第5話 水魔法は生命線

 がくりと膝から力が抜け、なんとか地面に手をついて着地する。目を開けるとそこは森の中だった。立ち上がり周囲を見回してみても植物しか視界に入らない。


「なんじゃこりゃ」


 てっきり街中とか、街の近くに出るもんだと思ってた。

 それが鬱蒼と茂る薄暗い森の中ときたもんだ。


「きゃっ!」


 と思ったところにもう一人の人物が現れる。が、着地に失敗したのか見事に転んでいた。服に着いた枯葉を払いつつもゆっくり立ち上がったのは――


「……柚月さん?」


 王女の呼び出しで地下室に集まった時、一人離れたところにいた柚月さんだった。


「なんで柚月さんまで」


 黒いゆったりとしたローブを羽織り、五十センチくらいの木製の杖を携えた柚月さんに問いかける。


「えっと……、その、私は、役立たずだから……」


 聞いたところによると、微妙な職業になった柚月さんは、やっぱりクラスメイトの中で底辺の扱いしかされなかったらしい。使える魔法もようやく水属性の初級魔法が発動するようになったところだとか。

 大賢者や大魔導士の職業を持つ長井や真中は、最初から全属性の初級魔法が使えたらしい。


「あー、うん。そうか……」


 逃げ出したかったと言われれば、俺には何も言うことはできない。でもこの状況を思うと、飛び出さなかったほうがよかったんじゃないかと思わないでもないけど。

 まぁ俺自身が一人きりにならなかったからよしとしよう。さすがにこんな森の中で一人だと不安だ。


「ご、ごめんなさい……」


 柚月さんが不安そうに眉を寄せている。だけど俺もどうしていいかわからない。サバイバルの経験なんてないし、だからと言ってここでじっとしていても救助が来るとも思えない。


「あ、そうだ」


 とりあえずもらった革袋を確認することにした。

 開けてみると鈍色に輝く硬貨が五枚と、同じ色の大きめの硬貨が十枚入っている。あとは五角形をした盾を背景に、剣が二本クロスするような紋章の入ったブローチだ。

 魔王が倒されたらこのブローチを持って王城に来いという話だった。元の世界に帰れるようになっているはずだから帰してやると。


 ホントかなぁ。妙に惹かれるブローチだけど、アクセサリはアクセサリだ。

 いつの間にか見入ってしまってたけど、少なくとも――


「この森の中じゃ役に立ちそうにないね」


「うん……」


「とりあえず移動しようか」


「……どこへ?」


 そう聞かれても俺にもわからない。わからないけど、何もせず突っ立っているだけじゃダメなのは確実だ。何やら倦怠感もあるし、鬱蒼と茂る森がこんなにも不気味だとは思わなかった。


「せめて水とか食糧を確保できる場所じゃないと」


「あ……、そうだね」


 そうして俺たちは二人して歩き出した。




 もう二時間ほど歩き続けただろうか。俺たちはどこへともわからずひたすら進み続けているが、景色がまったく変わらない。

 正体のわからない虫や獣の声があちこちから聞こえてくる。

 汗のせいでシャツがべったりと肌に張り付いて気持ち悪い。

 時折大きく聞こえる獣の声に精神がガリガリと削られる。


「くそっ、最初っから俺を生かして放出する気なんてなかったんじゃねぇか……!」


「そ、そんな……、ことは」


「じゃあなんで俺たちはこんなジャングルを当てもなく彷徨ってるんだよ!」


 イライラしすぎて柚月さんに当たってしまう。自分でも八つ当たりだとわかっているけど……。


「……ごめん」


「……ううん」


 こんなことしたって何も解決しない。


「ちょっと、休憩しようか……」


 しばらく無言で歩いていたが、これではだめだと思い柚月さんに声を掛けた。


「うん」


 さすがに足がパンパンになってきた。喉も乾いたしお腹もすいてきた気がする。

 適当な倒木へと腰かけると、隣に柚月ゆづきさんも座る。


「はぁ……」


 両ひざに両肘をつけて地面を睨みつける。歩きながらも何か食べられそうな果実がないか探していたけど、何も見つからなかった。


「あの、水本くん」


「うん?」


「水魔法で水を出してみるから、その、両手を出してくれないかな?」


「あ、あぁ」


 言われた通り、水を受け止められるように両手を出す。そういえば水の初級魔法が使えるって言ってたっけ。

 柚月さんが杖の先端を俺の両手へと掲げると、目を瞑って集中する。


「……ウォーター!」


 高らかに宣言すると、水が両手からこぼれるほど出現した。


「うおっ、スゲー!」


 これが魔法なのか……! 初めて見たけどすげーな。何かがこう、ふわっと杖の先端に集まったかと思ったら水が出てきたぞ!


「ほら、こぼれる前に早く飲んで」


「おっと」


 興奮して喉が渇いてたのも忘れてた。

 手を口元に持ってきて喉へと流し込む。


「あー、うめー!」


 魔法で生み出した水だけど美味しいな。


「柚月さん、ありがとう」


「うん」


 お礼を言うと嬉しそうに笑顔が出たが、そのあとにもじもじと恥ずかしそうに頬を染めている。さすがに俺に褒められて恥ずかしがってるってわけじゃないよな……。そんなに自意識過剰じゃねぇぞ、俺は……。


「あの、私も水を飲みたいんだけど、魔法使うのに杖が必要だから……、水本くんの両手借りていいかな?」


 えーっと、あぁ、そういうことね。

 返事の代わりにさっと両手を出すと、「ありがと」という言葉と共にもう一度ウォーターが発動する。

 水をこぼさないように柚月さんの前へと持っていくと、相手の顔も近づいてきて、俺の手に唇が触れる。こくこくと静かな音を立てて、柚月さんの喉が鳴った。

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