紛争 あるいは起きた蛇

時は暫し遡る


騎士の国 王城 会議室


「陛下、魔法の国は評議魔導師を国境に1名派遣するようです。間違いありません」


「なに?」 「何が目的だ?」 「まさか国境を侵そうというのではあるまいな?」


軍大臣ルーベンの報告に会議室は騒めきに満ちる。

明文化はされていないが、お互いに勇者や遺物などの投入は控えていたのに、魔法の国の最大戦力である評議魔導師が国境地帯に来るというのだ。


「目的は?」


「分かりません。1名だけゆえ攻撃ではないと思いますが…。念のため勇者と増援の派遣をお許しください」


「許す。天馬達も連れていけ」


「おお!ありがとうございます!」


ルーベンの願いに、騎士の国国王マース・リンスターが即決する。

短い金の髪に青い目の若い国王であり、つい最近死没した父の後を継いだ王でもあった。

聡明であるが目が外に行きがちで、皇太子の頃から大陸最強の軍を抱えながら何もしない父に苛立ちを抱えていたため、出来るだけ人種同士で争うなという祈りの国からの要請も煩わしいと一蹴していた。


「しかしながら陛下、それでは向こうを刺激しますぞ」


「そんな事は分かっている。だが向こうが先に手を出して来て、こちらが何もしないわけにはいくまい」

(1人だけなのだ。大方、代替わりしたばかりの余を図ろうというのだろう。甘く見られるわけにはいかん)


国王マースは、在り来たりな返答をしながらも内心では、魔法の国が代替わりしたばかりなので少し揺さぶってみようとしていると考えており、全面的な争いにはならないと見ていた。

そのため、勇者だけではなく、見栄えのいい天馬達とそれを駆る騎士達の派遣も許可したのだ。


「こちらから戦端を開くことは許さん。いいな」


「はっ」


念のためルーベンに釘を刺すことで会議はお開きとなった。



「勇者トマよ、国王陛下からの命を伝える。国境に現れる評議魔導師に対抗するため、勇者トマを派遣する。なお、こちらから戦端を開くことは禁ずる。以上だ」

(最も、評議魔導師は現れんし、戦端を開くのは我々だが)


このルーベンという男、国王マースよりもさらに、巨大な軍を持ちながら何もしなかった先代国王の事を陰で罵っており、評議魔導師現るの誤報を流したうえで、現地の己のシンパである司令官を使って細工をし、魔法の国による先制攻撃であると、なし崩しに戦端を開こうと画策していた。

事が起こった後は、それとなく配置した軍が上手くやってくれるだろう。と、各部隊の勇猛な司令官達の顔を思い出しながら1人ほくそ笑む。


「それと、天馬騎士団も同行することになった。国境で奴らを何もさせぬようしっかりやってくれ」


「はっ!勇者トマ拝命しました」


「それでは天馬騎士団と打ち合わせを」


「はっ!失礼します。天馬騎士団の主だったものを集めてくれ、僕と国境に行くことになったとも」


(楽しみだ。転移が出来ればな…)


トマが騎士団を呼び出している声を聞きながらその時を待つルーベンであるが、残念なことがあるとすれば、騎士の国と魔法の国はお互い転移による軍事行動を恐れて、他国なら王宮や重要拠点しか行われていない転移妨害を、莫大なコストをかけて行っていた。この様なことをしているのはこの2国だけであり、犯罪防止にしたとしても、全く費用に見合わないのだ。


(まあいい。いざその日となったらあっという間だ)


ルーベンに誤算があったとすれば、


≪勇者が我が国、国境への派遣が決定≫


王都に侵入している魔法の国の諜報員達がその日のうちに、大陸でも数えるほどしかない通信魔具を用いて本国に連絡していたため、情報戦で完全に後手に回っていたこと。

精鋭とはいえある程度の人数のいる天馬騎士団の編成や補給、休憩や宿泊の場所、それによる行軍の遅さを騎士の国が抱えているのに対して、評議魔導師が遺物だけを携えて、馬を変えながら馬車をひた走らせた魔法の国側に完全な後れを取ったため、ルーベンの嘘であった評議魔導師の派遣が、勇者よりも若干早く到着してしまうという事態となってしまい、ルーベンの思い描いていた国境地帯の有利が無くなってしまった事であった。


騎士の国 魔法の国 国境地帯


「おお!勇者殿、ようこそいらっしゃいました」


「お世話になります司令官殿。向こうの評議魔導師はどうなっています?」


「何か問題があったのか、まだ到着していません」

(そもそもいませんよ)


ルーベンのシンパである司令官もまた、評議魔導師が居ないことを知っていたが、現実にはそうでなかった。


(しめたぞ、どうも疲れている。休んで冷静な判断をされる前に事を起こそう。なに、元々数も質も上回っているんだ。勇者が疲れていてもどうとでもなる。)


評議魔導師に後れを取ることを恐れた勇者たち一行は、幾つかの宿泊や休憩を通り過ぎていたため、若干疲労していた。

それを看破した司令官は、勇者が休みを取り冷静な思考状態で戦いを止めてしまう恐れがあるため、多少疲れていても事を進めてしまおうと考えた。


「お疲れでしょう。どうぞテントへ、案内させましょう」


「ありがとうございます」


「……。すぐ始めてしまおう。準備と軍の状態は?」


「どちらも万全です」


「よし、やれ」


「はっ」


勇者を見送った司令官は腹心に計画実行を伝えた。


ド!!!!!


