誰何狩り

長月瓦礫

誰何狩り


セミの鳴き声が遠くから聞こえる。

白いハウスで覆われているとはいえ、中はかなり蒸し暑い。

まだ午前中だというのに、首からかけたタオルは汗でびっしょりと濡れている。


緑の葉が畑いっぱいに広がり、ところどころに実をつけている。

まるまるとした緑と黒の縞模様の玉は牙をむき出しにし、俺たちを見据えている。


普段は厨房に立っている俺たちも今日だけは、それぞれ得意な武器を片手にビニールハウスという名の戦場に立っていた。


「本日はスイカ捕獲計画にお集まりいただき、ありがとうございます」


ノースリーブのワンピースに麦わら帽子、ここが海ならさぞかし絵になったのだろう。ウェーブのかかった長い髪を揺らしながら、エリーゼは俺たちの前で頭を下げた。


「本当に申し訳ございません。

今がかきいれ時だというのに、こんなことにつき合わせてしまって……」


本当だよ。何で俺たちを呼んだんだよ。他に適任がいただろうが。

マジで何してんだよ。そいつら全員脳みそ腐ってんじゃねえのか?


口から出かけた暴言をぐっと飲み込んだ。


「いえ、俺たちもちょうど憂さ晴らしがしたかったので、気にしないでください」


リュウはなんてことはないさと言わんばかりに、笑顔を向けた。

よし、その対応はまさに神がかっている。その調子で続けてくれ。

俺は黙る。この暑さで何を言い出すか、自分でも分かった物じゃない。


「捕獲ということは、害虫か何かを捕まえるのでしょうか?」


「いえ、捕まえるのはスイカそのものです」


彼女はこちらに牙をむいたスイカを抱えていた。

口の中は赤く、黒い点が見えている。

うなっていなければ、フィギュアか何かにしか見えない。


この様子だと、ただ収穫するというわけにもいかないらしい。

彼女の足元で、大きい方が小さい方を丸呑みしていた。

状況によっては共食いし始めるらしい。


「まさか、スイカに誰何する日が来ようとは……世の中分かりませんね」


まっすぐに飛んできたバケモノをあやめは刀で二つに切った。

なるほど、十分な武装をして来いというのはこういうことだったのか。


「あのさ、バケモノ退治は俺たちの領分じゃないって、何度も言ったよな?」


「本当にすみません、カイン。

一応、他の方々にも頼んだのですが、手が離せないと断られてしまいまして」


ああ、世の中はなんて非常なんだろう。

こんな見目麗しい少女が困っているというのに、誰も手を貸さないとは。


「それでは、私は補給の準備をしてきます。みなさんの健闘を祈ってます」


再び頭を下げ、少女はハウスから出て行った。


他の連中もあやめが二つを切ったのを真似して、スイカを押さえつけ、切り始める。

なんとも順応が早い連中だ。


「まあ、植物だしな。茎か本体を切っておけば大丈夫だろ。

自分のほうに飛んできたら、それぞれで対処しろ。

けがしたらハウスから撤退すること、いいな?」


軽く指示を飛ばし、スイカ狩りは本格的に始まった。


魔界に住み始めた人間が持ち込んだのか、あるいは貿易のコンテナに紛れていたのかは定かではない。ただ、そいつは突然やって来た。


魔界にある畑という畑を食い荒らし、生息地を急速に広めている。

うかつに手を出そうものなら、全力で反撃をしてくる。

実際に何人もけが人を出し、被害は広がっていった。


それが人間界産のスイカだ。

俺たちの知っている常識は見事に打ち破られた。

緑と黒の縞模様が地面を這いずり回り、作物を片っ端から飲み込んでいた。


はっきり言って、異常事態だ。


評議会は対応に追われ、まずは食品に詳しい料理人たちがかき集められた。

いや、どう考えても集める人たちまちがってるよね? 人選ミスしてるよね?

