閑話(第二部)
閑話1 莉緒の夢
「えっ? ここって……。がっ……こう?」
神殿で女神さまの像が眩しく光ったと思ったら、気が付けばこんなところに立っていた。周囲をぐるっと見て回っても見覚えのある風景が広がっている。
どこをどう見ても以前自分が通っていた学校の昇降口にしか見えない。他の生徒の進む方向を見る限り、朝の登校時間だろう。みんな上履きに履き替えて教室へ向かっている。
「と、とりあえず教室に行ってみよう……」
上履きに履き替えると自分の教室へと向かう。扉を開けて教室に入ると、ほぼ全員の生徒が登校してきているようだった。そのうち半分くらいの生徒からの視線が私に集中する。でもそれも一瞬だ。誰も私なんかに注目したりはしない。それよりも――
「……いた」
教室の窓際後ろから二番目の席で、机に突っ伏している男の子を見つけた。
「柊……」
カバンを持ったまま小さく名前を呟いて近づいていくと、不意に制服の裾を掴まれる。
「ちょっと、莉緒、どこ行くのよ」
「えっ? あ……、お、おはよう」
「うん。おはよう」
クラスの中で唯一私と会話をしてくれる山下
よくよく気が付けば私は自分の席を通り過ぎて、柊に声をかけようとしていたみたいだ。柊の席の一列右のひとつ前が
しぶしぶ自分の席に座るとカバンを机の上に置いて、教科書類を机の中に仕舞っていく。
よくよく考えると、柊に声をかけても私のこと
「ちょっと、急に顔赤くなったり青くなったり、大丈夫?」
「あ、うん……。大丈夫」
柊と結婚したという事実に気を取られていたけど、ここにいる柊がそうだとは限らないのだ。これはちょっと様子を見ないとダメな気がする。
「それならいいけど……」
しばらく柊を観察していたけど、突っ伏している机から起き上がる気配はない。
「よーし、席に着けー。授業を始めるぞー」
そのうち先生がやってきて一時間目の授業が始まってしまった。
さすがにずっと机に突っ伏していることはできなかったのか柊が起き上がる。……が、期待はしたものの私に視線を向けてくれることはなかった。
「今日はよく窓見てるみたいだけど外に何かあるの?」
「えっ、あーっと……」
二時間目の休み時間、ちらちらとよそ見する私にとうとう
「何もないけど……、って……」
私に視線を戻した千乃が何かに気が付いたのか、今度は窓際にいる男子生徒へと視線を向ける。
再度私へと振り返った千乃の顔は、何か面白い物を見つけたように口角が上がっていた。
「へー、そういうことだったの?」
どうやらバレちゃったみたいだ。
以前だったら
「うん」
「あらあら、否定しないのね」
「しないよ。柊が好きなんだもん」
相変わらず机に突っ伏したままの柊だけど、私の柊大好き発言でピクリと肩が動いた気がする。聞こえちゃったかなぁ。
「へぇ……、昨日まではそんな素振りはなかったと思ったけど、いったいどうしちゃったのよ。しかも名前呼びじゃない」
思わず名前で呼んでしまったけど、普段から呼んでるんだからしょうがない。
「うーん……、それはちょっと、なんていうか、どう話していいかわからないんだけど……」
「何よ、歯切れ悪いわねぇ。話が長くなるってこと? それはそれで面白そうだから、最後まで聞いてあげるわよー」
話したところで信じてもらえそうにないので歯切れが悪くなったんだけど、本当になんて言っていいかわからない。
「うーん、そうねぇ」
何かと言いあぐねていると三時間目の授業が始まるチャイムが鳴る。
「あちゃー、時間切れかー。でもまぁ、お昼休みにたっぷりと聞かせてもらいましょうかねー」
ふひひと笑う
悩んでいる間も授業は進む。ちらりと視線を飛ばせば柊と目が合った。胸の高鳴りを押さえつつもにこりと笑顔を向けると、苦笑いが返ってきた。
お昼休みになれば柊はいつもどこかへ行ってしまう。前に聞いた話だと、屋上でひとりでお昼ご飯を食べてたって言ってたっけ。
私も一緒にお昼を食べようと思ったけど、千乃に捕まってしまった。
「さて、キリキリと白状してもらいましょうか」
鼻息荒く千乃が迫ってくるけど、もう答えは決まっている。
「うーん、なんていうか……、一目惚れだね」
「えー」
こっちの世界で今まで接点のなかった柊を好きになる理由なんて、どう考えてもこれくらいしか思いつかない。
「あれだけ休み時間にもったいぶっておいてそれー?」
だけど魔の森からずっと柊と一緒だったのだ。どういう人かはよくわかっている。直接本人と会話をしなくてもわかるような、表面上の話だけで柊の好きなところを喋らされてしまった。
そして気が付けば五時間目の授業だ。せっかく学校で柊と会えたのに、会話らしい会話もしていない。これはなんとかしないといけないと思った私は、五時間目の休み時間に柊に話しかけることにした。
「えーっと……、ちょっといいかな」
チャイムが鳴って休み時間へと突入した瞬間、柊が机へと突っ伏す前に声を掛ける。
「
微妙に顔を赤くして挙動不審な様子になる柊。
あぁ、やっぱり私のことを知らない柊だった。だけどそれは予測済みだ。
「ちょっと話ししたいことがあるんだけど、今日学校終わったら一緒に帰ろ?」
「えっ……?」
「じゃあまたあとで」
他のクラスメイトもまだたくさんいる中で柊と話をしようとは思わない。なので柊と話をするとなれば下校時だ。
「おおお、さっそく行動に移しますかー!」
自分の席へと戻ってくると千乃が興奮していた。
あー、うん。もともと私自身もそんなに積極的な性格じゃないからね。千乃が驚くのも納得できる。夢かもしれないけど、日本でも柊と一緒にいようと思えば今行動に移さないとダメな気がしたのだ。
うん……。柊は誰にも渡さない。
「女は度胸」
「あはは、なにそれー」
そして六時間目の授業が終わり、放課後。
柊はいつも教室からある程度人が減ってから帰り支度をする。
「じゃあ、私は先に昇降口で待ってるね」
「あ、うん」
柊へと声を掛けると、千乃と二人で帰り支度をして教室を出る。
「うへへへ、あとで話聞かせてね。がんばってね」
ニヤニヤした顔で千乃はそう告げると、私の肩を叩いて先に帰った。
頑張るも何も、柊とは夫婦なのだ。たとえ私のことを知らなくても何とかする自信はある。
「ごめん、待った?」
しばらくすると柊がやってきた。ちょっとだけ緊張しているように見える。
「ううん。大丈夫よ」
緊張をほぐしてあげようと手を繋ぐと、びくりと驚いた反応をされてしまった。顔を赤くしちゃって、柊ってばこんなに可愛かったっけ。
柊へと笑顔を向けたところで視界がだんだんと白く塗りつぶされていき、そこで意識が途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます