惑星直列並珍事
本日投稿2話目です。ご注意ください。
◆
リガの街 ユーゴ邸
「コレットー。クリスー。へっへっへっへ」
「ぱー」
「ぱ」
ユーゴはソファに座っており、その両手にはそれぞれ、コレットとクリスを抱き上げてご満悦であった。まあ、クリスには髪を食べられ涎だらけ。コレットの方はペシペシと父の顔を叩いていたが、そんな事些事であった。
「はん?」
「旦那様?」
そんな笑み崩れそうなユーゴが、不思議そうな声を出して首を傾げたのだ。どうしたのかとリリアーナが問うと、ユーゴはとても面倒そうな顔をして玄関を見ていた。
「ドナート枢機卿だ。今度こそクリスの顔を見に来たんならいいけど…」
「まあ」
(絶対面倒事だよ…)
ユーゴは、前回の海の国の件でもドナートがやって来たことを思い出して、面倒事の匂いを既に嗅ぎつけていた。事前に手紙も無しに、枢機卿の立場にあるドナートが急に表れるなどそれしか考えられなかった。
「ちょっと行ってくるね」
「はい。クリス、コレットちゃん。ママの所へおいで」
リリアーナもクリスを連れて行こうかと思ったが、急ぎの用事なら邪魔になるだけだと思い直して、ユーゴからクリスとコレットを受け取った。しかし、さり気なくコレットにもママと呼ばそうとしているのは流石の一言である。
(あら?顔色は特に変わってないな。前は真っ青だったのに。リリアーナとクリスを連れてきた方がよかったかな?)
玄関を開けたユーゴはドナートの顔を見たが、これと言って顔色が悪い訳でも、焦った表情をしている訳でもないドナートを見て、自分の思い過ごしで、単にリリアーナとクリスの顔を見に来たのかと思い直していた。
「ようこそドナート枢機卿。リリアーナと息子は丁度屋敷の中にいますよ」
(頼むから、ではお邪魔しますと言ってくれ!)
「ユーゴ殿。突然申し訳ありません。私もリリアーナ様とご子息のお顔を見たいのですが…」
「はあ」
(全然構わんから見て帰るんだ!)
ユーゴの抱いた淡い期待は、言い淀んでいるドナートの姿を見て、儚い願いとなった。
「実はですな、別大陸からの大船団が海の国に来ていまして」
「はあ」
(なんじゃそら?)
別の大陸から船が来たことに関しては、ユーゴは故郷を思い出して、そんな事もあるのだろう程度に思っていたが、解せないのはそれを自分に知らされても、完全に外交の仕事で関わる事はないはずという事だ。
「その別大陸なのですが、どうも魔物の攻勢によって陥落したようで」
「ははあ」
(読めてきたぞ)
ユーゴは、自分がかつて始末して来た魔物の事を思い出していた。その中のいくつかは、自分でないと対処が難しいであろう存在があったのだ。
そのためドナートがやって来たのは、その面倒な魔物が大陸に来た時の対処を、予め頼みに来たのだと察した。
「分かりました。もしその魔物達の対処が必要な時は、私もお手伝いさせて頂きます」
「おお!ありがとうございます!心強い限りです!…それとですな」
(まだあるんかい!)
「実はこの事態に対して海の国が、祈りの国とエルフの森に会議に出席して欲しいと言ってきまして」
「はあ」
(まあどう考えても独力では無理な案件だからな)
難民の対処や、その別大陸の魔物の調査などをするには、一国では難しいのは理解できる。
理解できないのはそれを自分に言うことだ。
「その出席して欲しい人物の中に、ユーゴ殿も含まれていまして…」
「あーそれは…」
(頼りになると思ってくれてるんだろうけど、俺に出来るのは力業だけだからな!)
自分に出来る事は、ナニカを壊す事だと自覚しているユーゴは、そんな外交の場に出ても何の役に立たないので、呼ばれても意味が無いと思っていた。
「いえ、勿論ユーゴ殿が関わる必要のない案件です。ただ一応連絡をと思いまして。私の方で海の国にご欠席だと伝えておきます」
「お願いします」
そうお願いしたユーゴであったが、直後、絶対に感じない筈の気配が、どんどんと近づいて来ていた。
「ば、婆さん!?なんで一人で!?」
エルフの老婆ドロテアが、一人で屋敷にやって来たのだ。
ユーゴにとってまさに天地がひっくり返る事態で、自分に効かないはずの幻術を掛けられているのではないかと思ったほどである。
「話をしている最中悪いね。ちょっと急ぎだから割り込ませておくれ」
「ほんとに婆さん?一人で出歩くとか大丈夫?」
「失礼な坊やだね」
(この老婆は?)
ドナートは驚いていた。
ユーゴの老婆に対する反応を見るに、親しい間柄なのだろうが、ここまで歳を取ったエルフを見るのは初めてで、かつユーゴの対応がかなり丁寧なのだ。そのためどのような人物なのかと思っていた。
「ちょっと街を離れるから伝えにね。帰りはいつになるか分からん」
「え!?どういうこと!?どこ行くんだ!?」
(信じられん。あのユーゴ殿が酷く慌てている)
「海の国へだよ。ちょっと妹が関わっているらしい」
「は!?妹居たの!?というか婆さん幾つだよ!?」
なんとユーゴは、エルフの長老ビムが恐ろしさのあまり言えなかった疑問を、そのまま口に出してしまった。この場にビムが居れば卒倒していただろう。
「レディに歳を聞くなと言うに。とにかく会議やら何やらにも出るから、帰りは分からないからね」
「待て待て待て!俺も行くからちょっと待ってくれ!準備するから!」
「は?ユーゴ殿?」
ドナートは驚いた。ついさっき行かないと言ったはずの海の国に、この老婆の為にわざわざ付いて行くと言ったのだ。それほどまでに親しい仲とは思っていなかった。
「私は子供かい。まあ、ありがとよ」
「いいから待ってろよ!ちょっとみんなに話してくるから!ドナート枢機卿自分も出席でお願いします!」
「はあ」
そういうなり屋敷に走り去るユーゴを、老婆はどことなく嬉しそうに、ドナートは呆然とした表情で見送るのであった。
◆
尚、この2人が一緒にリガの街を出て、他国に行くことを神々が知れば、ひっくり返る様な騒ぎとなるだろう。
◆
ー混ぜるんじゃない!どんな事になっても知らないからな!-
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