キミのカワイイは特別!
加湿器
第1話
「付き合ってあげる。君が、私の夢をかなえてくれたら!」
そう言って悪戯っぽく笑うあの
今日、生まれて初めて。「告白」をした。いつだって皆の真ん中にいるあの子に。
正直、玉砕覚悟だった。気まずくなって、今の関係が壊れたらどうしよう、って、たくさん迷った。
だけど。
一枚ずつ捲れていく壁のカレンダーが、あたしを焦らせた。卒業まで、あと数か月。あたしたちの道は、そこで分かれてしまう。
そうなる前に、「名前」が欲しかった。あたしたちの関係に、名前が付けたかった。そうしないと、この糸がいつか途切れてしまいそうで。
――少しでも胸の高鳴りを落ちつけようと、あたしは目を閉じる。
思い出すのは、彼女とのことばかり。
あの子と初めて喋ったのは、雨の日の放課後、自習室でのこと。
呪文か何かにしか見えない数式を前に頭を抱えていたら、ちょんちょん、と肘をつっつかれて、消しゴムを貸してほしいとささやかれた。
「わっ、このネイル、自分でやったの?」
――鈴のなるような声がさっきよりも少しだけ大きく聞こえて、あたしは心臓が止まるかと思った。
顔を上げた先にいたのは、彼女だった。透き通るほど白い肌に、サラサラの前髪。美術の教科書から飛び出してきたみたいな、あの子。
きらきらの宝石みたいな瞳があたしの指先を見つめてることに気付いて、ようやく彼女の言葉が頭まで届いてきた。
「あぇ、うん、自分で……。」
「すごーい! 器用だねー! 」
舌がもつれて、顔が赤くなる。エヒヒ、と、不審者みたいにニヤケてしまうあたし。彼女は気にも留めずに、にこにこと話しかけてくれる。
その時していたネイルは、どんなだったっけ。ちょっと前に注意されたばかりだったし、そんなに派手な奴は付けてなかったと思う。
思い出そうとしても、浮かんでくるのは、その時に焼き付いた彼女の笑顔ばかりだ。
「ね、ね、今度わたしにもネイルしてくれる?」
「うぇえっ!? 」
思わぬ一言に、口から心臓が飛び出した。周りからの視線が一気に集まって、あたしは慌てて口を塞ぐ。申し訳なくて彼女の方を見ると、彼女はぺろりと舌を出しながら、口に指をあてていた。
それから。
あたしとあの子は、少しずつ二人で話す時間が増えていった。
彼女の細い指にネイルをして、他愛もない話をした。最初はあたしなんかの話、つまんないっしょって思ってたけど、彼女はどんな話でもうんうんって頷きながら、時々笑いながら、ずっと聞いてくれる。最近気になってるバンドの話とか、近所にできた店の話とか。
彼女は、「特別」なんだ。
周りからどう見られてるとか、自分の立ち位置とか、そんなことを気にするそぶりが全然ない。彼女のいるところが彼女の場所で、それが自然なんだ。
あたしは、それってすごいことだと思う。
あたしはいつも、教室の隅っこに一人でいた。教室の騒々しさから少し離れて、遠巻きに聞こえてくる声は居心地が良かったし、「真ん中」で楽しそうにしゃべる他の女子たちを、羨ましいとか疎ましいとかそういう風に思ったこともそんなになかったんだ。
――彼女が、こっちに踏み込んできてくれるまでは。
彼女と過ごす時間が増える度に、彼女のことを考える時間が増えるたびに。
「真ん中」にいる子たちを、羨ましい、って思うようになった。
罪悪感とか、劣等感とか、そういう嫌な名前は付けたくないけれど、あたしが彼女と居て感じてる、ズルをしているような居心地の悪い気持ち。真ん中にいる子たちはきっと感じたことなんてないんだろう、って思うと、余計にその黒い気持ちは大きくなる。
――きっと、彼女には感づかれてたんだと思う。あたしが、彼女の側にいるために、自分の中の黒い気持ちを、少しでも薄めるためにしていたアレコレのことを。
ぼさぼさだった髪を、毎日手入れするようになって。今まで適当だったファッションとか、化粧とか、家族に茶化されながら少しずつ勉強して。
「――君が、私の夢をかなえてくれたら!」
彼女の言葉を、もう一度思い出して、あたしは目を瞑ったまま、ぎゅっとこぶしを握る。
これはきっと、彼女がくれたロスタイム。
正直、どうすればいいのかなんて全然わからないけれど。
あたしなりにやってみるしかない。
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