第93話 もふもふを操る男の子
サリアナさんの悲鳴を聞いて慌ててベルドランさんも出てきたが、さすがにそこまで驚くことはなかった。
「で、今日は何の用で来たんだ? ……と言いたいところだが、来てくれて助かった。お前さんらに連絡を取りたかったんだが連絡先を聞いてなかったもんでの」
「あー、そういえば泊まってる宿とか連絡してなかったですね」
「……いえいえ、確認しなかったこちらにも非はありますから。ただ、木材の納品が滞っていて、ご注文品の出来上がりが遅れそうなんです」
すぐに復活して申し訳なさそうにするサリアナさんだったが、俺たちもちょうどそのためにやってきたんだ。遅れた原因も俺たちと言えなくもないので別に問題はない。
「それなら大丈夫ですよ。その件でちょうどラシアーユ商会から木材を持ってきたところですので」
「なに!? 本当か!」
身を乗り出してくるベルドランさんに肩を掴まれると、激しく揺すられる。
「あ、おじいちゃん!」
気づいたサリアナさんが叫ぶと、クレイくんがわかってるよとでも言いたげに、ニルの上からベルドランさんをビシッと指さす。クレイくんを乗せているニルはそのままベルドランさんの前まで近づいていくが、背中に乗っているクレイくんとちょうど目線の高さが同じだ。
「おーおじいちゃん、めっ!」
ひ孫の声でハッと我に返ると、ばつが悪そうに手を下ろして明後日の方向へ視線を向けた。
「またやってしもうたわい。すまんの……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それで、どこに木材を出しましょうか」
「ここで大丈夫じゃよ」
「わかりました」
「ありがとうございます。本当に助かります」
「おにいちゃん、ありがとう!」
サリアナさん親子からも感謝の言葉をもらう。クレイくんがかわいすぎて、思わず頭を撫でてしまった。
異空間ボックスから木材を取り出すと、ベルドランは軽々と担いで店の奥へと持っていく。続けて取り出すとサリアナさんも担いで奥へ持って行ってしまった。
ちょっとだけ予想外のことに驚いたけど、よく考えれば莉緒もこれくらいなら持ち上げられるよな。
「がっはっは! これで予定通り仕上げることができる。最高品質で仕上げてやるから楽しみにしていてくれ」
そう言葉を交わして俺たちはベルドラン工房を後にした。
ちなみにだが、ずっとニルの上にいたクレイくんは、いつの間にかニルの上で寝ていた。その寝顔もまたすごくかわいかったことをここに記しておく。
「さて、これからどうしようか」
ひとまず仕事を終わらせた俺たちは、宿へ帰る道を歩いていた。
「あとやらないといけないのは、衣装の仮縫い後のサイズ合わせだっけ?」
「サイズ合わせか。えーっといつだったかな」
記憶を思い返してみると、そういえば時間を忘れてずっと金属をいじくってたな。一人になる時間もなくて、莉緒に内緒で結婚指輪も作れてないけど。
「って明日じゃない!? 完全に忘れるところだったわよ……」
思い出そうとして思考が別方向に逸れていたところで、莉緒から慌てた声が上がった。
「明日か……。俺も完全に忘れてた」
「思ったよりも武器作るのが楽しかったね……」
「あっはっは! 案外莉緒も集中すると時間を忘れるよな」
散々注意される側だったのでちょっと面白い。「柊ほどじゃないよ……」とか言って顔を赤くしている莉緒もちょっと新鮮だ。
「だって……、包丁が切れやすいと料理が捗るじゃない? 食材にはすごく硬いものとかあるし」
「まぁそうだけどなぁ。魔法で切れるし、そこまで包丁にこだわる必要もないと思うんだけど」
「それはそうだけど。武器にも応用が利くんだからいいじゃないの」
莉緒と今後の予定を話し合っていると、いつのまにか宿の前まで戻ってきていた。もう今日の仕事は終わりなので帰ってきたのだ。ニルも増えたことだし、宿に言っておかないとご飯が出てこない。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。あ、従魔が一匹増えるんですけど、大丈夫です?」
「はい、問題ありませんよ。その大きさで気性が荒くなければ、部屋で休んでいただいても大丈夫ですので」
俺の問いかけにオーナーさんはちらりとニルを見ると、にっこりと笑顔を浮かべて告げてきた。さすがに宿となると従魔を連れた冒険者もちらほらと泊まるんだろう。さすがの対応力である。
「そうなんですね。ありがとうございます」
「よく食べるんで、追加で五人前分くらいのご飯お願いできますか」
「かしこまりました」
従魔用の厩舎を備えている宿もあるが、お高いだけあってこの宿ももちろんそうだ。だけど部屋で寝られるならこのもふもふに包まれて寝てみたい。
ニルを連れて部屋まで戻ってくるとさっきの続きだ。
「どっちにしても明日は服飾店に行かないとダメだよね」
「そうだなぁ。それ終わったら神殿に行くか」
「うん! 国が変わればやっぱり神殿も変わるかな?」
嬉しそうな莉緒だけど、宗教が一緒なら変わらないんじゃないかなと思う。
「あはは! 確かにそうね。でもちょっと楽しみ」
二人並んでベッドに座っていたが、莉緒がピタリと隣にくっついてくる。お互いに手を握り、軽く唇を合わせる。
それを見ていたのか、部屋の隅で座っていたニルが立ち上がると近づいてきて俺の前に立つと、鼻先をくっつけてきた。
「なんだよ、お前もか」
なんだか可愛くなってきて頭をわしわしと撫でてやると、べろべろと顔じゅうを舐められた。
「ぶわっ、やめろっ」
「あははは!」
こうして俺たちの一日が過ぎていく。
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