第19話『賞金5000万の殺人鬼』

 同時刻、アンラヴェル宮殿・地下1階にて。

 今朝の騒動で捕まってしまったギルは、地下牢の中に入れられていた。


「――」


 暇な空間だ。牢屋の中から見えるのは、石造りの壁と床、鉄格子と、その隙間に覗く壁掛けの松明のみ。松明はちらちらと火を揺らしているが、照明の役目を果たせているかは定かでない。とても薄暗いのだ。が、地下牢らしいとは言えよう。


 ひんやりと肌を刺すような冷たさも、若干するほこりの匂いも、ホラーチックな雰囲気作りに一役買っていた。


 いっそお化け屋敷として提供してはどうか、と目の前のフロイデに冗談を言ってみたくなるのをグッと我慢して、ギルは石の壁に背中を預けた。

 こちらを鉄格子の隙間から見る濃緑色の瞳が、細められて鋭くなる。


「なんだよ、言いたいことがあんなら言えって。腹は減ってねェし体調も悪くねェ。文句があるとすれば……まァ、暇ってとこだな。……無視すんな」


 ギルは凝視される時間に耐えられず文句を言うが、フロイデは顎に手を添えたまま微動だにしない。かと思えば、


「――君、どこかで見たことがあると思ったが、戦争屋『インフェルノ』の【ギル=クライン】じゃないかい?」


「ハァ? 10分近く考えてそれかよ。それがなんだ、サインでも欲しいのか? 生憎、俺は読み書きが出来ねェ。諦めろポニテ」


「サインはいらない。それと、ボクの名前はポニテではないよ。【フロイデ】だ」


「へいへいフロイデフロイデ」


 うちのフラムと似たような面倒臭さを感じて、素直に本名で呼び直すギル。真面目すぎるというか冗談が通じないというか、正直言って苦手なタイプだ。

 そんな奴がここに来たということは、物見遊山ではないだろう。恐らく、尋問をしに来たのではなかろうか、とギルは身構えた。しかし、


「それで君、ギル=クラインなんだろう? 賞金5000万ペスカの」


「そうだッつってんだろーが。だからなんッだよ、『ヴァスティハス収容監獄』に売るって話でもしに来たのか?」


「話を逸らさないでくれるかい? この場において話の主導権を握るのはボクだ。ボクが聞きたいのはこれのことだ」


 そう言って、彼が騎士制服のポケットから取り出したのは、黒い機械だった。枝豆ほどの小さなサイズと造形をしている。今朝までギルが耳にはめ込んでおり、牢屋に入れられた際に聖騎士に見つかって、外された無線機であった。


「どうやら最新鋭の技術で作られているようだね。残念ながら上手く無線を受信することが出来なかったんだが……これほど小型で軽量な無線機をボクは知らない。これは一体どこの国の技術だい? 君が作ったのかい?」


 無線機を手のひらの上で転がし、興味深そうに尋ねるフロイデ。眼鏡の奥の瞳が好奇心に輝いたのを見て、聖騎士団長も子供らしい面があるのだと気づき、ギルはあぐらの体勢になって『さあな』と鼻で笑う。


 実際この『超小型無線機』は、アイデア担当のマオラオと工作担当のペレットが共同で開発したものであり、ギルは全く製作に関わっていなかった。

 しかもこの最新版に至っては、ギルとシャロがウェーデン王国へ遠征に行っている間に作ったという話なので、尚更答えられるわけがないのだが、


「ふむ」


 ギルの言葉をフロイデは、どう受け取ったのだろう。彼は少しの間沈黙し、それから『そうか』と落胆の滲む声で呟くと、


「……知らないのであれば仕方がないね。じゃあまた別の質問をさせてもらおう。君はなぜ今日の朝、このアンラヴェル宮殿の中庭に居たんだい?」


「――」


 ついに面倒な話が始まり、今度はギルが黙り込んだ。


 いつか必ずされると予想していたため、中庭で捕らえられた時からどう答えるか考えていたのだが、何も良い案が思い浮かばず、思考を放棄していたこの質問。

 せめて女装をしていなければ、苦し紛れでも弁解の方法はあったはずなのだが、女装をしていたことでそれすら許されなくなった。

 あのクソ眼鏡め、という心境。日々の意趣返しにしても、3倍はタチが悪い。


ちまたの噂じゃあ戦争屋は、事前に予告状を送ってから襲うと聞いていたんだけど、君たちはそれをしなかった。それに君たちは、この宮殿の使用人の……しかも、何故かはわからないが騎士でなく、メイドの格好をしていたね」


