略奪

夜の国 ナスターセ城


いよいよナスターセ家とイオネスク家の結婚式の日が近づいて来ており、セラは祖父であるアンドレイに最後の挨拶をしに来ていた


「セラよ、達者でな。腕輪は着けておるか?」


「はいお爺様」


「うむ。アレクシアよ。セラを頼んだぞ」


「はい先代様」


セラが腕輪を着けているのを確認したアンドレイは、アレクシアにセラの事を頼んだ。

セラ付きの侍女としてアレクシアもイオネスク家に行くことに決まっているのだ。セラはこれに対して申し訳なさと嬉しさの両方を感じていた。内心心細かったのだ。


「それではなセラよ…達者でな」


「はい…」


祖父との最後の挨拶を済ましたセラはアレクシアを伴い中庭に降りる。

どうやら既に準備は出来ている様だ。セラの父であるアウレルもいる。


「来たか。すぐに出発する馬車に乗れ」


「はい」


内心では不満が渦巻きながら、セラとアレクシアは馬車に乗り込む。

結婚式場は始祖の血を受け継ぐ3つの家、その最後のバセスク家において執り行われる。3家全てが関わっているのが、アウレルがイオネスク家も講和に本気だと思う要因になっていた。


(旅の途中に心を落ち着かせるのじゃ…)


セラに出来ることはもうそれくらいしか無かった。


「おひい様ご安心を、イオネスクの太った蝙蝠が何をしようと、アレクシアが何とでもして見せます」


「ふふ。そうじゃな」


最近はセラに気を使ってなりを潜めていたが、アレクシアは口が少々悪かった。そのせいで、美しく女性らしい体にもにも関わらず、無表情と毒舌ぶりのせいで男が出来た試しがなかった。

普段通りの会話をしたため、少し気が楽にはなったが、やはり、先の事が心配なセラであった。





遂に式場でもあるバセスク城に辿り着いた一行は、さっそく顔合わせの場に来ていた。

その場にはバセスク家当主のエウゲンが多数の使用人と共に一同を歓待した。


「おお。御一同、よくぞ参られた。このエウゲン、歓迎いたしますぞ」


「エウゲン卿、今日はお世話になります」


「なんのなんの。もう少しするとイオネスク家も、ああ話をすれば」


イオネスク家も部屋に到着し、エウゲンと会話している。

その中にセラの結婚相手であるイオネスク家の次期当主、パトリックの姿もあった。

お互い吸血鬼であるため外見の歳は当てにならないが、それでもかなり歳が離れているように見える。

セラにとってはぎらついた中年以外の何物でもなかった。


(嫌な目じゃ)


同じ赤い瞳にもかかわらず、どこか濁って見えるとセラは思った。

そしてその視線は、セラではなくアレクシアに向けられている。これについてはセラは仕方ないと思ってしまった。どう考えても貧相な己の体より、アレクシアの方が起伏に富んでいる。

しかし、自分の姉の様な女性に、あの濁った眼が向けられているのは腹立たしかった。


「パトリック卿。今日はよき日ですな」


「ええ、アウレル卿。本当にいい日だ」


「娘のセラになります」


「…セラと申します」


「おおこれは、随分愛らしい。パトリックです」


どこか小ばかにして聞こえたようにセラは感じるも、疑問が一つあった。


「パトリック卿。御当主は?」


「ああ。父は少々煩くてですね、ですがご心配されるな。家臣も私の事を支持しています」


イオネスク家の現当主が一行の中にいなかったのだ。聞いた話では、今回の講和に反対の立場であったらしく、パトリックとそれを支持する家臣達にほとんど幽閉に近い立場にいるらしい。


「残念ですな。それはそうと、顔合わせも済んだことですし、部屋に案内させましょう。細かいところは実務の者達に任せましょう」


「ご配慮かたじけない」


少しデリケートな問題だったため、エウゲンが話を変える。

セラとしても、この男を見ずに済むのはうれしい事だった。


「アレクシアよ大丈夫じゃったか?」


「何がでしょうかおひい様?」


「あの男の視線の事じゃ」


「ああ。あの脂ぎった豚の事ですか。どうかご心配なく」


(私の事よりもおひい様が…。代われるものなら…)


部屋に案内されたセラはアレクシアに問いかけるが、当のアレクシアはむしろあんな男と結婚することになるセラが不憫でならなかった。

あんな男に体を許すなど、考えただけでも怖気が走るが、それでも可愛い妹の様な主人のためなら、代われるものなら変わってやりたいとすら思っていた。だが、あの男の視線の事を考えると、恐らく自分にも手を出してくるだろう。アレクシアは無力感を感じていた。


「そうか…。まあこれで両家は結ばれ、血を流すこともないのだ。それを考えたら何のこれしき。はっはっは」


「おひい様…」


セラがあまりにも哀れに見えて、思わず抱きしめてしまうアレクシアであった。


「後は、明日式場で事を成すだけですな」


「ああ。しかし、これほど上手くいくとはな。ひょっとしてナスターセはバカなのか?」


「そうかもしれません」


笑いが満ちる部屋で、イオネスクの次期当主パトリックは計画が成功すると確信していた。

他の2家を一同に集める必要があったのが、簡単にいったのだ。上機嫌であった。


「あの娘はどうするのです?」


「ああ。俺好みに仕込んでやるとするか」


パトリックは、あの生意気な目で見てきた小娘を思い出す。

貧相な体で全く好みでは無いが、あの顔が閨で屈辱に歪むのを考えると悪くはない。


(それと、あの侍女だ)


仮面の様に無表情な女であったが、パトリックの立場でも見たことがないほど整った美貌と体つきであった。そのため、一目見た時から自分の物にすると決心していた。あの無表情も、薬でも打てば快楽に泣き叫ぶだろう。その時は小娘にも見せてやろうと暗い計画を立てていた。


「すべては明日だ。奴等の全てを奪う」


「はい」


彼らはその瞬間を楽しみにしていた。

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