第32話『戦争屋プレゼンテーション』
男子3人が
何故、視認には顕微鏡が必要とまで噂されるサイズの身体から、窓ガラスさえ割りかねない轟音が出てくるのか不思議でならない。
いや、そんなことは今はどうでも良くて、
「お前、自分が何言ってっかわかってんのか!?」
「え、だって可哀想じゃん……?」
シャロより恐らく年下なのに、こんな堅苦しい場所で働いているということは、よほど大変な状況に置かれていることが予想できる。だというのに、足が使えず仕事をやめなければいけないとは、可哀想だとシャロは熱弁。
「……あ、別に前線に誘ってるわけじゃないんだよ? 別にマオの監視課とかペレットの工作課とか、あ、いやペレットのとこ行かせるのはヤだな。とりあえず支援側に行ったって、お給料はきちんと出るし……」
「いや、そもそも許されへんて……」
「えー? そんなことないよ、こんなに可愛い女の子なんだから、フィオネもヤク中眼鏡も声がデカいだけのわんこも許してくれるって」
『可愛い』という概念の強さを過信して、気にするなと言わんばかりにひらひらと手を振るシャロ。何故だか物凄く余裕そうである。しかし、『可愛い』の強さを過信できない男子勢の判断は甘くなく、
「ヤク中眼鏡とわんこはそうかもしれませんが、フィオネさんはそういうとこ普通に厳しいっスよ!? てかなんでそんな簡単に人を勧誘するんスか!? 女の子だから!? 女の子だからそんなに判定甘いんスか!?」
「それに明らかにその……ミレーユさん? は一般人やろ!! オレらの問題に巻き込んでどうすんねん!!」
「あの、そんな一斉にバッシングしなくても良いじゃーん……」
思ったより激しい男性陣の反論に、若干引きながら頬を掻くシャロ。だが誰よりも困惑しているのは他でもないミレーユであり、彼女は突きつけられた情報を処理できずに思考回路をショートさせていた。
「え、では、シャロさんとペレーヌさんは……変装していらっしゃった、ということですか……?」
「……ソウイウコトデス。それで、向こうのエロガキとチビも仲間で、一緒に潜入してたんです……あの、シャロちゃん達、嘘ついてたのは……ごめんなさい」
少し離れたところで静観しているギルとマオラオを視線で示してから、ぺこりと頭を下げて素直に謝るシャロ。本来のシャロを知っている身としては、そんな珍しい彼の態度が面白くて仕方がない。
それはそれとして『エロガキ』『チビ』と呼ばれたことに対して、当人らは遺憾であったのだが、ここで今突っ込んだら逆ギレされそうなので黙っておいた。
「そ……そ、そうでしたか……その、えっと、それで、潜入の目的って……? 別にその、昨日の集団の仲間……ってわけでは」
「それは、完全に関係ないっスね。少なくともこっちが向こうを知ったのは、昨日が初めてっス。戦争屋とはいえ、昨晩のような無差別攻撃はまだ視野にないんで」
ペレットは『安心してください』と自分の語尾に付け加えるが、正直『まだ』というフレーズの印象が強過ぎて怖さが打ち消せていない。むしろ不安要素を掻き立てていて、ミレーユは至極怯えたように頬を引きつらせた。
「まぁ、こっちも何人か要人潰してるっぽいし、確実にマークされたことだけは言えるけどな。結構スケールのでかい奴らだったし、フィオネが喜びそうだわ」
挑戦的で好戦的なフィオネのことなので、『
「敵対、してらっしゃった……ということは、その、『戦争屋』というのはいわゆる……正義の組織なのでしょうか?」
「いや、まぁ……聞こえが良さそうに言えばやっとんのは『世直し』やけど、中身はそうそう綺麗なモンやあらへんねん。泣いて命乞いする奴まで殺さなあかんような組織やで、普通に嫌やったら嫌って言うた方がええよ」
だんだんと断りにくい空気が出来ているのを見て、困惑しているミレーユに助け舟を出そうとフォローに入るマオラオ。すると、
「そ、そうですね……その、私を助けようとしてくださるのはとても……とてもありがたいのですが、かなり色々と怖いというか、ごめんなさい」
「くそうダメか……押しが足りない……!! 女の子ってどうしたら戦争屋に入ってくれるんだろう……」
「なんや小声で怖いこと言っとるんやけどこの人怖い」
ミレーユ本人に聞こえないようにそっと呟かれた言葉を拾い、マオラオはじとりとした視線を向ける。そもそもシャロは何故、ミレーユの勧誘にここまで必死になるのだろうか。別に女好きとかそういう面を持っていたとは思えないのだが、
