第115話 仮入団

 朝倉の言葉によって、俺は自分の鼓動が早まったのを理解した。

 今の言い方から察するに、俺が実力者であると確信できるだけの材料が彼の中にあるのだろう。


 冷静さを保つことを意識しながら、俺は問いかける。


「なぜ、そう思われたんですか?」

「剣崎ダンジョンの迷宮崩壊ダンジョン・カラプスと住福ダンジョンの協会職員殺害事件――そこまで言えば十分か?」

「――――ッ」


 さすがに今回は、動揺を隠すことができなかった。

 これは本格的にバレていると考えた方がいいだろう。


 とはいえ、すぐに「はいそうです」と頷くわけにはいかない。


「根拠は?」

「まあ慌てるな、ゆっくりと説明する」



 そう断った後、朝倉はその2つの事件に俺が関わっていると思われる理由を話していく。

 迷宮崩壊時にはダンジョン内転移を使用してボス部屋の中に入ったこと。

 妹の華が命を狙われ、それを助けるような形で俺が柳を殺したこと。

 悔しいが、推測のほとんどが正しかった。

 しかし、まだ反論の余地はある。



「その根拠は、あくまで俺がラストボスや柳さんを倒せるだけの実力があることが前提ですよね? 俺の実力が同年代の冒険者にすら劣っていることは、貴方も知っているのでは?」



 質問に対し、朝倉は「いや」と首を振る。



「それは以前の話だろう? 転移系のスキルは他に類を見ない特殊なスキルだ。進化の方向性次第ではかなり強力な武器に化ける可能性がある。瞬間移動による回避や接近、遠距離からアイテムをひたすら敵に向けて投下するとかな。ああ、やりようによっては爆石なんかを魔物の内側に入れる手なんかもあるか。なんにせよ、有効活用すれば圧倒的格上を倒すこともできるだろう」

「…………」



 後半のアイテムのみを転移させるのはともかく、前半の瞬間移動については朝倉の推測通りだ。

 その能力によって、俺は格段に戦闘能力を上昇させた。


 だが、ダンジョン内転移の真価はそこではない。

 スパンを無視し、何度でもダンジョンを攻略できる点だ。

 さすがに限られた情報でそこまで辿り着くことはできなかったらしい。


 とはいえ、そこに勘付かれるのは少し面倒なため、とりあえず「なぜそれを知って……!」といった感じで驚いた風の表情を浮かべておく。

 すると、朝倉は満足気に頷いた。



「どうやら正解みたいだな。まあお前がその力を隠したがるのも仕方ない。初めてユニークスキルを得たときには周囲から称賛され、だけど何の役にも立たないと分かるや否や手のひらを返されたんだ。その後有能なスキルになったとしても、周りに広めたくはないよな」



 朝倉は言葉を止めた後、続ける。


「それだけじゃない。住福ダンジョンの状況を見るに、少なくともお前は討伐推奨レベル10000越えの魔物を複数体倒せるだけの力を持っている。たった1年で10000レベル、あまりにも異常な成長速度だ。それがバレたら様々な面倒ごとに巻き込まれるだろう。だけどな」


 そこで、朝倉は真剣な表情を浮かべた。



「お前がこの先に進むためには、いつまでも力を隠し続けることはできないはずだ。そこで話は戻るが、宵月ギルドに入る気はないか? このギルドならお前の後ろ盾になれるはずだ。お互いにとって悪くない話だと思うが」

「後ろ盾……」



 それは俺がずっと欲していたもの。

 自分自身や華を守るために。

 確かに悪い条件ではないと思う。


 でも、答えを出すために幾つか確認しておかなければならないことがある。



「貴方の推測が正しければ、俺は柳さんを殺し、その事実を隠してることになりますが……そんな奴をギルドに入れるつもりなんですか?」

「俺の推測が正しければ、柳とやらを殺した奴はひねくれた正義感を持った人間だよ。実際にあの後、色々な証拠が揃ってソイツが仕組んだことだって分かった。それに、冒険者としてトップを目指す以上、どうしたって人間同士の争いも発生する。そこで迷わず刃を振るえる奴なら大歓迎だ」

