第二章 ダンジョン踏破者と奪うモノ

第55話 ギルド【宵月】にて

 剣崎ダンジョンの迷宮崩壊が終了した約1時間後。

 ギルド【宵月よいづき】のギルドマスター室にて、一人の男がデスクに腰掛けていた。


 すると、部屋の中にノックの音が飛び込んでくる。

 男は慌てて、貫禄があるように見せるべく、姿勢を整える。


「入ってきていいぞ」

「失礼します」


 入ってきたのは、白銀の長髪を靡かせる一人の少女だった。

 それを見て、男はすぐに態勢を崩す。



「なんだ、クレアか。雰囲気を出そうとした意味がなかったな」

「……マスター、もっとしっかりしてください。所属しているものに示しがつきません」

「もっと気さくにパパって呼んでもいいんだよ?」

「公私の区別は付けさせてください。それに、どちらにせよそのような呼び方はいたしませんけど」

「つらみ」



 落ち込んだ素振りを見せるギルドマスターを気にすることなく、クレアと呼ばれた少女は続ける。



「報告です。剣崎ダンジョンのラストボスが外に出た時のため、遅れて私も現場に向かいましたが、無事に先行者たちがボス討伐に成功しました」

「そうか、それは何よりだ。にしては浮かない表情だな」

「……5人で挑んだそうですが、1人を残して全滅したそうです」

「待て。確か事前の報告では、先に挑んだのはキング・オブ・ユニークだって話じゃなかったか?」

「ご存じなのですか?」



 ギルドマスターが頷く。



「ああ。最近有名になって来ていたこともあるが、1年前にちょっとな。アイツらが殺されるほどの敵だったのか……で、その生き残った奴ってのはやっぱり天音あまね りん……いや、アイツはたしか脱退してたな。リーダーの何とかかんとかか?」

「いえ、黒崎くろさき れいという最近加入したばかりの少女ですが――待ってください、今、天音 凛と言いましたか?」

「ああ、それがどうかしたか?」

「実は迷宮消滅時、黒崎 零、宵月のBランクパーティーの他に、もう一人ダンジョンから転移魔法で帰還してきた者がいたんです。その男の名前が、たしか天音 凛だったはずです」

「なんだと?」



 ギルドマスターは興味を持ったように身を乗り出す。



「その男がラストボス討伐に協力したというわけではないのか?」

「はい。なんでも彼はキング・オブ・ユニークとラストボスの討伐が始まった後に、ダンジョンの中に突入していったとのことです。その後、ボス部屋が開くことがなかったのはうちのギルドの者たちが確認しているので、参戦できる道理はないかと」

「……まあ、常識的に考えりゃそうなんだろうけどな」



 普段は楽観的で適当なギルドマスターが真剣な表情を浮かべるのに、クレアは疑問を抱いた。



「彼のことを知っているのですか?」

「ああ。一年前にギルドに勧誘したことがある。結局すぐ断られたんだけどな。非番で名刺も持ってなかったし、嘘だと思われてた可能性もあるけど」

「マスター直々に勧誘したということは、それだけ優秀だったのですか?」

「いんや? めちゃくちゃ弱かったし、周囲からは無能だって蔑まれてたよ」

「それではどうして?」

「ソイツの持つユニークスキルに将来性があったってのもあるんだが、それ以上に気になったのは眼だな」

「眼、ですか」



 怪訝そうな表情を浮かべるクレア。

 頷き、ギルドマスターは語る。



「ああ、振る舞いや受け答えは普通なんだが、眼だけは違った。目標のためなら手段を選ばず進み続けるような、危うくも真っ直ぐな……そうだな、お前と同じ眼だったよ、クレア」

「…………そう、ですか」



 ギルドマスターの言葉を聞き、クレアは静かに両目を閉じた。

 かつての記憶を思い出すように。



「なんにせよ、報告ご苦労。今回の件は、ひとまず一般人に被害が出なかっただけでもよかったとしておこう。亡くなった方々については残念だったけどな」

「分かりました。それでは、そろそろ私は失礼します」



 一礼し、クレアはギルドマスター室の扉を開けて外に出ていく。

 そして――



「私と同じ……ですか」



 その瞳は、深い、深い海のような蒼をしていた。

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