母親

海の国 船着き場


「どんどん進んでるけど、場所分かるのかい?」


「ああ。エルフの気配ならね。古い生まれは、魔法が飛び交う中でも連携出来るようになってたんだ」


最初の会議が終わると、すぐにドロテアとユーゴは、大船団が停泊している街の港へと訪れていた。

会議自体はやはり最初という事もあり、現状の確認で終始していた。


「それにしても、やっぱり俺が行った方がいいのかね?」


「まあ、案の一つではあるがね。普通なら、根絶やしにするなんて無理だから諦めた方がいいんだが…」


「統制してるっぽい奴を、仕留めればひょっとすると?」


「話しを聞く限りではね。まあ、その計画も荒れた土地の復旧って問題があるけど、こっちでいきなり開墾するよりは現実的かもね。きちんと支援があるならだけど」


この大陸は広大であるも、土地が余っているわけでは無いのだ。人種達が魔物を減らしながら徐々に広げていったため、いきなり大勢の難民たちを受け入れる基盤は無かった。


それよりかは、小大陸の話を聞く限り存在しているとみられる、人種を攻撃するために魔物達を統制している個体を倒して、ある程度残っているであろうインフラを利用するのも手であった。


「ああ…やっぱりこの船だ」


「一番デカい奴か。タンカーよりデカいじゃん」


どこか懐かしそうな、寂しそうに見るドロテアの視線の先は、大船団の中で最も大ききな白亜の船であった。


「こいつが船神の遺骸から出来た奴だ。他の一回り小さいのは、これが生み出したコピーだね。魔力と魔石をかなり使うが、それでも普通に作るよりもずっと楽だ」


「ほほう。こんなもんを量産できるなら、船の国は覇権国家だったのかね?」


「いや、多分人種同士の軍事目的には使えんだろうさ。船神の意志は、あくまで人種の生存圏を広げる事だったからね。使おうとしても言う事を聞かんだろう」


「なるほどね」


そう言いながら近付く2人であったが、近付くとさらに船の威容が窺えた。上を見るのに首を上げるどころか、体も反らさねばならない程であったのだ。


「ああ、丁度いい。そこのエルフの坊や。すまないが、この手紙の宛先がやって来たと伝えて欲しい。ソフィアを頼むと、ユギから送られてきてね」


「ユ、ユギ様の手紙!?しょ、少々お待ちください!」


ドロテアは、偶々船の近くにいたエルフの青年に、手紙を出して用件を伝える。すると青年は驚いた表情を浮かべ、慌てて船の中へ入って行った。


「妹さん結構有名人?」


「こっちを発った時に、この船のリーダーの1人だったからね。最近まで生きてたんなら有名だろう」


「ははあ」

(だから幾つだよ…)


