第177話 事情
今から一年と少し前。
多くの者と同様、ステータス獲得に挑戦した灯里は、無事にその目的を達成することができた。
そしてその際に、タンクとして優秀なスキルを幾つも保有していることが判明したらしい。
その後、当時既に冒険者として活躍していた仲のいい先輩に誘われるまま、パーティーを組んでダンジョンに潜るようになったらしい。
先輩たちのサポートと本人の才能のおかげもあり、順調にレベルが上がっていった。
このまま順調に冒険者として高みを目指すのだと信じていた灯里。
だが、そんな日々は脆くも崩れ去ることとなった。
『実は結婚が決まっちゃってね。危険なところに行くのはもうやめてほしいって彼が言ってきて……』
『私もそろそろ就活の時期だから。一周回って、時代はオフィスワーカーよね!』
『確かにステータスを活用してお金を稼ぐだけなら、ダンジョンに潜る以外にも効率的な方法があるものね……いいタイミングだし、私も辞めようかしら』
『えっ? えっ?』
そんな様々な理由のもと、多くのメンバーがパーティーを抜けていったらしい。
冒険者は確かに稼げるが、その分危険はあるし、実力や戦闘スタイル次第では装備やマジックアイテムに金がかかる。
他には、普段から魔物と戦う日々を過ごしているせいで、冒険者以外の一般人と話がかみ合わなくなるのを嫌って、という理由も多いらしい。
なんにせよ、そんな経緯からパーティーは解散。
灯里は取り残された形になったようだ。
灯里の状況を改めて頭の中で整理していると、彼女は続けて言う。
「別に、皆が冒険者を辞めていったことに文句があるわけじゃないの。冒険者として大切なことを色々と教えてもらったし、短い期間で強くなることもできた。ただしそれは、タンクとして……!」
「灯里?」
発言の後半から雰囲気が変わってきているように感じ、名前を呼び掛ける。
すると、
「聞きなさい、凛」
「ああ、うん」
力強い意志が籠った目を向けられたので、とりあえず頷く。
「本当は冒険者になる前、あたしはかっこよく剣や魔法で戦いたいと思っていたの。だけど実際に才能があったのはタンク。誘われたパーティーに不足していた人材もタンク。だからこれまでそれを続けるしかなかった……けれど、今はもう違うわ!」
そして灯里は、小さな胸を大きく張る。
「ソロになったのを機に、せっかくだから剣士や魔法使いとして大成する方法はないかと調べていたの! そんな時に見つけたのが、剣崎ダンジョンをソロで攻略した時にもらえるっていう剣と称号よ! あたしはそれを手に入れるために、今日ははるばるここまできて――」
「既にダンジョンはなくなっていたと」
「――そうなのよぉ!」
わーんと目に涙を浮かべる灯里。
相変わらず感情が豊かな奴だ。見ていてちょっと面白い。そう思ってることがバレたら殴られるから絶対に言わないけど。
とはいえ、さすがにこのまま放置するのは酷か。
できるだけ隠し続けたくはあったが、もう既に多くの奴らにバレてるし……それにまあ、灯里ならいいか。
「それで、
「ええ……って、何で知ってるの? あたし、その名前を口にしたかしら?」
「わりとしてたぞ。さっき四つん這いの時に。けど、それとは関係なく俺はもともと知ってたけどな」
「だ、だから、さっきのは忘れなさいって何度も――待ちなさい、それ、どういう意味?」
俺がなぜそれらについて知っているのか。
理解できないとばかりに、灯里は首を傾げる。
そんな彼女の反応を見ながら、俺はふと腕時計に視線を落とす。
質問に答えてやりたいのはやまやまだが、呼ばれている時間まであまり余裕がない。
……仕方ない。
「灯里、この後、時間あるか?」
「それはもちろん大丈夫だけど……」
「ならついてきてもらってもいいか? 今から行かなくちゃいけないところがあるんだ。話は歩きながらしよう」
「……分かったわ」
灯里は最後に一度、名残惜しく剣崎ダンジョンの跡地を見つめた後、俺の後を追ってくる。
そして俺たちは二人で、宵月ギルドへ向かった。
(……優秀なタンク、か)
俺は最後に、その単語を脳内で呟くのだった。
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