「えっと――このフロッピーディスクを残したのが飯山さんで、フロッピーディスクの査定を依頼されたのが竹藤さんという方でしたっけ?」


 班目の言葉に頷きで返すと「自然に考えるのであれば、犯人らしいのは田戸さん――ってことになってしまいますよね。状況的に考えると」と漏らす。それに関して異論はなかった。


「はい、逮捕されたのは飯山さんですが、飯山さんは自らの冤罪を晴らして欲しくてフロッピーディスクを残しました。そして、腐れ縁だという竹藤さんも、過去の事件を解決して欲しいとのことで、私に査定を依頼してきました。だから、ごくごく自然に考えるのであれば、フロッピーディスクで冤罪を訴えた飯山さんと、過去の事件をわざわざ掘り返すような真似をした竹藤さんは――犯人である可能性が低いと思われます。しかしながら、それはあくまでも状況証拠のようなものであって、それを根拠として田戸さんが犯人だったとすることはできません。事件のあらましだけを考えるのであれば、飯山さんにも竹藤さんにも犯行は可能だったわけです。飯山さんが全て真実を書いているとも限りませんし、今回の経緯を抜きに考えれば、竹藤さんが犯人の可能性も充分にあります」


 千早がしているのは、フロッピーディスクにまつわるいわくの査定である。当たり前であるが、品物の査定に、それが持ち込まれた経緯までは含まれていない。どんな持ち込み方をされたところで、フロッピーディスクにまつわるいわくの価値は変わらないということだ。ゆえに状況的に考えて――などという査定のやり方はできない。


「残された足跡と、大家の部屋に残された泥にまみれた靴の跡。凶器はおそらく部屋に最初からあったであろう電気コード。犯人がどうして外を経由して大家のところに向かったのかは不明ですが、犯人となり得るのは飯山、竹藤、田戸の3人しかおらず、外部犯の可能性は否定されている――さてさて、一体誰が犯人なんでしょうねぇ」


 班目が言うと、急に雷の音が響いた。まるで地響きのようなそれは、空を一瞬にして暗くする。しばらくもしないうちに雨が降り出した。通り雨というやつなのだろうが、かなりの土砂降りだ。わざわざ店の外を眺めに向かった班目が振り返る。


「いやー、これはザーザーと降って来ましたねぇ。申しわけありませんけど、雨が止むまでもうしばらくお邪魔させてもらいますよ」


 その言葉を聞いた瞬間のことだった。千早の頭の中でフラッシュバックが発生し、フロッピーディスクの中に残されていた情報が走馬灯のごとく駆け巡る。分かったかもしれない。誰が犯人なのか。そして、どうして犯人は外を経由して大家の部屋に向かったのか――。


 千早はパソコンの前へと向かい、改めて飯山が残した日記に目を通す。なるほど、だからこそ文章が堅苦しいように思えたのか。それは、ある意味では仕方のないことだったのかもしれない。


 容疑者は飯山、竹藤、田戸の3人。足跡はこの3人の部屋から大家の部屋へと続いており、誰が大家の部屋に向かったのかは分からない。犯行自体も決して計画的だとは思えなかった。なぜなら、現場にあったであろう電気コードが凶器として使われているのだから。


 動機は横柄な大家の性格からして全員にあったと思われる。やはり、ざっと事件のあらましを考察しただけでは、誰が犯人なのか分からない。誰にでも犯行は可能だったし、誰が犯人だったとしてもおかしくはない。しかし、ある一点……根本的なある事実にさえ気づければ、犯人は一気に絞られる。それこそ3人から1人にだ。


「どうしました? そんな怖い顔をしながらパソコンを眺めて――」


 自分の指定席に戻った班目の言葉に、千早はモノクルをはめながら言った。


「実に月並みな台詞になってしまいますが、班目様――お手柄です。おかげで、無事にフロッピーディスクの査定も終わりそうです」


 雨はなおさらに激しくなり、どうやら風まで出てきたらしい。まるでフロッピーディスクに残されていた事件を再現しようとしているかのごとく。


「――え? 私、そんな手がかりになるようなことを口にしましたか?」


 本人にその自覚はないのであろうが、間違いなく班目の一言で、千早は事件の真相にたどり着くことができたのだ。


「はい、決定的な手がかりを口にしてくださいました。今回の依頼人は遠方の方で、しかもメールでしかやり取りをしてくれません。外はご覧のように土砂降りのようですし、せっかくですから班目様――どうかお付き合いを」


 依頼主である竹藤は、基本的にメールでしかやり取りをしてくれない。一度、電話でやり取りをしようと提案したが、しかしメールでのやり取りを一貫して主張してきた。よって、査定した結果を淡々とメールで伝えることになるのだろうが、すぐにレスポンスがあるとも限らない。


 見計らったかのごとく降り出した雨。事件解決の立役者となってくれた班目。彼に査定結果を伝えない理由はなかった。


「なんだか良く分かりませんけど、自分の持ち込んだ事件ではないというのは新鮮ですねぇ。私で構わないのであれば、喜んでお聞きしましょう。いわくの全貌をね――」


 班目の言葉に千早が頷くと、実にタイミング良く雷が轟いたのであった。雨は当分やみそうにない。

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