第7話 レイチェルの指示


 オオカミに一度餌と認識された者は、何処までもしつこく追い回される。

 それは、ハンター頭巾であっても同じで、弱いハンター頭巾が強い個体に目を付けられてしまえば、手を打たない限り、待つのは死だけだ。

 オオカミの追跡を諦めさせるには、オオカミ自身に、死の恐怖を与えなければいけない。死の恐怖を与えればオオカミは逃げて、二度とそのハンター頭巾には近付かなくなる。


 シャンティ達はハンター頭巾として、レイチェル達は、ソフィやレベッカから聞かされている為、オオカミの習性を知っているからこそ、必ず追いかけてくると確信していた。

 十分ほど待っていると、灰色の毛を持つネズミのような形をした、牛よりも大きなオオカミが物凄い速度で駆け寄ってきた。

 大きな口に涎を垂らし、赤い目で餌どもを品定めする。


 そして、ロックオンされたのはシャンティだ。


 オオカミは男女問わず人間を喰うのだが、好みもあるらしく、柔らかい若い人間の女を好んで喰う。

 ティルはソフィとの長い修行生活により、硝煙の臭いがキツく残り香として体に染み付いていて、レイチェルは小柄なので肉付きは良くない為、肉付きが良く、若いシャンティが目をつけられてしまった。


 シャンティは自分が狙われるであろうと最初から予測していたので、先手必勝と動き始める。

 シャンティは素早く自分の武器である鞭をオオカミの足に巻き付け電撃を流した。

 オオカミは電力を流され、一時的とはいえ動きを封じられる。

 シャンティは一度レイチェルの隣に戻り「私達を上手く使ってね」と呟き、再度オオカミに鞭を巻き付け電撃を流す。


 自分が頼りにされていると感じたレイチェルは、オオカミを一瞥する。そして、オオカミを簡単に倒す方法を思いついた。

 そして、銃使いの二人に狙う場所を指示する。


 レイチェルは、あくまでオオカミを倒すのはジャンだと考えた。

 そして、ティルにはオオカミの動きを止める為に、太腿を狙うように指示する。

「ティル、オオカミの太ももを狙って。ジャンさん、オオカミの胸の中心を狙って」


 レイチェルを無条件で信じているティルはすぐさま行動に移る。しかし、ジャンはレイチェルの指示に難色を示した。


「嬢ちゃん。オオカミの弱点は頭だ。なぜ胸の中心を狙わせる? 胸を狙ったからといってオオカミは倒せないぞ?」


 迷い。

 今、前線でオオカミの気を逸させているのは、自分の妻であるシャンティだ。

 電撃で動かないのであれば、頭を狙うのが当たり前ではないのか? とジャンはレイチェルに反論する。

 しかし、レイチェルが胸の中心を狙えと言った理由が次の瞬間分かる事になった。


 三度目の電撃攻撃がオオカミには通じなかったのだ。しかし、ティルにより太腿を撃ち抜かれたオオカミは俊敏な動きができなくなっていた。

 ジャンはレイチェルの指示を無視して、オオカミの頭を狙う。

 しかし、オオカミは簡単に銃弾を避けたしまった。


(ば、馬鹿な!? 今のタイミングで避けられただと!?)


 ジャンのハンター頭巾人生は十年以上となる。その経験上、今の銃撃は当たると確信していた。しかし、このオオカミには銃撃が当たらない。それどころか、シャンティの電撃にも耐えた。いや、最後は効かなかった。

 そんな事は今までには一度もなかったし、今回だって避けられるとは思ってはいなかった。


 嬢ちゃんはなぜ胸の中心を狙えと言った?

 ティルという子には太腿を狙えとなぜ言った?

 オオカミの再生能力は異常だ。それなのにどうして目の前のオオカミはティルの撃った銃撃にやら傷が塞がっていないんだ?

 まさか……!?


 ジャンはオオカミの胸を撃つ。頭を避けられたのだから、普通は当たらないと思っていたが、よく考えればオオカミには自己再生能力があるが故に、頭以外の攻撃には無頓着になる。

 よくよく考えれば、シャンティの攻撃だって、オオカミの速度を考えれば当たるわけがない。しかし、シャンティはほぼ百%の確率でオオカミに鞭を絡ませる事ができる。


 ジャンの予想通り、オオカミは胸への攻撃を避けようとせずにまともに受けた。そして、オオカミは胸を抑えその場に崩れ落ちる。そして、ジャンを睨みつけた。


(どういう事だ? 普通のオオカミならこのくらいの傷ならすぐに再生するはずだ。それなのにコイツは再生すらしない)