「……」


「ということは、ボクらにバレないようにやりたいことがあったんだ」


 フロイデは凛とした立ち姿で腕を組み、フレームを摘んで眼鏡の位置を直す。


「君達が得意とする『戦争』は、まず可能性から除外される。……恐らく、何かを得る必要があったんだろう。教皇聖下に関わる情報。またはアクネ教原初の聖書。あるいは宮殿の奥深くに眠る禁書か……考えられるものは色々あるね」


「――中々きめェ考察すんじゃねーの。でも、俺ァ吐かないからな、悪いけど」


「そうだね。心理学的な観点から何か情報を得られるかと思ったけど、ボクが何を話しても君はつまらなそうな顔しかしなかった。こちらの持つ情報が少ない以上、これ以上の尋問は無意味だろうし……今回は、拷問という手も通用しない」


 となると、とフロイデは言葉を挟み、


「他の手段を取るしかない。たとえば君の言ったように、あの『ヴァスティハス収容監獄』に送りつけるとかね。あそこには優れた尋問官がたくさん居る。ボクなんかよりずっと情報を引き出せるだろう。……どうする? 答えるか、答えないか」


「……どっちも俺にメリットなくね?」


「そうでもないさ。話してもらうことの内容にもよるけど、ここで話してくれたら釈放することも考えるよ」


「――」


 嘘を吐くのが下手だな、とギルは思った。この件に関して戦争屋が、神聖国に悪意を持っていなくとも、元から自分達は罪人なのだ。釈放する理由がない。


 しかし、嘘を吐かれていることを前提に、1度考えてみる。


 仮にここでアンラヴェルの神子を、誰かが利用しようとしており、戦争屋はそれを止めに来たと言ったらどうなるのだろう。


 恐らく国の一大事なので、一時はこちらと協力してくれるに違いない。


 だが、問題はその後である。神聖国とは無関係の人間が、何故隠された神子の存在を知っているのか、と問い詰められる可能性が十分にある。

 そうなれば必然的にフロイデ達の関心は、フィオネや本部である拠点にも向けられるだろう。――ただ、そちらに関しては明るみにされると厄介な情報も多い。


 やはり渡せる情報はなさそうだ。そう思って、ギルは口をつぐんだ。


 すると、


「沈黙、か。残念だね」


 口にする言葉とは反対に、フロイデは端正な顔に微笑を浮かべた。


「仕方ない、今日のところは帰るとしよう。と、その前に君……君はもう、『中央エリア』には入っているのかい?」


「は? なんだ中央エリアって。……あ、庭の真ん中にあった、城みてェなデカい建物のことか? それならまだ入って……おい、なんでンな目してんだ」


「あ、いや。知らないでここに来たんだなって……まぁ、それなら良いよ」


「なんか腹立つな!? だからその目をやめろ、もう、早く帰れ!」


 憐れむような目で見られ、歯を剥き出す勢いで帰還を促すギル。彼は素直に去っていく背中を見えなくなるまで見送り、静寂が降りた空間に1人取り残されると、


「あ〜〜、疲れた……」


 緋色の双眸をまぶたで隠し、疲労の滲んだ溜息をつくのであった。





 ――時は、更に1日過ぎて。


 今回の遠征において肝心である『神子を利用しようとする存在』の動きは見られないまま、遠征組がアンラヴェルに侵入して2日が経った日の、午後6時頃。


 マオラオは、アンラヴェル宮殿に来て最初に降り立った中庭に居た。


 片方の手に握るのは、シーツが破ける限界まで薪を詰め込んだ包みだ。周りにもいくつか同じ包みが置かれているが、それらは全て結び目が解けた状態であった。

 もう片方の手に握るのは、オイル式のカンテラだ。マオラオはその灯火をじっと見つめると、ひゅうと吹いた夜風に頬を赤くしながら、片耳に意識を集中させた。


「空、綺麗やなぁ」


《そっスね。こんな綺麗な日にンな計画やろうなんざ、まーイカれてるとしか思えないっス。嫌いじゃあないっスけどね》


「あ? なんや突然キモいな」


《突然毒吐くのやめてくれません? 別にマオラオ君に言ってないっスよ。言ってたとしても俺の珍しいデレシーンを『キモい』で流すのどうなんスか。え? 3億ペスカはくだらない価値がありますよ》


