幼馴染みが全力でおじさん(17)の青春を邪魔してくる!
西園寺絹餅
ひと昔前のラブコメ
0_現実世界のでぐちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくち
終電までおおよそ三十分。
オフィスビル街の光はこの時間でも煌々としており、無機質な夜景を作りあげていた。
いったい、この光が全て消えるのは何時なのだろう。
……とか、そんな疑問を入社した時に思ったのも丁度4年も前だ。昇給もせず年齢ばかり上がってしまった俺こと宮田ケイスケは、現在27歳で、彼女もいなければ相手探しをする努力も湧かない、仕事もプライベートも特筆する事はないサラリーマン。
今日も今日とて、大して多くない残業代を稼ぎ、おそらく帰りは日付の変わる頃になる。早起きして始業時間二時間前に出社し、自席でクソみたいな低スペックパソコンと睨めっこをし、その後課長に頼まれた資料作りとか、課長から託された客へのクレーム対応とか、課長から投げられた営業への契約確認メールを出すのだ。はぁ。笑顔で「大丈夫っすよ」はもう疲れたよ。いい加減仕事をしろよクソ上司。いつも自分だけ定時で帰りやがって。今日も飲み会かよ。
無機質な音を響かせる複合機の前。新人研修用の資料が印刷しきるまで、溜まってたスマホ通知を確認する。メッセージアプリには多くの通知が入っており、その大半は未だ所属している高校の時からの友人のグループになっている。そういや10年ぶりに高校の同級生皆で集まるとか言ってたな。俺も行きたかった。まあ、実際はすっかり疎遠で誰とも連絡は取ってないような連中だけど。
俺は舌打ちをしつつ印刷された資料を手に取った。ああ。今頃皆楽しくやってんのかねぇ、なんて思いふける。三年間同じクラスになったうるさい男子どもの事、最初はやる気なかったけど最高に楽しかった文化祭の出し物(確かお化け屋敷)の事、好きだったけど叶わなかった女の子の事……それと、幼馴染みが全力で、俺の青春を邪魔して来た事。
懐かしき、10代の思い出。それはもう、10年も前。あの時は何にも考えないで楽しかったよ、とかおじさんみたいな事思いながら、俺は"失ってしまったうざったい女"の事を思い出さないようにして無理やりに、あー肩こりがひでーなーとか大きめの独り言とともに自席に戻った――いいのさ、もう終わってしまった事なんだ。思い出すだけで情け無くなるだけなんだから。
――だってもう、あいつは死んでしまったんだ。
気を取り直すようにふうと息を吐いて自分の居るフロアを眺めた。高校の時みたいに、手を差し伸べてくれる者はもちろんいない。
「ったく、やってられねえ」
余計に一人悲しくなって、肩を落としている俺。バカじゃん。ポリアンナ効果(過去はいい事ばっかだったなって思うやーつ)で大ダメージ食らって何やってんのよマジで。後でタバコでも吸いに行こう。
——と、その時だった。
ふと、自席の固定電話が鳴った。驚いた。この時間は内線しか掛からないのに外線用の着信音だ。俺は訳が分からないまま固定電話の前まで行くと、着信相手を知らせる画面に「090909090909090909090」の文字が並んでいるのを確認した。は? 故障か? しかし無視しようにも鳴り続ける電話。気持ち悪い。けど、電源を抜くのもあれだし、仕方ないので俺は意を決して受話器を取った。相手が喋るのを待つ。
「くちくちくちくちくちくちくち」
低い女の声だった。一定の口調で同じ言葉を連呼していた。ふへふへふへ、と薄ら笑いながら、こちらの反応を待たずに、ひたすらに喋っている。
「あの」
「くちくちくちくちくちくちくちくち」
「もしもし」
「くちくちくちくちくちくくくくくくく」
「どちら様ですか。うちになんか用ですか。営業時間外ですよ」
「…………」
喋り続けていた女の声が止まった。息を吸っている音が受話器越しに聞こえる。こちらの憮然とした声音に怯んだのだろうか。だが、いたずらにしてはどうも不気味なその人物は、再び同じ言葉を連呼しだした。
と
「っ!」
視界が揺らいだ。バランスを崩し机にもたれる。なんだ。何が起きた。困惑する俺には受話器を落とした事だけが分かる。次第に判明する、何者かが机の下から自分の足を掴んでいる事。
息が、止まりそうになる。
「っはぁ、あ、あ」
動かない体。止まらない冷や汗。その中で抗う俺の抵抗は、せいぜい印刷した紙束に手を伸ばすくらい……。徐々に上がってくる掴まれる感覚。神経が麻痺したかのように感覚がなくなっていく。まずい。このままだと体ごと――
そう思った途端、俺は分かった。自身の体が半分に裂けていた事を。見知らぬ女が、目の前にいた事を。
「くち、おしえて」
…………怖っ。
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