「なんだ!?」 「敵の魔法だ!」 「爆発したぞ!!攻撃魔法だ!」 「落ち着け!落ち着け!」


騎士の国の軍前方で起きた爆発に、兵達は魔法の国の攻撃魔法だと錯覚した。これは、騎士の国が育成にコストのかかり、数の少ない魔法使いをあまり前線に出すことがないため、爆発が起こったという事は、魔法の国の魔法攻撃だと思い込んでしまったためであった。実際に、天馬騎士団以外に実戦で使える魔法を習得している者はほとんどいなかった。


「司令官!状況は!?」


「敵の魔法攻撃を受けました!敵の足を止めるために勇者殿と天馬騎士団は敵の前線に攻撃魔法を!参謀!正面戦力を前に!」


「承った!【眩い 光の 束よ 我が敵を 撃て】!!」


「騎士団飛ぶぞ!目標敵前線!魔法攻撃だ!」


強行軍で思考力が落ちてしまっていた彼らは、先ほどの爆発音と司令官による報告で敵が仕掛けて来たと判断してしまい、行動に移してしまう。


(よし、ここからだ)


「こちら側の攻撃魔法防がれました!魔法障壁です」


「なに!?」


曲射の様に山なりに飛翔する光の束を見ながら内心で奮い立つ司令官であったが、そこへ衝撃的な報告が上がる。

彼の予定では、相手方に勇者が5つも唱えた魔法を防げるはずがなかったのだ。


「司令官殿!難無く防がれました!おそらく敵方の評議魔導師が到着しています!」


「な!?なんですと!?」


「天馬騎士団の魔法攻撃も防がれました!敵魔法こちらに着弾します!」


(いかん!始まった!)

「騎馬隊の準備をさせろ!勇者殿、それなら前方に煙幕を張って頂きたい。騎馬隊を突撃させます」


「承った」


予定とは全く違う展開に戸惑いながらも、司令官として命を下す。


「早馬を飛ばせ。我が軍、敵の全面攻撃を受ける。評議魔導師の存在を確認、至急援軍を要請する、だ」


企みを知るのは自分の軍の一部と、ルーベンの近くの人物だけであり、事が起こったら各地に連絡する必要があった。これもまた内容は考えていたものと同じでも、全く違うほど緊急性の高い事態であった。


「煙幕を焚きました。自分はこのまま前線を押します」


「お願いしますぞ!騎馬隊を突撃させろ!煙幕の中で隊を分けろ!お前達なら出来る!」


煙幕と、自軍の訓練された騎士と馬なら十分勝算ありと考え命を下す。正面は流石に危険が大きすぎるのだ。


「空の目をつぶせ!騎馬隊を援護しろ!敵が崩れたら全面攻勢だ!」


「奇数は左!!奇数は左だ!」 「偶数班ついてこい!」 「煙たくない煙ってどういうことだ?」 「んなこと言ってる場合か!魔法なんだから霧とかだろ!」 「晴れたぞ!突撃!」


内心、いきなり隊を分けろ、しかも煙の中でとは無茶言うなと考えていた騎馬隊であったが、日頃の訓練の成果が存分に発揮され、手薄な両端にその槍の切っ先を食い込ませた。


「御味方、突撃成功!成功しました!敵軍混乱!前線も上がりました!勇者様の強化魔法です!天馬騎士団も空を制圧!」


「流石だ!どいつもこいつも愛してるぞ!」

(勝った!)


知らされてくる報告はどれも自軍の有利を伝えてくるものばかり、司令官は勝利を確信した。

あとは、勢いを駆って魔法の国への侵攻だ。勇者へは反撃される前にとでもいえば言い。


「前方に魔法障壁!」


(ん?勇者が今さら?)


その障壁の規模から勇者の物と分かった司令官であったが、それが最後の思考であった。



(何が障壁を突き破った!?本当に魔法なのか!?)


本能の警告に従い魔法障壁を張った勇者トマであったが、自分の魔法障壁が全く無意味であったため、その正体を掴みかねていた。


《■■■■■》!!!


(なに!?バカな!あそこは司令部のはず!?無い!何も無いぞ!!?)


背中から聞こえて来た異常な音と光に嫌な予感を覚えたトマは、超人的な脚力で空に飛び本陣のあったところを見るも、そこは本陣のみならず周辺も焼けただれた荒野があったのみであった。


『敗残兵を掃討せよ!我々の勝ちだ!我々魔法の国が勝ったのだ!さあ、目の前にいるのは負け犬だぞ!』


(!?出遅れた!まずいぞ!)


「本陣はどうした!?」 「さっきのはなんだ!?」 「中央の隊が消えた!」 「負けたのか!?」

「どうなっている!?」


混乱している間に、敵が魔法で大声を上げたことによって、騎士の国の軍はみるみる統制を失っていく。


(騎馬隊は無理か!?せめて本隊は逃がさねば!)

「ここは勇者トマが請け負った!全軍退却せよ!繰り返す!退却せよ!殿は勇者トマが請け負った!!」


敵陣の中で動きが取れなくなってしまった騎馬隊を救うのは不可能だと判断したトマは、自分が殿になって本隊を残そうと試みる。


(ここが死に場所だが、なんとかあの攻撃の正体を突き止めねば!)


不退転の覚悟を決め、なんとか自国の脅威となる攻撃を突き止めようとする。



戦場の近くにある山の穴から、蛇が顔を出して人間達と戦場に渦巻く魔力を感じていた。

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