第3話 本名

「ふう」

座ったところを見計らって、声をかけた。

「いい歌だったですね」

「おお。そうか。ありがとう」

手を差し出される。

「ん?」

あ、握手か。

「にぎにぎ」

握手した。

「まじか。本心からあれを良いと思ったのか」

「え?」

手。柔らかく、暖かい。

「俺は相手に触ると何考えてるか分かるんだ」

「うっわ」

手を離した。

「にぎにぎして損した」

「しかしお前、あれを良いと思うなんてな」

「良いものは、良いと思いますけど」

「発声も、曲も、目線もだめ。トークもだめ。全部だめだったよ。今日のは」

「そんなもんなんですか」

とりあえず、隣に座った。一応身体に触れないように距離をとる。

「おまえはすごかったよ。こんなに多くの観客の前で、緊張してなさそうだったし」

「緊張してないですもん」

「自ら望んで来たわけではないから、か」

「はい」

「じゃあなんでここにいる。いやならやめればいいだろうが」

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