第10話 未知との遭遇
「立てる?」
気遣って声をかけてくれるが、どうにも足に力が入らない。丸一日何も食ってない上に、左手を怪我して毒入りの木の実を食って吐いたのだ。
「ちょっと待って」
両ひざに手を置いて、腕に力を入れてゆっくりと立ち上がる。なんとか立ち上がれたけどまずいな……。
「おっと……」
立ち眩みでふらついて、思わず目の前の柚月さんに抱き着いてしまった。
「大丈夫? ……歩けそう?」
抱き心地のいいと感じた柚月さんだったが、純粋に俺を心配してくれる声にちょっとした罪悪感が生まれる。
「ほら、肩貸してあげるから、がんばろう?」
「あ、うん」
ぎこちない笑顔を見せる柚月さんに、俺も頑張るしかないと気合を入れる。彼女の肩に捕まりながらもゆっくりと歩き出したのだが。
「止まれ」
不意に背後から聞こえてきた声に足が止まった。
「おかしな動きはするんじゃないぞ。ゆっくりとこっちを向くんだ」
まったく気配を感じなかったところから聞こえてきた声に、警戒心が膨らむ。ピリピリと感じる空気がさらに緊張感を高める。
柚月さんと視線を交わすと、小さく頷き合う。少なくとも言葉が通じる相手だ。獣のようにいきなり襲われることはないだろう。
ゆっくりと振り向くと、肌の黒い、額から二本の角が生えたイケメンがこちらに両手のひらを向けて佇んでいた。
「こんなところで何をしている?」
なんとなく人とは異なる姿を見た瞬間に体がこわばる。額に二本の角って、聞いていた魔族の特徴とまったくもって一致するんですけど!
王女の話だと確か、魔王が魔族や魔物を率いて攻めてきてるんだったっけ? ここは慎重に答えないと、殺されるかもしれない。
「実は仲間にハメられまして、何の装備も持たずにこの森に飛ばされたんですよ」
「はぁ?」
疑わしそうにする相手に対して、証拠とばかりに両手を挙げて無手をアピールする。柚月さんも纏っていたローブを広げて懐が見えるようにしている。
「本当に……、何も持っていないな……」
両手を下ろして困惑するイケメンに、ひとまずの危機は去ったと安堵する。
「魔の森に何も持たずに入ってくるとか……、死にたいのか?」
「魔の森……?」
なんですかその物騒な名前の森は。え? この森のことですか? マジですか。
「なんだ、そんなことも知らずに入ってきたのか」
「いや、入りたくて入ったわけではないんですけど」
「あぁ、飛ばされたと言っていたな……」
顎に手を当てて考え込むイケメン。こちらをじっと眺めていたが、何かに気が付いたのか眉をひそめる。
「そっちの男は大丈夫か?」
女子に肩を貸してもらってることに情けない思いを抱きつつも苦笑を浮かべる。
「はは……、ちょっと体に力が入らなくて……」
「そうなのか……? ここらに麻痺毒を持った魔物は出ないが……」
やっぱり怪しいんじゃないかという目でこっちに視線を向けられた瞬間、ぐぎゅるるる~と俺の腹が激しく空腹を訴えてきた。
「…………」
長い沈黙が続くが誰も言葉を発しない。いい加減気まずすぎると思い始めたころ、イケメンの肩が震えだした。
「ぷっ、くくくく!」
どうやら笑っているらしい。
「……笑うんじゃねーよ」
人の苦労を笑われるというのは正直いい気分ではない。だがこの魔族を刺激するというのも躊躇われるので、小さい声になってしまった。
「ふははは! 悪いな。いやしかしこれは傑作だ」
どうやら聞こえていたようだ。だが気分を害したようでなくてよかった。こっちは生死がかかってるからたまらない。
「詫びと言っては何だが、オレの家に招待してやろう。腹が減ったんだろう?」
「えっ?」
思ってもみなかった言葉に柚月さんが声を上げる。
「いいんですか? まったく素性の分からない怪しい俺たちですけど……」
「ハッ、ガキがそこまで大人に気を使うもんじゃねぇよ」
いきなりな子ども扱いに顔を見合わせる俺たち。まぁ確かに高校生なので子どもではあるけど、こうもあからさまに子ども扱いされるとは思ってもいなかった。召喚された直後は勇者扱い……いや下働き扱いだったか。うん、ちょっと自分の扱いについて議論したいところだな。
「はは……、じゃあ、お言葉に甘えて……」
お世話になります。と続けたかったが声に出せなかった。
「水本くん!?」
どこか遠くから柚月さんの呼ぶ声が聞こえてくる。緊張が一気に緩んだせいか、俺の意識はそこで途切れたのだった。
「……あ、気が付いた?」
「あれ?」
目を開けると柚月さんの顔がドアップで見えた。
「ここは……?」
ゴワゴワとした生地のベッドに寝かされているようだ。どこかの部屋にいるみたいだけど、森の中にこんな家があったのか……。壁はどうも土でできているみたいだ。
「ここはヴェルターさん……、さっき会った角の生えた人の家よ」
「そっか。気を失っちゃったみたいでごめんね」
「ううん、そんなことないよ。なんだか水本くんだけひどい目にあってるし……、私もがんばらないと」
その言い方は自分もがんばってひどい目にあいたいように聞こえるぞ。
ぐごきゅるるるる~~
心の中でツッコミを入れていると、またもや俺の腹が鳴った。
「あははは!」
「……」
さっきからいい匂いが漂ってきていて必死に気が付かないようにしてたんだが、腹の虫はこの匂いをスルーできなかったみたいだ。
「起きたらダイニングに連れてきてって言われてたから、行こうか」
「あ、うん」
恥ずかしさに耐えながらも、飯が食える確信が得られた俺の体は、彼女の支えの必要なくふらつきながらも歩くことができた。
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