第10話 尼中弾正
兵馬山の
地元民たちからは、そのまんまわかりやすく〈
その日の
男は、城下で暮らす焼き物師の
「ふう……」
めっきり涼しくなってきたとはいえ、さすがに汗ばんでくる。
背負い梯子をおろし、首に巻いていた手ぬぐいで額の汗をぬぐう。
そのとき──
どこからか、ガサガサと草の揺れる音が聞こえてくる。
「?」
茂平は音がしたほうに顔をむける。
ガサリ、ガサ……
草藪の中で何かが動いている。
獣の気配だ。
茂平は足元にあった石ころを拾い、草藪めがけて放り投げる。
そのとたん、
「グァーッッ!」
と凄まじい
二本足で立ち、両腕を広げて獰猛に威嚇してくる。
不思議なことに、甲賀の里に出没した
「バ、バケモノ熊じゃーっ!」
茂平は集めた薪もそのままに、一目散に逃げ出す。
* * *
兵馬城は丘陵地に築かれた城だが、広大な敷地面積を誇る
本丸には、三重の屋根を持つ天守のほか、城主とその家族が生活する御殿や小姓などの側近の家臣の家屋がある。それに馬好きである城主の趣味で、
それでも建物が占める割合は四割ほどであり、それ以外の場所は広々とした庭になっている。しかし、この城の主に池や枯山水を作るような公家趣味はなく、もっぱら武芸の稽古場として使われている。
その城主というのは、いわずと知れた
その
精悍な顔つき。
片肌脱ぎで、厚みのあるたくましい胸板をあらわにしている。
ヒュッ、
と矢を放つと、
ターン!
と的のド真ん中に命中する。
「お見事!」
弾正は、〈麓の森〉のほうに目をむけ、
「森に八尺もあろうかという大熊が現れたそうだな。ぜひともわが手で仕とめてみたいものじゃ!」
「町衆の他愛ない噂にすぎませぬ」
「
血の気多く胸を高鳴らせる。
「さような
右近はすげなく却下する。
この年寄りは次席家老という尼中家の重臣であり、弾正が幼少の頃からの
「上様は、小暮一族に命を狙われておられる身ですぞ」
これまで幾度も繰り返してきた小言だ。
弾正は苦々しそうに、
「ふん、姑息な連中じゃ」
「次の戦で敵の本城を落とせば、目障りな小暮一族は滅びましょう。それまでしばしの辛抱にございます」
「まだ
心底うんざりしている。
「小暮一族にしてみれば、わずか三月にございます。あやつらも国を死守せんと、いかなる手立てを用いても上様を
「上様」
突然発せられた声に驚き、右近はサッとふりむく。
上下紺色の装束。野武士か盗賊のようだ。年齢は不詳。老け顔の若者にも若づくりの老人にも見える。
「
と弾正。
「城下に……影を感じまする」
蔵人は、洞窟の奥から響いてくるような低い声でありながら、奇妙に聞き取りやすい声でこたえる。
「影とは刺客のことか?」
「おそらく」
「
「それが……これまでにない禍々しく大きな影……。でありながら、確かな
「めずらしいな。おぬしが敵を見定めあぐねるとは」
「町の守備はすでに強めてあります。何者であろうと、われら〈
その名の通り、蔵人はその腰に真っ黒な鞘の太刀を差している。
「ふむ、頼んだぞ」
「それでは」
蔵人は立ち上がって、後ろ歩きでササッと建物の影に入る。
それきり、姿が見えなくなる。
「……?」
不審に思った右近が、影の中に入って辺りを見回す。どこにも蔵人の姿はない。
まるで影に溶け込んでしまったかのようだ。
「不気味な奴……」
不快そうに眉根をひそめる。昔ながらの古武士である右近は、魑魅魍魎を思わせる忍びを
弾正は、その様子を見て愉快そうに笑んでいる。
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