「えっと、えっと……いつでもモフれる家事万能の犬が居ます! ヤク中で若干アル中で徹夜の後の顔面終わってるけど、ハイスペックなお医者さんも! ちょっと好戦的で危ない系のめっちゃ美女みたいな人も居ます!!」
「主にハイスペックなお医者さんへの風評被害がすげえなオイ、まぁほとんど事実だけど」
「そっ……それに、こう見えてコイツらもそこそこスペックが高くて!」
ネタ不足になったのか、背後に立つギル達をビシィッと指差すシャロ。それに全員がきょとんとすれば、シャロの視線がまずベッドの上のギルに向いて、
「ギルはエロガキだし、顔面しか取り柄がないけど悪い奴じゃないし! マオは声が良くて揶揄うと面白くてよく叫ぶし凄い声が良くて! ペレットはクソガキだしクズだし5回は召されて欲しいけど、出来ることは多いから雑用係にもなるし!」
「待ってオレの良いとこ声とリアクションだけなん?? なぁ??」
「何より今日もシャロちゃんが可愛いです! 声も可愛いしやることなすこと全て可愛い! 笑って可愛い、怒って可愛い、泣いて可愛い! シャロちゃんが可愛いだけで戦争屋には価値がありますよ!!」
「これは酷いっスね……重症っスわ……」
ミレーユに少しでも興味を持って貰おうと、やたらめったらな宣伝を叩きつけるシャロ。終始ずっと支離滅裂な上に最後はゴリゴリの自分推しで、流石にマオラオもペレットも引き過ぎて1周回り、その熱意に尊敬すら覚え始める。
しかしほぼ初対面でこんな勢いを押しつけられたミレーユは、その具合ではないだろうなと同情の視線を彼女へ向けると、
「今、優秀なお医者様がいらっしゃると、そう仰いましたか……?」
――そこで初めて青髪の少女は、こちらの話に興味を示した。
「そのお医者様は、どれくらい凄い方なのでしょうか?」
「え、えっと、どのくらい凄いんだろう。ペレット説明できる?」
「はぁ? ……ええと、とある国家に一目置かれるくらいはありますよ。薬の調合には十分な知識と経験がありますし……そこらの町の医者よりは優秀なんじゃないかと。まぁ、かなり酷い生活してますけど」
「かなり酷い生活してるけどな」
「かなり酷い生活しとるけどな」
ペレットの言葉に便乗するように、ギルとマオラオが首を縦にうんうんと振りながらフレーズを繰り返す。完全にどちらも『ジュリオットに惹かれるのだけはやめとけ』とミレーユを幻滅させるつもりでリピートしたのだが、
「そのお医者様と会って、それで、弟を……流行り病に侵されている弟を助けて頂けるなら、私……戦争屋になっても構いません」
「……え? 流行り病?」
必死のプレゼンテーションから思わぬ方向へ話が飛び、呆気にとられながら静かに聞き返したシャロにミレーユは小さく頷いた。そして彼女は、自身が抱える悩みと過去について、とても簡易にまとめて語り始めた。
*
ミレーユの元居た実家は、アンラヴェル神聖国の左隣にある『ロイデンハーツ帝国』、〈通称・富豪の国〉と呼ばれる国にあった。
その帝国はなんでも、地価や売買される物品が物凄く高く、その仕組みに順応できない貧乏人達は帝都から離れた辺境へと追いやられ、ミレーユの先祖も同じような扱いを受けて国の端で暮らすようになったそうだ。
だが辺境へ行くとその分税が軽減され、不便な立地ではあるものの平穏に暮らしていたとか。
しかしおよそ5年前、ロイデンハーツ帝国の帝都で『ヘロライカ』というほぼ不治の病が流行。
それで1度、帝国の体制は大きく崩れたのだが、その圧倒的な財力で急速に医療レベルを発展させた。そしてどうにか持ち直したそうなのだが、およそ今から1年前に、辺境にて再び大流行させてしまったらしい。
それにより現在、ミレーユの弟が感染して毎日のように苦しんでいた。
どうにか医者に診てもらいたいが、辺境に住んでいるような貧乏人の財力では帝都の医者に診せる余裕がない。診せたところで全財産が尽き、一家総倒れ――という状況だったのだとか。
そこで一家の中で、1番若く元気であったミレーユだけが国境を越えて、アンラヴェル宮殿で治療費を稼ぐ為に仕事を始めたのだという。が、
「ですが、昨日の事件で片足が使えなくなって……私にはもう、尽くす手がありません……! もし私が加入することで弟が救えるなら、その条件を飲みます」