それから待つこと少々。


「お、お待たせしました。サンドラ様の下へご案内します」


先程の青年が息を切らせながら帰って来た。船の大きさを考えると、素晴らしい速さである。


「ありがとよ。ついでに教えて欲しんだが、サンドラってのは?」


「この船の船長を務めている方で、ソフィア様の御母上になります」


「つまりユギの血を?」


「いえ、サンドラ様の夫君であったアンバー様が、ユギ様の御一族でした」


「…そのアンバーってのは?」


「魔物達の戦いでお亡くなりに…」


「はあ…」


切なそうなため息をつくドロテアを、ユーゴが心配そうに見ながらも、船の中をどんどんと上がっていく。


「こちらが船長室になります」


「ありがとよ」


かなり長い階段を昇りながら、巨大な船で最も高い艦橋の様な場所に案内された。


「失礼します。お客様をお連れしました」


「どうぞ」


「邪魔するよ」


中にいたのは話の通り女性のエルフであったが、その美しさは強い疲労の色を浮かべて、陰りを見せていた。


「あなたがユギ様が手紙を送られた…?」


「ドロテアっていう。あいつの姉さ」


「姉!?姉君がおられたのですか!?」


ドロテアに視線を向けて話をする女性のエルフ、サンドラは姉という言葉に驚愕の表情を浮かべていた。


「あいつは何も言ってないのかい?」


「いえ、頼りになる人にソフィアの事を頼むとだけ…」


「全く…」


どうやらかなり説明を省いていたらしく、サンドラもどうしていいのか分からないらしい。


「その…。失礼ですが、ユギ様から確認のための質問を受け取っていまして…」


「なんだい?」


どうやら一応の確認のため、サンドラはユギから何か言われているらしい。


「『私の番号は?』と」


「はあ…。無い。あの子はイレギュラーだった」


「ありがとうございます」


何処か苦々し気な、よりによってその質問は無いだろうといったドロテアの反応であったが、正解であったらしくサンドラは頷いていた。


「それでユギは?」


「それが…。防衛線が破られた時に、時間を稼ぐために全力の結界を張られて…」


「馬鹿め…」


ユーゴが聞いて来た中で、最も悲しそうな声であった。


「…墓はあるかい?」


「我々が出港した港に簡素ながら…」


サンドラにとっても無念極まりないのだろう。俯いて声を震わせていた。


「そうかい。まあそっちは後で行くとして、ソフィアってのは?」


「え?は、はい。ユギ様の血を引いていた夫との子でして…」


「幾つだい?」


「3つになります…」


「ユギめ。本当に丸投げしたね」


(3つか…)


ユーゴはドロテアの調子が戻り、呆れたような声を出しているのを聞きながら、そのソフィアを自分の子達と重ね合わせていた。

父親を亡くし、顔色を見るに母親ともそう会える時間があるとも思えず、不安渦巻く船という閉鎖空間にいるのだ。決していい環境では無いだろう。


「今はどうしてるんだい?」


「子供を持っている者が、交代で見てくれてはいますが…」


「あんたもそいつらも、そう時間が取れない?」


「はい…」


代表の1人であるサンドラは、昼も夜も船の人員の調整や指示と決定をする立場にあり、まさに寝る暇もない有様で、殆ど自分の子供に会えていなかった。


「分かった。落ち着くまでウチで預かっておくよ」


「え?ドロテア様?」


「婆さんとこも人居らんだろう…」


「ここよりはマシさ。店も休む」


現在ドロテアの薬屋には玄孫が1人いるだけで、余裕がある分けでも無かった。


「それに婆さん自体は向こうに行くつもりだろ?」


「単なる魔物の襲撃ならとにかく、原因があったらお礼参りをしないといけないからね」


「あ、あの?」


話についていけないサンドラは困惑するが、彼女を置いて話はどんどん進んでいく。


「それならいっそウチに預けたらいい。リリアーナも喜ぶ。というかそうしろ。あんな怪しげな薬を置いてあるトコに、3つの子を置けんよ」


「む…。それはだね…」


「いいから。な?迷惑とも思ってない」


珍しく言い淀むドロテアを、ユーゴが説得する。

どうやら迷惑を掛け過ぎていると思っているらしいが、ユーゴが押し切る。


「はあ…。お願いしていいかい?」


「お任せあれ」


「あの…」


「ああ、ほったらかしにして悪かったね」


ドロテアの結論が出たところで、サンドラに向き直る。


「この坊やの所にソフィアを預かってもらう事になった。母親と別れるのは酷だろうが、元々ほとんど会えていないんなら、その方がいい。仕方ないんだが、ここは少し澱んでるからね」


「必ず守り通します。ご安心ください」


「え、あの?」


 全くサンドラの意見が入ることなく決められた事案であったが、サンドラ達は、命からがら逃げてきたため仕方ないが、ドロテアはこの船の澱みを感じており、元々母と会えないなら、リガの街のユーゴ邸に預けたほうがいいと判断した。


ドロテアにとっても、リリアーナなら任せられるし、ユーゴの屋敷は彼が人知れず集めていた遺物による防備や、ほぼ人種では打倒不可能なポチとタマがいるため、安全面でも文句なかった。


「あんまり娘を、この船に置いておきたくないんだろう?」


「それは…そうです…」


サンドラにとっても、先の見えない不安から、徐々に争いが起き始めている船の中に、娘を置いておくのは不安であった。

万が一でも、娘に危害が加えられるとも限らないのだ。


「決まりだね。そのソフィアって子を呼んでおくれ」


「はい」


サンドラも決断した。今生の分かれではないのだ。安全な場所に居るに越した事はない。

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