王女の影騎士
くろすく
第1話
ジオール王国。大陸の五大国に数えられるこの国には王のみが存在を知る者たちがいる。
王のために生き、王のために死ぬ。そうやって建国以来王家を守り続け生きてきた者たち。
王曰く、『大陸最強』と称される者たち。
この者たちの尽力があって、ジオール王国では建国以来王に危険が及んだことはない。どれだけ戦争が行われようと、王だけは生き残る不思議な国。戦に負けようと頂点は揺らがない国。
それに溺れ強欲に他を侵略し欲する王もいたが、何故だかその王の在位は長くは続かない。影に生きる者たちは真の王にしか仕えない。彼らはそう言えるだけの力を持ち実力でそれを示してきた。
力がなければ、実力がなければ、影に生きる者たちに生きる資格はないのだと。
♢
「さあ、立て」
とある屋敷の地下に作られた訓練場。そこに響くいやに重さを含んだ男の声。年の頃は四十ほどだろうか、極限までに鍛えられた肉体に自分以外の全てを貫かんとするほどの鋭い眼光、そして全てを飲み込むかのような黒の瞳に同じ色の髪。
身体のどこをとっても戦うために作られたといってもいい肉体を持つ男は目の前で仰向けになって倒れたまま動かない少年を静かに見つめている。
「絶対、いやだ」
成長期特有の少し幼さの残る声の少年は地に倒れ伏したまま答える。
見た目は十五を数えるくらいのその少年は、男との共通点をあまり持っていないように見える。
鍛えられてはいるのかもしれないがどうにも力が入りそうにない身体に、堕落しているのか眠そうに陰った紫の瞳と男と似たような黒い髪。
おおよそ髪の毛の色しか共通点が見られないこの二人は世間で言えば親子と称される関係だ。
「いつまでもわがままを言うな、ジル」
ジルと呼ばれた少年。その呼び名は愛称で、名はジライアスという。
「父さんこそ、そろそろ諦めたら? 俺はもう疲れたの。人間休みをいれないとなんでもかんでも続かないもんなのさ」
てこでも動かないぞ、とさらにだらしなく横になるジル。
それを見た男はおもむろに手刀を構え、攻撃の起こりを悟らせることなく情け容赦なしにジルの首目掛けて振り下ろした。
が、男の手刀がジルに届くことはなかった。
「…やるじゃないか」
不敵に笑う男。自分の息子の成長が嬉しいと思う父親の顔と、自分に匹敵しうる者の台頭に喜びを隠せないでいる戦う者としての顔の両方が垣間見えた。
「…いや、そういう問題じゃないから。どこの世界に子供の首を刈ろうとする親がいるの? 流行に遅れてない? 今の流行は子供に優しい親だよ?」
男の手刀はジルに触れるか触れないかというところで止められていた。
それはジルの手ではなく、首と手刀との間に何か壁があってそこから動かないといった風に。
男の手が何かに押されているように少しずつにジルの首元から離れ、パチンと弾ける音がすると同時に男は軽く吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた男が危なげもなく受け身を取ったのを見て呆れ顔でジルはゆっくりと起き上がる。
「初めて見せたんだけど、そんなに驚いてなさそうだね?」
面白くなさそうに言うジルに、面白そうに目を細める男。
「いや、俺の攻撃を受け止めたんだ。充分に驚いたさ。ただお前が止められないわけがないと知っていただけだ」
「まったく買いかぶってくれるなあ…そろそろご飯の時間だ。母さんが呼びに降りてきそうだよ?」
だからこれで終わりね、とジルがあくびをした瞬間、男の足元から土で作られた鋭い針が首へと迫る。
攻撃の前兆すら掴ませない一切躊躇のない一撃。男の首に突き刺さると見えたその針を首を傾げるだけで避け、こちらに向かおうとしたタイミングで今度は男の目の前に今度は氷の針が浮かんでいた。
それは目を細めてしっかりと見なければわからないほど透明だった。おそらく激しい動きの中では見つけることすら困難だろう。
「動くと刺さるよ? …まあ、父さんは刺さっても平気そうだけどね」
「そうだな。…だが今日のところはこれまでにしておくか」
やれやれと首を振った男は目の前に浮かぶ氷の針をしっかりと見ながらもそれを気にすることもなくジルに向かって歩き始める。
針が男の身体に触れ、刺さると思いきや針が壊れた。
「小さい頃から思ってたけど父さんの身体っておかしいよね? 明らかに人間の強度じゃないんだけど。鉄の板くらいだったら突き刺さるくらいの強度にはしたつもりなんだけどな」
「何を言っているんだ。鉄の板に刺さるくらいで俺の体に傷がつくわけがないだろう。俺の体に傷をつけたいのならオリハルコンくらい傷をつけれるようにならないとな。それに、俺の身体はお前にも受け継がれているんだぞ?」
「うん、まあそうなんだけどさ。自分の目で見ても信じられないなって」
「お前だっていつかは経験することになるんだ。自分の身体の限界を知っておいた方がいい」
笑いながらそのうち全力で殴ってみるからなと告げる実の父親。
自分の子供を殴りますと宣言するような親が他にいるだろうか。
「ええ…」
ジルはできればそんな危ないことは願い下げなんだけどな、と思いながら苦笑する。けれど自分の父はやると言ったことはやるので、どれだけそれを先延ばしにすることができるのかを考えていた。
「ヴォルス、ジル! ご飯できたわよ〜! ってもう! またこんなに訓練場壊して!」
賑やかな声が聞こえた訓練場の入り口に二人揃って目を向ければ、怒ってますといった風の一家の母の姿。
訓練場はあちらこちらが凍ったり燃えたり抉れたりと確かに酷い有様だった。これでは母が怒るのも無理はないなとジルがぼーっと見ていると、瞬き一つの瞬間で訓練場が元の状態に戻った。
母を見れば年甲斐もなくウインクをかましてくる始末だ。確かに見た目は若いし姉に間違えられることもあるが、それとこれとは別の問題だろう。
「いつもすまないな、エレナ。さあ、早く行こう。君の作った美味しい料理が待ってる」
「いいのよヴォルス、他でもないあなたのためだもの。さ、ジルも早くいらっしゃいね!」
すっと母の腰に手を回し今までの無表情とは異なり柔らかな笑みを浮かべる父と満更でもない風にそれを受け止める母。
仲良きことは美しきかな、とジルは遠い目で二人にバレないようにそっとため息をつき、二人の後を追った。
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