第51話 莉緒の思い
「かはっ」
莉緒の胸元から生えている細長いものが何かを認識したとき、莉緒が
いったい何が起こっているのかわからない。直前まで何も感じていなかった。新たに敵が現れたのか?
「くそっ」
莉緒を傷つけられた怒りがふつふつと湧いてきて思考がまとまらない。
振り返ると莉緒を刺したと思われる黒ずくめが、かぶったフードの隙間から口元を歪めているのが見えた。
――コイツか? こいつが莉緒を刺したのか?
そういえば莉緒を突き飛ばした瞬間に見えたのは黒い衣装だった。黒ずくめから微かに漏れる殺気も合わせれば、犯人はコイツか。
懐から短剣を取り出して今度は俺へと視線と殺気を向けた時、すでに俺は動き出していた。
――即座に排除して、莉緒を助ける。
全身に魔力をいきわたらせて一足飛びに相手の足元へ接近する。下方から上方へえぐり込むように両手を突き出すと、相手は防御する
「ぎゃああぁぁぁぁ……!!」
バキボキと肋骨が折れる感触を手に残し、黒ずくめが血反吐を吐きながら街道を外れて草むらへぶっ飛んでいく。
「……は?」
数十メートル飛んでどさりと着地した音が響いたとき、ようやく周囲にいた冒険者パーティの一人が声を出した。
「莉緒!」
即座に莉緒へと駆け寄り上半身を抱き上げる。地面には血だまりができ始めていて、口から血泡を吹いて目の焦点も合っていないように見える。
背中側から胸に刺さった剣を引き抜きつつ治癒魔法を全力で掛ける。もちろん解毒魔法と状態異常回復の魔法も同時だ。
「し……、しゅう……」
「しゃべるな!」
もしあの黒ずくめが黒装束の暗殺者と同じなら、莉緒に刺さった剣にも毒が塗ってあるはずだ。治癒魔法は魔の森の魔物でたくさん実績を重ねてきた。だが毒についてはほとんど実績がない。
間違えて毒持ちの獲物を食べてしまう魔物や動物なんていないのだ。師匠から理論だけ聞いて練習した解毒魔法でしかない。
ひたすらに傷が治るイメージと、毒物が分解されるイメージと、神経毒対策に脳からの電気信号が全身に正しく伝わるイメージと、とにかく治癒のイメージを膨らませて莉緒へ魔法を全力で施す。
「大丈夫か莉緒……!」
魔法に集中しつつも莉緒に話しかける。
青かった顔が少しずつ戻ってきた気がする。
「柊……、もう……、大丈夫」
さっきよりはしっかりとした口調で呟くと、両手を俺の首へと回してきた。
「大丈夫だけど……、怖かった……」
「あぁ、もう大丈夫だ!」
震える莉緒を力強く抱きしめると、大きく息を吐き出したのがわかる。治癒魔法はまだ止めないが、もう大丈夫だろう。
「怖かったよぅ……、ひぐっ……」
泣き出した莉緒の背中を撫でつつ、吹き飛ばした黒ずくめの方へと視線を向ける。草が生い茂っていて向こう側がどうなっているのかはわからない。だが、吹き飛ばした相手がその場から動いていないのは気配察知でわかる。
即死ではないと思うが、そのまま放置してれば死ぬだろう。
列の後ろに並んでいた冒険者パーティの何人かが、ぶっ飛んでいった黒ずくめの様子を見るためか街道を逸れて行った。さすがにグルということはないと思うが。
にしても意表を突かれたな……。気配を殺しながら近づいてくるやつは、気配さえつかめればわかるんだが。アイツは最初から気配を殺すでもなく、普通に周囲に溶け込んでやがった。
くそっ、もうちょっとで莉緒が殺されるところだった。今まで何をやってたんだ俺は! 自分が狙われたんだから、莉緒が狙われる可能性だってあるに決まってるだろ。なんで警戒しなかった!
自身の不甲斐なさに怒りを覚えるが、だからといって相手が悪くないわけでもない。莉緒を刺したアイツは絶対に許さない……。
ぶっ飛ばしたときに一瞬見えた顔は、確かにクラスメイトだったのだ。まさかこんなに早く接触するとは思わなかったけど、いきなり殺しにかかってくるとは……。
この四か月の間に何があったんだ。俺たちは殺されるほど恨まれてる覚えはないぞ。無職だったり役立たずだったりしたが、そういうものっていなくなれば意識されなくなるんじゃないのか。
「柊……」
「どうした?」
しばらくして落ち着いたのか、莉緒が首から手を放して俺を見上げている。
「柊もあの時……、こんな思いをしてたのかな?」
「あの時?」
「ほら、柊が黒装束のやつらに毒でやられたとき」
「あぁ……」
思い返せば確かに怖かった気がする。体がだんだんいうことを聞かなくなって、いろんな感覚もなくなってきて……。
「でもそのあとすぐに気を失ったからな」
「そっか……、でもやっぱり許せないよ」
「えっ?」
「柊にこんなに怖い思いさせたやつらが許せないよ」
えーっと、あー、そっちですか? いや自分が怖い思いしたのはいいのかな?
「そ、そうだな……。俺も莉緒を怖い目に合わせた奴らは許せないしな」
自分も許せなくなっているが、わざわざ莉緒に言う必要もない。
「柊……」
俺の言葉に頬を赤く染め、莉緒がこちらを見つめてくる。ポーっと自分を見上げる莉緒がとても可愛くてよろしい。
それにしてもなんというか、思ったより元気そうで安心した。俺の時みたいに刃物に毒は塗られてなかったのかな。
異空間ボックスからタオルを取り出して水魔法で濡らすと、喀血して汚れた莉緒の顔をぬぐってやる。
軽く莉緒の唇へと口づけすると、周囲から歓声が沸く。
「いつまでもやられてばっかりだと思うなよ。ここから俺たちの反撃だ」
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