変異体ハンター、屋敷を捕獲する。
オロボ46
フォークは鋭く、肉に入り込む。
その日は、夏にしては涼しかった。
森の中を、ひとりの女性が歩いている。
この時代には不釣り合いな、ピンクのドレスを身に包んで、
女性は森の中を歩いて行く。
その女性の前から、ふたりの子どもたちが走ってくる。
まるで、恐ろしいなにかから、逃げるように。
子どもたちは、女性の横を通り抜けて行った。
やがて、女性の目の前に現れたのは、
彼女のピンクのドレスに似合う、西洋の館だった。
女性はその館の全体を見渡したあと、
玄関の扉に手をかける。
一瞬だけ、ある方向を見てから、女性は玄関を扉を開き、入っていった。
しばらくして、先ほど女性が見た方から、ふたりの人影が現れた。
「……“
ひとりは、太めの体形の男だ。
ショートヘアーにキャップ、横に広がった体形に合うポロシャツ、ジーパンにスニーカー。その背中には大きなリュックサックが背負われている。
そしてその目には、普段付けているとは思えない、大きいゴーグルが装着されていた。
「ちゃんと見ていたよお。ここは誰も住んでいないって聞いていたけどねえ」
もうひとりは、素晴らしいという言葉が似合うほどの体格をもつ女性だった。
ロングヘアーに、薄着のヘソ出しルック、ショートパンツにレースアップ・シューズ。その手には大きなハンドバッグが握られていた。
「どうします? 今日はいったん撤退しましょうか?」
「いや、この“変異体”の情報について、詳しく知っておきたいからねえ……」
“晴海”と呼ばれた女性の目線は、屋敷に向けられていた。
その隣で男は屋敷を見たままゴーグルを少しだけ外し、全身に鳥肌が立った瞬間にゴーグルを付け直した。
「
「すみません……本当に変異体なのか、疑わしくなって……しかし、耐性のない俺が鳥肌を立ったということは、耐性のない人間がみると恐怖の感情を呼び起こす元人間……変異体で間違いないです」
“大森”と呼ばれた男は頭をかき、玄関の方に目線を向ける。
「詳しく知りたいって言ってましたよね? ということは、あの女にこの屋敷について聞くんですか?」
「それ以外考えられないでしょお。あの扉を開ける手つきは、初めてではないようだから……」
ガチャ
扉の開く音に、ふたりは一斉に玄関の扉を見た。
ピンクのドレスを身に包んだ女性が、扉を開けていた。
「……」「……」
「あなたたちが……“変異体ハンター”ですね?」
屋敷の中は、外見と変わらずに西洋のような装飾が施されている。
部屋のひとつである、応接間もそうだ。
大きな窓ガラスが光を取り入れ、今は用なしのシャンデリア。
その下には、テーブルを挟んでソファーに座る晴海と大森、そしてピンクのドレスの女性がいる。
テーブルには、サイコロ状に切られたスイカが入った皿が3つ置かれていた。
「よかったら、召し上がってくださいな」
女性はスイカの乗った皿とフォークを手に取った。
反対側の晴海と大森も同じように皿を手に取る。
「スイカって、タネを取るのが面倒くさいんだよねえ……まあ、嫌いじゃないですけどお」
「俺はタネをはき出すのがスイカの
食べながら話を聞くのは失礼と思ったのか、大森はテーブルに皿を置き、ドレスの女性に顔を向ける。
晴海は、お構いなしにフォークを動かす。
「先ほど聞き忘れていたんですけど、どうして俺たちのことを知っていたんですか?」
大森に質問されたドレスの女性は、フォークで指しているスイカを口に入れて、数個のタネをはきだしてから口を開いた。
「“彼”から聞いていますわ。自分を駆除しにくる変異体ハンターが来たら、歓迎しなさいと」
「駆除って……俺たちは駆除にきたわけじゃないですよ。人を襲うといった危険性がないと認めているので、人目のないところに移動してもらうだけです」
大森は簡単に説明すると、「“彼”って、この屋敷のことで間違いないですか?」と聞き、ドレスの女性は「間違いありません」と答える。
「その彼が、駆除以外の選択肢がないと言っていました。理由はわかりませんが、私はそれを信じておりますの」
誰かのため息が聞こえてきた。
「……駆除するかしないかは、あたしたちが決めるんですよう」
ため息をはいた晴海は、タネしか残っていない皿とフォークをテーブルに置き、ようやくドレスの女性に顔を向けた。
「その彼とは、どうやって会話できるんですかあ?」
「はい、この部屋から出て右に曲がり、奥にある扉を開くと暖炉のある部屋があります。その暖炉に声をかけてくださいな」
ドレスの女性が扉に手を向けると、晴海は立ち上がってその扉に向かった。
「先輩、どこ行くんですか!?」
「“彼”と話をしてくるんだよお。大森さんはその人をお願いねえ」
晴海は大森に告げると、扉を開けた。
晴海が部屋から立ち去った後、大森はドレスの女性に質問を続けていた。
「……あなたは、どうしてここに来ているんですか?」
「毎年夏になると、よくここに来るんです。エアコンを設置していないのに、とても涼しいんですよ。まあ、変異体だからですよね」
「そういえば、あなたは特に怖がらないんですよね?」
先ほどまで笑みを崩さなかったドレスの女性が、初めて暗い顔を見せた。
「……それがよくわからないんですよね」
目線を大森から自分の膝に移す。
「……本来、普通の人間が変異体を見ると、形状関係なく恐怖の感情がわき上がってしまうと聞いておりますが……私は特にそんなことがないのです。先ほどの彼女も、私と同じように見えましたが……」
大森はうなずき、「心配しなくてもいいですよ」とマシュマロのような顔と言葉をドレスの女性に伝える。
「人によっては、変異体の恐怖に対する耐性を持っている人もいます。俺はないので特別性のゴーグルを装着していますが、相方のように耐性を持っている人間はよくいますよ」
その言葉に、ドレスの女性は胸をなで下ろした。
「そうだったのですね。よかった……安心しましたわ」
ドレスの女性はフォークに手を伸ばした。
しかし、手が滑り、フォークは手に握られずに、
床に落下していった。
ザクッ
フォークの先が、床に刺さった。
その部分から、黒い液体があふれ出てきた。
まるで、血管から放たれた血液のように。
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