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「それで大海君。その後は――」


 確か班目の話だと、現在もラクレスのメンバーとは連絡が取れていない状態。事件の通報も、ラクレスのチャンネルを視聴していた匿名の視聴者からという話だった。つまり、少なくとも現場に警察が駆けつけた時点で、おばけマンションにラクレスのメンバーはいなかったことになる。もしかすると、大海はラスレスのカネモトらしき姿だけではなく、他のメンバーも目撃しているかもしれない。そう考えた千早のことを、大海は裏切らなかった。


「おばけマンションの住民は極端に少ないし、僕の知っている限り、髪の毛を赤く染めている住人なんていない。さすがにおかしいから電話を切り上げて戻ろうとしたら、また正面玄関から人が飛び出してきたんだ。しかも、随分と慌てた様子だったよ。髪の毛の色もカラフルで、人数は多分4人だったと思う」


 状況から察するに、それは現場を後にするラクレスのメンバーということになるのだろう。それを確認すべく、千早はラクレスの動画を思い起こしながら大海へと問う。


「ちなみに、間違いなく飛び出してきたのは4人でしたか? その方々の髪の色は――金、銀、青、緑でしたか?」


 カネモトが赤、博士が金、ジュンヤが銀、キー坊が青、マソンヌが緑。それぞれが個性的な髪の色をしているラクレスの面々。先に飛び出してきた赤髪の人物に関しては謎であるが、その後に現場を飛び出したであろう残りのメンバーは4人であり、その4人は博士、ジュンヤ、キー坊、マソンヌということになるはず。


「ほんの一瞬のことだったからなぁ。人数は間違いないと思うけど、全員の髪の色までは――」


 大海がラクレスのメンバーを目撃したのは深夜。赤髪の男の目撃証言も、正面玄関から漏れる明かりという、実に限定的な状況で生まれたものだ。続けて飛び出してきた4人が、それぞれどんな髪の色をしていたのかまでは確認できなかったのであろう。目撃証言なんてものは、思い込みによって大きく書き換えられてしまうものである。だから、その思い込みを排除し、はっきりと断言しない大海の証言は、逆に信頼性があるといえよう。


「分かりました。では、それから、その方々はどうしたのでしょうか?」


 千早の問いかけに、大海はお茶を一口飲んでから答える。それにつられて、千早もお茶を一口。


「裏手の駐車場に向かったと思ったら、バンみたいな車で街のほうに走って行ったよ。運転がかなり荒かったし、相当慌ててたんだろうね」


 千早は情報を整理する。後になって飛び出してきた4人というのは、おそらくカネモトの遺体を発見して現場を後にしたラクレスのメンバーなのだろう。しかしながら、それより前に飛び出してきた赤髪の人物とは――果たして誰なのか。ここがおばけマンションと呼ばれているからといって、わざわざそれらの類のものが出てこなくてもいいだろうに。


「結果、いまだに現場にいたと思われるメンバーとは連絡がとれていません。こればかりはお恥ずかしいといいますか、警察のほうも全力をあげて捜索中ですので、どうかご勘弁を。警察組織にも、なんというか変な縄張り意識があったりして、色々と面倒なんです」


 事件そのものは妻有郷で起きたが、ラクレスのメンバーはこちらの人間ではない。当然ながら県内にいるとは限らず、むしろ彼らにとっての地元である県外にいる可能性のほうが高い。そうなると、警察組織の間でも色々としがらみがあるのだろう。特に班目のいる所轄など、その辺りのことに口出しはできず、ただ従うことしかできないのかもしれない。


「大海君はその後、そのまま部屋に戻られたのですか? その時、なにか気づかれたことは?」


 大海は事件当時に現場にいた数少ない証言者だ。もしかすると本人が気づいていないだけで、他にも重要なものを見たり聞いたりしていたかもしれない。そのようなつもりで問うたのであるが、大海は大きく首を横に振った。


「部屋に戻るもなにも、それからすぐにパトカーのサイレンが聞こえたと思ったら、この辺りに一気に押し寄せてさ。現場保全だか何だか知らないけど、ここの住人だって言っても、立ち入り禁止だからってマンションの中に入れてもらえなくて。結局、友達に迎えに来てもらって、そのまま泊めてもらったんだ」


 大海が言うと、一里之が溜め息混じりに「深夜でも迎えに来てくれて、泊めてくれるお姉さんとかも知り合いにいるってことか――」と漏らす。それに対して「違うんだ! 誤解なんだよ猫屋敷さん!」とすぐさまに弁解する大海。だから、なぜ真っ先に誤解を解こうとする相手先が自分なのか。


「と、とにかく――お話を聞けて助かりました。ありがとうございます。それで、大海君。ついでで申しわけないのですが、テレビをお借りしてよろしいですか? 可能であれば接続もお願いしたいのですが」


 千早はそう言いながら、いわくつきのハンディービデオカメラを手荷物から取り出した。一度、例の動画を大きな画面で確かめてみたかったのである。1人で家のテレビを相手に格闘してみたのだが、HIMDだかPPAPだか分からないが、結局のところ接続できなかった。


 白手袋を取り出してはめると、ビニール袋からハンディービデオカメラを取り出す。その仕草が異様に見えたのであろうか。大海は「あ、あぁ。テレビに繋ぐことはできると思うよ」と、やや戸惑いつつテレビのほうへと歩み寄った。


「後は、これをカメラのほうに繋げばいいと思う」


 大海がそう言ってケーブルを手渡してきた。千早がハンディービデオカメラを丁重に扱っているのを見て、そのような対応をしてくれたのかもしれない。


「ありがとうございます」


 千早はケーブルを受け取ってみるが、しかしどこに差していいのか分からない。それを見兼ねたのか、班目が「そこに差すんですよ」と、ケーブルの差し込み口を指差した。ケーブルを差し込むと、大海がテレビをハンディービデオカメラの出力画面へと切り替えてくれる。ここから先の操作は、一度班目から習っているから問題ない。千早は動画の再生を始めた。


 まるで情報のない状態で見た生配信の映像と、ある程度の情報を得てから見る生配信の映像とでは、見え方も変わってくるはず。現状で足りないピースはなんなのか。これから何をすべきなのか。色々と見えてくるだろう。


 まずは冒頭の挨拶から。なんとも馬鹿げたやり取りをした後に、エレベーターが呼ばれて、全面が鏡張りの内装にラクレスが馬鹿騒ぎをする。改めて見てみると、合わせ鏡のエレベーターには、郵便ボックスと、その脇に置いてあった観葉植物が映り込み、それが乱反射していた。ところどころにある緑の色合いが、なかなかに不気味である。


 その後、ラクレス内でじゃんけんをして、カネモトがエレベーターに乗り込むことが決まる。この時点で、千早はある疑問を抱いていた。つまり、犯人の狙いが初めからカネモトだったとして、このじゃんけんでカネモトがエレベーターに乗ることにならなかったら、どうするつもりだったのかということ。事件そのものが起きなかったのか、それとも犯人の狙いはカネモトではなく、人喰いエレベーターに乗った人間なのか。それに、もし犯人がこのじゃんけんに負けて人喰いエレベーターに乗り込むことになっていたら、どうしていたのか。立ち位置が変われば、犯行のプランだって大きく変わったはずである。この辺りのことは、現時点では不明な点が多い。


「この時点で、まさかカネモトも殺されるなんて思っていなかったんだろうなぁ」


 テレビ画面を眺めながら一里之が呟いた。画面の中のカネモトはじゃんけんに負けてしまったことを、むしろ喜ぶかのように声を上げていた。

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