「マイナスの間違いやなくて?」


《あれ、俺、人前でデレたら金払わないといけないんスか》


「せやな。まぁ……オレよりずっとええ人がおるよ、頑張りや」


《ちょ、あの、俺をそういうキャラにしようとするのやめません? ジュリさんとかの方がいいっスよ絶対、あの人絶対男の人もいけるクチですから》


《――あれ、ウチの知らないうちにジュリさんが男好きになってる?》


《あぁ、シャロさん。こっちの話っスよ。あ、準備オーケーっス。いつでもいけますよ》


《シャロちゃんもオーケー!》


「わかった。じゃあ、始めよか」


 幸い今宵は強い風も降雪もない。この計画を実施するには絶好の日和だ。マオラオは最後の包みの結び目を解き、蓋を外したカンテラをひっくり返した。


 ――静まり返っていたアンラヴェル宮殿が、一斉に各地のスピーカーから非常時用のアラームを響き渡らせたのが計画開始の合図だった。


《――宮殿中庭にて原因不明の火災が発生しました。騎士団員は速やかに消火作業、及び原因の取り調べに当たってください。繰り返します。宮殿中庭にて――》


 男性らしき声によるアナウンスが繰り返される間に、早くも複数の聖騎士が各エリアから中庭にやってくる。全員、消火用の『砂袋』を持っているようだ。雪国のここでは水を持ち出すと凍ってしまうので、砂の方が効率が良いのだろう。


 中庭で小規模な火事を起こし、宮殿内の聖騎士の数を出来るだけ減らして、中央エリアの警備網を薄くする――というのが、マオラオが今回立てた計画の序章だ。


 あまりにもリスクが高いそれが、意外にもとんとん拍子に進んでいく様子を、西エリアの防壁塔の屋根から見下ろすのはペレットだった。

 彼は、冷たい夜風に猫っ毛の黒髪を揺らしながら、耳元に手を添えた。


《いやぁ、マオってばマジでやっちゃったね。もう後戻り出来ないよ? もし神子さまが見つからなかったらどうする?》


 別地点で控えているシャロの声が、無線機を通してペレットに伝わる。無事に無理で無謀な計画が開始して、さも心配しているような言葉を並べているが、その声音は悪戯を仕掛ける子供のように弾んでいた。この状況を楽しんでいるのだ。


「考えられる限りもうあそこにしか居ませんし、何より仕事をこなしながら2日も薪集めに費やした今時間がないんス。おちおち情報が揃うのを待って、神子が利用されれば本末転倒ですし……度が過ぎる気はしますが、強引な手も使わないと」


 ペレットは、興奮気味のシャロを落ち着かせるように淡々と話す。

 マオラオが作った序章の次は、シャロとペレットが作るのだ。興奮するあまり、作戦を失敗されては困る。


「良いっスか、いま中央エリアの警備をしていた騎士達が中庭に向かってます」


《うん、わかってる》


「なのでその間にシャロさんは、本殿の1番高い塔に行ってください。俺は地下牢エリアからギルさんを連れ出してくるんで」


《だーかーらー、シャロちゃんもちゃんと分かってるって! あ、そろそろ本殿に入れそうだからしばらく切るねー》


「はぁ。あ、もし神子と遭遇したら連絡入れてくださいね」


 『では』と言い残して、ペレットは無線機を切る。そして、灼熱と煙の充満する橙色の中庭を見下ろすと、


「さ、手っ取り早く終わらせましょーか」


 そう呟いて、『空間操作』を発動。彼は空気に掻き消えた。

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