っている。奴は写巫女に命令した。


「結衣、そこにいる全員を殺せ!」


 写巫女は若い女性の姿に変化し、俺を真っすぐに見つめて言った。


「冬夜、私を置いて逃げるなんて酷い人……」


 俺は絶句した、失った相棒が目の前に立っている事に。


「結衣…… いやそんなはずは無い」


「朝波、惑わされるな! 結衣はもういない! 凪、姑息な真似を!」


 綾乃は結衣に向け小銃を構える。


「待って綾乃さん! 朝波、この人が結衣さんなの? 奇麗……」


 羽衣は吸い込まれるように彼女に見入って、俺との意識の繋がりが剥がれた。


「違う…… お前は偽物」


「会いたかった、冬夜」


 結衣はゆっくりと歩き出し、俺との距離を詰める。


「朝波!」


 綾乃さんは声を大にして俺に言った。今にもトリガーを引きそうなのをグッと堪え俺の出方を伺っているようだ。


「冬夜、その子は誰?」


「俺の新しい相棒だ。羽衣、俺に意識を送れ!」


 羽衣は繋がる意識の中で脳内で話しかける、朝波の決断を信じてるよと。


 結衣はナイフを持つ俺の右手を握った、暖かい体温としっとりとした手の感触、人間そのものの息遣いと濡れた瞳。


 俺の答えは出ているが、決断を鈍らせる。


 結衣の手に力が籠る、物凄い力で俺の手に握られたナイフを俺に向ける。


 綾乃がトリガーに掛けた指に力を込めた瞬間、結衣の背中からもう一つの長い腕が伸び綾乃の首を鷲掴みにしてコンクリートの床に彼女を叩きつけた。


 綾乃は気を失ったのか微動だにしない。


「綾乃さん!」


 羽衣が叫んだ。


 ナイフは俺の胸にゆっくりとめり込み始める。体が言う事を聞かない、俺の中で結衣を殺すなと言う感情が体を縛る。


「朝波! 何やってるのよ!」


 羽衣が困惑した声で俺に言う、羽衣は綾乃が落とした小銃を拾おうと床に手を伸ばすと今度は羽衣に結衣の背中の腕が伸び、彼女の首を絞める。


「誰かー? 誰かいませんか?」


 不意に下の階から声が聞こえた、動かないエスカレーターを上るカンカンと響く靴音、一人か?


「朝波さーん、岬せんぱーい、誰かーっ」


「あ…… さ…… 美?」


 羽衣は声にならない声で、首を締め付ける結衣の第三の腕をつかみながら声のする方へ視線を向ける。


 エスカレーターを歩いて昇って来た戦闘服を着た少女。


「えっ?」


 一刻の猶予もない状況に少女は目を大きく見開いた。


「岬先輩!」


 89式小銃を構え、曽根崎あさみは躊躇ためらいなく結衣に向かってトリガーを引いた。

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