「……え、あ」
想定していたより遥かに重い雰囲気での受け入れられ方に、先程まで狂ったテンションで宣伝をしていたシャロも流石にたじたじである。
彼はそそくさと引き下がってから男性陣3名の元へ寄ると、ミレーユに聞こえないよう小さな声でこそこそと尋ね、
「ジュリさん、治してあげられると思う? 『ヘロライカ』、だって。3年より前の外の世界のこと知らないから、全然わかんないんだけど」
「『ヘロライカ』……確か、確認されただけでも約30万人が命を落としたっていう病気っス。前触れもなくロイデンハーツで突然流行した原因不明のもので、人工的なテロであるという説もあるとか……それくらいしか知りませんが」
「まぁ1度沈静化したって話やし、誰かが過去に治せた病気ならジュリさんにも治せるんやない?」
最悪ジュリオットに治せなかったとしても、戦争屋(特にジュリオットとかフィオネとか)の持つコネクションの力は強大である。それを使えば、表裏問わず色んな医者の力を頼ることが出来るだろう。
前提として、ジュリオット達が協力してくれるかが問題なのだが。
「沈静化したってナチュラルに誇張してっけど、発症を防ぐワクチンを作ったってだけで、発症者を健康状態に戻したってわけじゃねーんじゃねえの? つまり、発症者は自然に死んで全滅するのを待ったと」
「えっ、じゃあ、ジュリさんにも治せないかもしれないってこと……!?」
「そうなるな。けどま……1個聞くぞ、シャロ。お前はなんでコイツを助けてえんだ?」
あぐらの状態から足を伸ばして寝台から立ち上がると、ギルは肩を回して筋肉をほぐしながら、片目を瞑ってそう尋ねる。するとシャロは口籠もり、
「それは、その……」
「所詮、女の友達が欲しいなんて理由だろ。そんなんで一般人を戦争に巻き込んでどーすんだ。それでコイツが死んだら『シャロのせい』になるんじゃねーの?」
「でも……」
勧誘を諦めるように説得する方向で話を進めるが、シャロは食い下がるばかりで意見を変える様子は見せない。ミレーユ――というよりは、『女性』を仲間に入れることが彼にとって相当な意味を持つのだろう。
それの『意味』がなんなのか、ギルの知る限りのシャロの事情から導き出せないこともないが、だからといって罪も理由もない一般人を無闇に戦争に巻き込んではいけない。それは巻き込まれるミレーユ側のこともそうだが、半端な人間を入れて体制を崩されるこちら側のことも考慮しているのだ。
しかし未熟さゆえかシャロは、そこまで思考が及んでいないようである。これはどう説得すればとギルは熟考――と、そこで静観していたペレットが口を開き、
「……俺らだけで決めるのもなんですから、一旦フィオネさんかジュリさんのとこまで話を持ち帰りませんか?」
「ちょ、おい、ペレット……!?」
「ギルさん、こういう時のシャロさんの強情っぷりはどうしようもないのはご存知でしょう? 俺らでは到底敵いません。それならいっそ持ち帰って、ダメならダメとしっかり大人に言って貰えば良いと思うんスよ」
それに、とペレットは瞑目して思考を巡らせ、
「フィオネさんに未来を視て貰えば、彼女を仲間に引き入れることが正解かどうかがわかるはずっス。もっとも、俺はあんまり女の子を組織に入れることに賛成してないっスけど、思わぬ使い道があれば意見はまた変わります」
「まぁ、それはそうなんだが、そうなんだけども……」
「ですから、帰ってから彼女の扱いを決めれば良いのでは? まぁ、ダメと言われた場合はシャロさんにも、きっちりと見捨ててもらう必要がありますけど」
そうミレーユの前でも堂々と告げれば、当人である少女は驚いたようにペレットを見て、薄い唇から小さく言葉を落とす。
「……良いのでしょうか? 私がいきなり、拠点にまで伺ってしまって……」
「いや……ま、シャロさんがゴネて連れてきたトラブルって紹介すれば、邪険に扱われることはないはずっス。ただまぁ、それも下される判断次第ですが。とにかくそれで、全員が一旦飲み込めるんじゃないでしょうかね」
これで良いか、と言わんばかりにシャロへと視線を寄越すペレット。その視線の圧力を受けて、唇を引き結んだシャロは目を伏せながら頷いた。
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