第陸章:存在証明
第12話:メリーさんはどこへ行った?
『コトリバコ』の一件から数週間が経ち、姉さんから百さんと紫苑が新しい場所へと引っ越したと連絡が来た。やはりあの神社は『コトリバコ』と『穢れた祝詞』のせいで完全に汚染されており、あのままあそこを管理し続けるのは危険が伴う様だった。そのためあの場所は封印され、外部から一切の立ち入りが出来ない様にされたらしい。新しい住居は教えてもらえなかったが、お互いのプライバシーの保護や秘匿しなければならない怪異を封印している者も居る事から、あまり詮索はしなかった。
大学での講義を終えたアタシは教授にうっかり捕まらない様にさっさと学校から出るとすぐに家へと帰った。特に課題も出ておらず、新しい怪異の発生も確認出来ていないためこちらから調査をする事にしたのだ。
「おお、美海帰ったぞー」
玄関で出迎えてくれた美海に声を掛けて居間へと入ると、すぐにパソコンを起動した。各種SNSへと接続してWebクローラー『てんとう』を起動させる。それに様々な怪異の名称や画像を検索させて、新たな怪異が発生していないか調査させた。
結果様々な怪異に関する投稿が引っ掛かったが、そのほとんどはそれについて語っているだけであり、被害があっただとか遭遇しただとかの内容では無かった。もちろん中にはそういうものもあるが、それなりに長くやっているとその投稿が嘘か真実かは分かる様になっていた。この家に資料として残されている物を見ればすぐに分かる。明らかにその怪異と齟齬が生じる内容であれば、ほぼ間違いなく嘘である。
するとあるSNSのアカウントにダイレクトメッセージが来ていた。自分のアカウントはあくまで情報収集用のアカウントであり、投稿などは一切しておらずフォローすらもしてなかった。更には鍵まで掛けているというのに何故かメッセージが届いたのだ。クリックしてメッセージを開く。
『こんにちは。私メリーさん。今、
アカウント名には『メリー』と書かれており、文面も古くから確認されている『メリーさん』のものと酷似していた。急いで本棚から資料を引っ張り出し、『メリーさん』の項目を調べた。
資料によると『メリーさん』が初めて日奉一族によって確認されたのは昭和だったらしい。西洋人形が
「イタズラにしちゃ妙だな……」
文面に書かれている神影町というのは自分が生まれた土地だった。しばらくはその土地で暮らし、あの一件があってからは姉さんの下で育てられた。自分のルーツとも言える場所であり、そこに『メリーさん』が居るというのは何とも不気味だった。
試しに『メリーさん』に関する投稿を『てんとう』に検索させるとかなりの件数がヒットした。中には同名のキャラクターだったりと無関係なものもあったが、怪異である『メリーさん』に関する情報もヒットした。そして最近の投稿に絞ってみるとやはり自分と同じ様にSNSアカウントにメッセージが来たらしく、どれも文面が似通っていた。
時計を見るとまだ16時であり、翠が帰ってくるまで一時間は掛かりそうだった。
新たなメッセージが届く。
『私メリーさん。今、神影警察署にいるの』
そのメッセージには写真も添付されており、それは神影警察署を正面から撮った写真だった。嫌な汗が頬を伝う。
こいつ……アタシをターゲットにしてンのか? どうやってあの場所を知った……悪ふざけにしちゃ悪質だぞオイ……。
すぐに翠にメールを送り、学校を終えたらすぐに帰ってくる様に伝えた。すぐに画面へと視線を移し、クローラーがはじき出した検索結果に目を通していく。彼らもまた突然来た不審なメッセージに違和感を覚えている様で、中には警察に通報までした人物も居た様だった。
新たなメッセージが届く。
『私メリーさん。今、取り調べ室にいるの』
新しい写真には神影警察署内の取り調べ室が写っていた。室内では刑事による取り調べが行われているらしく、その刑事の顔を真正面から撮影した様な構図だった。
どうなってる……こいつまさか、アタシの過去を辿ってきてンのか? あの時、アタシもここに入った……すぐに済んだし、誰も言う事を信じてくれなかった。いや、信じてくれなかったからこそ、今こうしてここに居られるのかもしれないが……。
『私メリーさん。今、
その写真とメッセージを見て血の気が引いた。そこには自分や翠が保護された御咲山の中にある日奉家管理の養護施設が写っていたのだ。会った事がない子供達の姿だけでなく、庭先で掃除をしている姉さんの姿さえもはっきりと写し出されていた。
急いでスマホから姉さんへと電話を掛ける。あの人がターゲットにされていないにしても、あの場所へ簡単に侵入された事実は伝える必要があった。
「はい。雅ですか?」
「姉さん、敷地内に侵入されてる!」
「……何者ですか?」
「多分『メリーさん』だ。アタシの所にさっきからメッセージが届き続けてる。神影町も姉さんの居る所も全部写真に写ってた!」
「…………気配はありませんね。雅、確認しますが『メリーさん』と呼ばれた怪異は既に消失が確認されています。メッセージが来たのは間違いないのですね?」
「うん、現に今も……」
新たなメッセージが届く。
『私メリーさん。今、御咲駅にいるの』
まずい、もうそこまで移動してるのか……思ってたよりも早いな。どうしてアタシを狙ってくるのか分からねェが、迎え撃つしかないのか……?