 そして、ジャンの目の前には無防備なオオカミの頭がある。これならば、確実に避けられる事はない。

 ジャンは、無防備なオオカミの頭を撃ち抜いた。そして弾丸の紋章魔法が発動され、オオカミの頭の中で弾け、頭は跡形もなく消滅し、オオカミは絶命した。

 オオカミをほとんど苦労もせずに倒せた事にジャンは驚きつつも、少し腑におちない事もあった。


 なぜ、このオオカミは再生しなかったのか。

 なぜ、シャンティの電撃を克服したのか。

 なぜ、レイチェルはこのオオカミが再生しない事を知っていたのか。



(まさか、ここまで読んでいたのか? 最初にシャンティが動いた瞬間から、この結末までを……)


 ジャンはレイチェルを一瞥する。

 レイチェルはオオカミが死んだ事に興味を持っていなかった。ただ、終わったと安堵した顔で馬車の客室のドアを開けていた。


(この子にとってこの結末は最初から分かっていた事なんだな。

 そりゃ、支部長がこの子を欲しがるわけだ。

 この子がいればオオカミ退治で被害が出る事もない)


「嬢ちゃんのおかげで楽にオオカミを狩る事が出来たよ。ありがとうな」

「うん」


 ジャンが素直にそうお礼を言うと、レイチェルは少し照れたように返事した。

 しかし、照れはしているが、あまり嬉しそうにしていないレイチェルは客室に戻る。それと同時に御者が客室から出て、御者台に戻った。


 ジャンは御者に少し待つように言って、オオカミの解体を始めた。


 オオカミは動物の突然変異なので、変異した動物により素材を取る事が出来る。

 今回のオオカミはネズミ

が変異したようだったので、歯を……と思いたいのだが、弾けてしまっているので歯は取れない。となると毛皮なのだが、ネズミの突然変異種なので毛皮もそこまでの価値がない。


「使えるのは尻尾だけか……。シャンティ、油を用意してくれ」


 ジャンがそう言うと、シャンティが小さな袋から竹筒を取り出す。


「今のは何ですか?」


 客室からジャン達を見ていたレイチェルは、小さな袋から袋よりも大きな竹筒が出てきた事に驚き、シャンティに袋について質問する。


「これは道具袋よ」


 道具袋。

 ハンター頭巾はオオカミ退治や護衛で遠征する時に、食料や夜営に使うテントなど持ち歩かなくてはいけない。

 しかし、テントや食材のようなモノを持っていては動きも鈍くなるし、荷物を狙って盗賊が襲い掛かってくるかもしれない。

 そこで開発されたのが、道具袋という小さな袋で、この袋があればたくさんの荷物、質量の大きな荷物も持ち運べるのだ。

 この道具袋は大変貴重な物なので、今のところは、ある一定の強さを兼ね備えたハンター頭巾だけが持つ事を許されている。

 ハンター頭巾でもないレイチェルが道具袋の事を知らなくて当然だった。


 ジャンはシャンティから渡された竹筒を開け、特殊な油をオオカミの死体に浴びせかける。そして、マッチを取り出し、オオカミを焼いた。


「嬢ちゃん、こんなに簡単にオオカミを狩れたのは初めてだよ。お嬢ちゃんのおかげだ。感謝する」

「え? は、はい」


 ジャンはもう一度レイチェルにお礼を言った。これにはレイチェルも驚いた。

 今までのハンター頭巾達はレイチェルにオオカミの効率のいい戦い方を教わっても感謝なんてしなかった。それどころか「無能なんだからこのくらい役に立て」みたいな陰口をたたかれていた事も知っていた。


「しかし、意外だな」

「そうね」


 ジャンとシャンティは燃えるオオカミを見ながら不思議そうにオオカミが来た方向を見ている。


「何が意外なの?」


 ティルは、シャンティにそう聞いた。


「こんな街道にオオカミが現れて、こうやって燃やしているのに、警備隊が来ないのよ……。それに、この街道にオオカミが出た事も意外だわ……」


 シャンティの言う通り、街道にオオカミが現れる事は滅多になく、もし現れたとしても、戦闘中に、しかも、オオカミの死体を処理などしていたら、必ずと言っていいほど警備隊がやってくるはずなのだ。しかし、今回は警備隊はいつまで経っても来る事はなかった……。


 何かが起きているのか、それとも警備隊がサボっているのか。

 どちらとも言えないので疑問だけが残ってしまったと、シャンティは苦笑した。

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