第37話

 アルバイト、しかもゲーム関係のもの……それで諦めがつくなら……やってみよう。


 俺はそう思って、雨で濡れた制服の入った袋とカバンを持って、家のドアを開けた。







 アルバイトの日になり、電車で志穂と一緒に向かった先には中小企業くらいの会社があった。


「ここがその会社だよ。社長さんはお父さんと家で飲んだりしているけど、その場にいた私も話したことがあるから、社長さんは私のこと覚えていると思うよ」


 住所の書かれた熊倉さんのメモ紙と、スマホの位置情報の住所情報を確認したら一致していた。


 ここに間違いない。


 大槍は家のことで何かあるので来なかった。


 最近のあいつはこの前の件で怒ったこともあるが、何か隠し事をしているようにも思えた。


「じゃあ、行こう沖田君。5階の社長室にさ」


「あ、ああ」


 俺は前の絶望を引きずったまま、そのまま建物に入った。


 エレベーターで5階に着くと、白い壁の中にあるドアを志穂がノックして、ドアを開ける。


 そこには社長らしき人と熊倉さんがいた。


「やぁ、沖田君。来たみたいだね」


 熊倉さんがそう言って、椅子に座っている社長らしき人に俺を紹介した。


「加々見かがみ社長、彼がその例の苺大将君です」


 加々見と呼ばれた社長は俺を興味深そうに見て、立ち上がり俺の右手を持ち上げて、そ


のまま握手した。


「君があの地域大会を突破した関東代表の苺大将こと沖田薫君だね。これから一か月よろしくね。いやー、志穂ちゃんも久しぶりだね!」


「はいっ、加々見おじさん。お久しぶりです。これが沖田君の履歴書です」


 そう言って志穂は俺の証明写真の貼られた履歴書を加々見社長に渡した。


 加々見社長は上機嫌だった。


「まさかウルフォ4の有名プレイヤーがうちの会社で格闘ゲームのデバックをしてくれるなんて、良い『宣伝』になるよっ! 熊倉君、彼を仕事場に案内してくれたまえ!」


「はい、加々見さん」


「それじゃあ、改めてよろしく沖田君」


 加々見社長は上機嫌で俺を見る。


「は、はいっ。よ、よろしくお願いします」


 俺は緊張しながら加々見社長に返事をした。


 そうして部屋から出てエレベーターに乗った。


「熊倉さん」


「何だい? 沖田君」


「志穂と加々見社長の関係は聞いたんですが、熊倉さんは加々見社長とどういう関係なんですか?」


 3階のランプが点灯して、ドアが開く。


「昔この会社の社長は私がウルフォ3時代の大会に参加した時のスポンサーでね。決勝戦の後でよく話していたんだ。それから無償でゲーム制作に協力するうちに親しい間柄になっただけだよ」


 そうなのか。


 そういえば熊倉さんってどんな仕事をしているんだろう?


「熊倉さんはこのゲーム関係の仕事をしている人なんですか?」


 一緒にエレベーターから仕事場に歩く中で、俺は質問した。


「私はただの公務員だよ。ゲーム関係の仕事はプライベートで無償でしているだけさ。悪いことかもしれないが、秘密にしてくれ」


「は、はぁ……そうですか……」


 人間色々あるんだな。


 そんなことを話していると仕事場に着く。


 そこには大きなゲーム画面で見たことあるゲームのタイトルが書かれていた。


「あっ! これって『ブシドー・ソウル』じゃないですか!?」


「沖田君、これはその続編だよ」


 志穂が驚く俺にそう答えた。


 このブシドー・ソウルはウルフォシリーズの次に有名なゲームだ。


 俺は1回もやったことはないが、有名なのは知っていた。


 出たのはウルフォよりかなり後だけど、やっぱり人気が出てシリーズ化したのか。


 いや、これからするんだろうな。


 なんせデバックの2年後に出るとか言っているし、ゲームセンターで稼働するのはかなり後だろうな。


「熊倉さん、じゃあ後はお願いします。沖田君、アルバイト頑張ってね!」


 志穂はそう言って帰って行った。


 俺がそのブシドー・ソウルの画面を見ていると、熊倉さんがコホンと咳払いをして話した。


「沖田君にはこれからこのブシドー・ソウルの続編のデバックをやってもらう。これはウルフォ4への『寄り道』だと思って仕事してほしい」


「ウルフォ4への『寄り道』ですか?」


 寄り道ってことは、また俺がウルフォ4をやると思っているのだろうか?


 まさかな。


 熊倉さんは話を続ける。


「彼もその役目を果たしてくるはずだ。そろそろ来る時間だから、後は彼の説明を受けて仕事してほしい。それでは私も帰る」


「彼って?」


 誰のことだ?


「君がこのアルバイトを始めることを言ったら、対戦していたと聞いてね。一か月後にまた会おう。ではな、沖田君」


 そう言って熊倉さんも志穂と同じように部屋を出て行った。


「えっ? ちょっと……どうしよう……トイレとかどこかな?」


 俺は困惑していると隣の部屋から俺のいる部屋にドアを開けて、入ってきた人がいた。


「あっ!」


 俺はその顔と天然パーマの髪に見覚えがあった。


「久しぶりって程でもないな。苺大将」


 確か名前が、なんだっけ?


「地域大会の時の……弱キャラしか使わない……堂本?」


「強キャラしか使わない上位ランカーの真柴様だっ! 全然違うじゃないかっ!」


 まさかとは思うが、聞いてみた。


「仕事の説明を受ける人って……もしかして……」


「ああ、俺がお前にデバックの仕事を説明することになった」


「マジかよ」


「ここでは俺が先輩なんだから、ちゃんと仕事の説明聞いて働けよ? いいな?」


「アッハイ」


「俺はここで働いてて、長いからな」


 そんなこんなで俺はこの真柴とブシドー・ソウルの続編のデバックの仕事をすることになった。







 真柴から受けた説明の通りに格闘ゲームのブシドー・ソウルの続編のデバックをした。


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