俺の言葉も畑を荒らすスイカ共の前では意味をなさなかった。


正直なところ、この異常事態を解決するのは誰でも構わないのだ。

スイカを倒す方法を確立させられれば、それぞれで対処できるようになる。

獲物を使った料理は注目されるはずだし、うまくいけば知名度も一気に上がる。


こんな具合に綺麗にまとめられてしまい、暴食堂の料理人たちがこの場に集うことになった。


暴食堂は魔界にあるレストランだ。

世界中にいるありとあらゆるジャンルの料理人を集め、どんな客にも平等に食事を提供するというポリシーの下、腕を振るっている。


とは言うものの、実際のところは閑古鳥が毎日のように鳴いている状態だ。

人間自体が魔界というよく分からない世界を好まないらしく、隠れた名店としても扱われない。客が来ないから、当然売り上げも出ない。


このままでは経営を続けることも怪しいので、細かい用事もたまに引き受けている。

今回のスイカの処理もそのひとつで、メンバーも何かしらの武器を扱える者を連れてきた。暴食堂なりの精鋭部隊だ。


「なかなかどうして、シュールな光景でしょう」


「コメントに困りますよね」


スイカがリュウの頭に飛びつき、牙を立てた。

俺はすぐさま短剣で茎を切った。


「スイカが特攻かましてんじゃねえよ……」


人間の頭に噛みつくとか、何を見たらそんな発想になるんだ。


「すみません、ありがとうございます。

けど、思ってたよりダメージはないですね。

植物だからかな、皮は柔らかいみたいですね」


リュウはひとり分析しながら、飛びついてきたそれを外す。

頭から流れ出ている赤い液体がスイカの果汁であることを願うばかりだ。


「てか、リヴィオの奴とか絶対に遊んでるだけだろ。

こんな夏の日にアバンチュールしてるとか……あんのクソ野郎が。

次会ったらスイカの弦で首絞めてやる」


腰まで伸びた金髪の男を思いつかべながら、スイカを叩き切った。


「だよねだよね~。例え相手が男でも、不純なのは許せないよね~」


料理人の中でもひときわ小柄なアベルは、スイカに刃を入れ二つに割った。

割れた欠片を口に運ぶ。


「うん、ただのスイカだ~。カインも食べる~?」


「食べません」


アベルはマイペースにスイカを切って回る。

もはや何から言えばいいかも分からない。


ただ、苗で動きが制限されていることもあって、処理にはあまり苦労しない。

いくつかに切り分けられたスイカは後ろのクーラーボックスに入れていく。

いっぱいになれば、ハウスの外にあるトラックに積む。それの繰り返しだ。


地道に一歩ずつ、こいつらを捕まえていくしかない。

用意していたクーラーボックスを半分ほど使い切ったところで、休憩時間になった。


適当に声をかけて回り、武器を下ろさせる。

水分補給用のボトルとウォータージャグも到着し、一息入れる。

そして、これまでの恨みを晴らさんばかりにスイカにかぶりついていた。


種は用意していたバケツに吐き出させる。

土に撒くようなことだけは絶対にしてはならない。

今までの努力が無に帰す。それだけは避けなければならない。


さて、これから先はどうすればいいかな。

実の処理が終わった後は、根も抜いて土自体を入れ替えたいいかもしれない。

ただ、一般の農家がそこまでできるかどうか。


いっそのこと、軍隊でも来てもらった方がいいか?


どうしたもんかな、気になる点が次から次へと湧いてくる。

入り口のほうへ目をやると、リヴィオが立っていた。


真夏のアバンチュールには程遠い、真っ黒なスーツを着ていた。

遊んでいたわけではないのは分かったが、腰まで伸びた髪は別問題だ。

鬱陶しいことこの上ない。俺のいらだちは頂点に達した。


「爆ぜろ!」


俺は手に持っていたボトルを奴に投げつけた。

金髪は真横に飛びのき、ボトルは虚しく壁にぶつかっただけだった。


「見てるだけで暑いんだよ、ボケが!」


「え、何事……?」


「こっちが何事だよ! そのままスイカの餌食になれ!」


今度はスイカをそのまま投げる。

標的を決めたのか、牙を向いてまっすぐ飛んでいく。

しかし、そのまま両手で捕まえられてしまった。


「うわぁ……誰が生み出したんだよ、こんなの」


渋い表情でスイカを両腕で押さえつけている。

あぐあぐと牙を動しながら、必死にもがいている。


「これ、本当にスイカなの? 

どっかの研究所から逃げ出した実験体とかじゃなくて?」


「真実は分かりませんけど、リヴィオさんも食べてみます?

思っている以上にスイカしてますよ」


リュウは苦笑を浮かべながら、スイカを受け取り半分に割った。

差し出された一切れを半目を見つつ、一口かじる。金色の目が大きく見開かれた。


「……コイツら大人しくさせたら、マジで売れるんじゃないの?」


「そこまでのことを普通の農家さんにできるかって話ですけどね」


ここがビニールハウスで囲われているからこそ、スイカの動きも制限されている。

何もない農地では、スイカとまともに戦うこともできない。

その点を無視することはできない。


「あーっ! サボリ魔発見!」


リヴィオを見つけるなり、アベルは大声を上げた。


「まったく、どこまでほっつき歩いてんだか!

こんな悪い子に育てた覚えはないんだからね!」


両手を目にあて、ぴえんと泣き真似をした。


「そうですよ、田舎のお母さん泣かせるなんて最低です! この親不孝者!

スイカの角に頭ぶつけて死ね!」


訳の分からない暴言を吐きながら、あやめが背中をさする。

わざとらしい演技と見事な連係プレーに言葉を失っていた。


「……ごめん、君たちは何がしたいの? てか、何で私にばかり来るんだよ」


スイカはこちらに向かってくるから、わざわざぶつける必要がない。

現に、新たな敵を見つけたスイカたちはリヴィオに向かって、突進している。


まあ、そいつら全員蹴り飛ばされてるんだけど。

ひとりだけサッカーしてる奴いるんだけど。

それでも懲りずに突進してるんだけど。


とりあえず、コイツらに学習能力はないことは分かった。

罠でも仕掛ければ、すぐ引っ掛かりそうだ。


「あのさ、ひとつだけいいかな」


あらかた蹴り倒したところで、俺の方を見る。


「この際だしさ、除草剤でも撒けばいいんじゃないの?」


波を打ったように、急に静かになった。

波紋はじわじわと広がっていき、理不尽な殺意がリヴィオに向けられる。


「何でそれを早く言わないのよ、このバカ息子!」


「だから! 君に育てられた覚えはない!」


さっそくエリーゼに除草剤を手配してもらい、ビニールハウス一面に散布した。

一週間も経てば、スイカの凶暴性は失われた。効果はばつぐんだ。

普通の農家にもこの方法で対処するように知らせられた。


そして、ここまで凶暴性を獲得するに至った経緯も研究したいとのことで、このスイカをガラスケースで保存することになった。魔界中のスイカをあらかた駆除したのち、残ったほんの少しの苗からまた繁殖し始めたのだ。


まあ、どうにかして商売につなげたいというのが本音なのだろう。

『スイカの逆襲』というタイトルを掲げ、展示会まで開き始めた。

怖いもの見たさに、人間は来ることには来た。


「お前らが撒いた種なんだけどなあ……」


俺はメロンジュースを片手に、ガラスケース前にに群がる人間どもを見ていたのだった。


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