「人間同士の争い……」



 今、この世界は絶妙なバランスの上で成り立っている。

 ダンジョンが出現してからまだ20年しか経っていないこともあり、今も恐ろしいほどの勢いで変化を続けている。


 トップクラスの冒険者が保有する戦力は既に現代兵器のそれを優に超え、優秀な冒険者が多くいる国家ほど強い発言権を持つようになってきた。

 そのため、国家間の勢力図を塗り替えかねない存在は多くの国から敵対視されることになる。

 もちろん、スケールはかなり小さくなるが国内の競合ギルドからもだ。


 だからこそ俺は自分の力を隠そうと思った。

 それらの脅威から身を守ってくれる後ろ盾を求めた。

 朝倉は、宵月ギルドがその後ろ盾になってくれるという。


「…………」


 俺は視線だけをテーブルから朝倉に向ける。 

 話しているときの態度を見る限り、彼が嘘をついているようには思えない。

 俺の本当の実力を見抜いた上で、心から人材として求めているのだろう。


 ……ここまでか。


 俺は諦めの意図を含めて、「はあ」と大きくため息を吐いた。

 これだけの情報を集めたうえで確信を抱かれているのであれば、誤魔化すのはもう不可能だ。


 俺は諦めて頷く。



「おっしゃる通りです。オークジェネラルを倒したのも、柳の悪行を止めたのも俺です」

「ほう、逃げ場がないと見るやすぐに認めるか。そういう切り替えの早さは嫌いじゃない。それで、うちに所属する気にはなったか? 断ったからといってお前のことを世間に公表したりするつもりはない。正直な気持ちを答えてくれ」

「……申し訳ないですが、ギルドに入るつもりはありません」

「それはどうしてだ?」



 問題はここから。

 実力がバレたとしても、そこに至るまでの経緯まで教えるつもりはない。



「ギルドに入れば、必然的にパーティーを組んで活動する機会が増えるはずです。だけど俺はパーティーじゃなくソロで攻略を続けたいんです」

「ソロで? それはやはり昔の経験から仲間を信じられないからか?」

「いえ、効率の問題です。ダンジョン内転移は自分にしか使えないので」

「……なるほど、そういうことか。パーティーを組んで足並みを揃えるより、たしかに一人でガンガン突き進む方が効率的だな。道中の魔物や罠が面倒だが、攻略報酬が魅力的なダンジョンなんかには特におあつらえ向きだ」



 決して嘘はついていないが、スパンを無視できることについてはあえて説明を省いておいた。

 それでもギルドに入りたくない理由を伝えるには十分だったようだ。


 後ろ盾を失うのは痛いが、今はそれよりも自分のレベルを早く世界トップクラスまで上げることを優先したい。

 そう思った上での返答だったのだが、朝倉はそう簡単に諦めなかった。


「けど、パーティーを組めば時間こそかかるが、一人では到底敵わないようなダンジョンボスを倒すことも可能になる。その分だけ攻略報酬は増えるし、長期的に見れば効率的に成長できるはずだ。その機会を逃すことになるが、本当にそれでいいのか?」

「それは……」


 朝倉の忠言は正しい。

 そのため俺も返答に困ってしまうが、朝倉はそこを好機と見たのか一つの案を出してくる。


「だったら、まずは仮入団をするのはどうだ?」

「仮入団?」


 朝倉は頷く。



「ああ。冒険者とギルドの相性を確かめる研修期間って言ったところだな。その期間中は基本的にこれまで通りソロ活動を続けてもらって構わない。その代わり、1回か2回だけ、うちの高ランク冒険者と一緒にダンジョン攻略をしてみる気はないか?」

「高ランク冒険者……?」



 ふと脳裏によぎるのは、白銀の長髪を靡かせる少女――クレアだった。

 Sランクの彼女は、文句のつけようがない高ランク冒険者だ。

 仮に彼女と一緒にパーティーを組めるなら、あの異常な強さの理由を少しは知れるかもしれない。


 正直に言って興味はあるが、問題は他にもある。



「悪くない条件ですが……正式に加入を決めるまでは、俺の実力を他人に広めてほしくはありません」

「もちろん、一緒に攻略パーティーを組む奴らにはかん口令を敷く。うちのメンバーの口の硬さは本物だから信用してくれて構わない。それでも信じることができないって言うのならこっちはもうお手上げだが……どうする、天音」

「…………」



 リスクはある。

 だが、それに負けないだけのリターンも存在する。

 ソロでのダンジョン攻略を阻害されないのであれば、仮入団はいい落としどころかもしれない。


 しばしの思考の末、俺は決断を下した。


「分かりました。仮入団することにします」

「よく決断してくれた」


 そこでようやく、朝倉はここまでの真剣な表情から一転、優しげな笑みを見せる。

 俺が仮入団すると決断したことを、心の底から喜んでいるようだ。

 彼がそこまで喜ぶのはなぜなのか気になったが、俺が訊くのも変だと思ったため止めておくことにする。


 その後、俺は仮入団する上での規則と条件、それから今後の予定について朝倉と話し合うのだった。




 最後に連絡先を交換しギルドマスター室を後にした俺は、用を済ませたため建物の外に出ることにした。

 しかし、


「……凛?」

「凛先輩が、どうしてここに?」

「ん?」


 背後から聞きなれた声がしたので振り返る。

 そして驚きに目を見開いた。


「……零、それに由衣」


 そこにいたのは、黒崎くろさき れい葛西かさい 由衣ゆいの2人だった。

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