「雅?」
「姉さん、もう移動してる。御咲駅だ」
「……分かりました。動ける各人員に連絡を入れます。雅はそのまま監視をお願い出来ますか?」
「うん。やれそうだったら対処してみる」
「くれぐれも無理はない様に」
電話を切り写真を見る。駅のホームで撮られた様な写真であり、電車がぶれて写っていた。
『てんとう』の検索結果を更に絞り込み、情報をより緻密なものにした。しかしどの投稿者にも共通点が確認出来なかった。住んでいると思しき地域も普段の投稿から分かる趣味も、何もかもが違っていた。本来人形の付喪神であった『メリーさん』が何故関連性の無い人間を狙うのかが理解出来なかった。
スマホに翠からメールが届く。どうやら授業が終わったらしく、最後のホームルームが終わればすぐに帰れるとの事だった。
新たなメッセージが届く。
『私メリーさん。今、あかつき通りにいるの』
写真には帰宅途中の小学生達が写っており、買い物へと出掛ける主婦の姿もあった。
ついに夜ノ見町に着いたか……『あかつき通り』あそこは住宅街だし人通りが少ない。意図的にそこを選んで通ってるのかは分からねェが、とにかくこの場所に近付いてきてるのは間違いない。資料が確かなら、アイツは必ず対象の背後に立つ。そのタイミングを狙えば熱源を取り付ける事が出来るか……?
畳に手を触れて熱源を背後に設置する。それと同時にメッセージが届いた。
『私メリーさん。今、
ついに写真には山の入り口が写っていた。アレがこの敷地内に入って来れないとは思えなかった。御咲山の養護施設に侵入された以上、あそこと同じ構造で結界を張っているここも容易く侵入される筈だった。
深呼吸をして次のメッセージに備えた。恐らく次のメッセージで背後に立たれる筈であり、そのタイミングを逃してしまえば自分が殺されてしまう。最悪でもここで熱源を付けなければ追跡すらも困難になりそうだった。
メッセージが届く。
『私メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
その文が目に入った瞬間に熱源を動かして背後に居る『メリーさん』へと上らせようとした。しかし熱源は畳の上を移動していくだけで、霊体にすらも接触出来なかった。慌てて後ろを振り返ってみると一瞬だけ少女の様な姿が見えた。ハットと呼ばれる帽子を被り、子供物と思われる服装をしていた。しかし顔ははっきりと確認出来ず、目を凝らそうとする前にその姿は消えてしまった。
パソコンを見てみると新たなメッセージが届いていた。
『私メリーさん。今、あなたの所にはいないの』
写真は添付されておらず、ただそれだけの文章が書かれているだけだった。それから警戒を保ったまま数分間待ち続けたものの、それ以上のメッセージが届くといった事は無かった。クローラーの検索結果を見てみるとつい最近同じ様にそこでメッセージが途絶えた人が居たらしく、ただのイタズラだったのだろうと納得していた。
イタズラな訳があるか……間違いなく『メリーさん』は復活してる。だが何が目的だ? 資料によると最初の被害者だった少女は心停止して殺された。なら方法はともかく殺しかかってくる筈だ。でもアイツは一瞬で居なくなった。何を目的に背後に立った? それにどういう意味がある?
しばらく様々な投稿を確認しながら考えていると玄関が開く音が聞こえた。その後小走りに廊下を走りながら翠が居間へと入って来た。
「み、みやちゃんごめん! どうしたの!?」
「翠か。……お前ェの意見も聞きたい」
翠を隣に座らせて検索結果やメッセージを見せながら自分の身に起きていた事を説明した。翠は時折資料にも目を通していたが、話を全て聞き終えると唸りながら画面を見つめた。
「うーん……分かんない。霊体の一種だよね?」
「多分な。一瞬で消えるなんて芸当は霊でもなきゃ出来ねェよ」
「でもみやちゃんの言う通り、謎だよね……何が目的なんだろう?」
「殺しに来た訳でもないしなァ……」
「一応熱源は付けようとしてみたんだよね?」
「ああ。さっき……」
そこで翠に言われて初めて気が付いた。先程移動させていた筈の熱源が消失していたのである。あれは加熱を行うか自分で消そうと思わない限りは残り続ける筈だというのに、何故かどこにも確認出来なかった。
「みやちゃん?」
「いや、熱源が見当たらねェンだ。アイツに付けた感触は無かった。この辺に残った筈だが……」
「勝手に消えちゃったって事?」
「ああ、みたいだな……」
「……どういう事だろ」
翠は『てんとう』の検索結果を
「……翠?」
「みやちゃん、これ何かな……?」
画面を見てみるとトレンドと呼ばれる箇所にフライングヒューマノイドと書かれていた。海外で確認されているUMAの一種であり、空を飛んでいる人型の物体の総称だ。それが何故か日本国内のトレンドになっており、何事かと翠がクリックする。すると最も注目されているという投稿が表示され、そこには動画が添付されていた。そのサムネイルにはスカートを履いている様に見える人型の存在が映っていた。
「翠それ再生しろ!」
「う、うん!」
動画を再生してみるとかなりの上空で浮遊している人型の存在が映されていた。それはその場で微動だにせず、顔を近付けて見てみると頭部に帽子のつばを思わせるシルエットが確認出来た。投稿内容を見るに撮影は東京で行われたらしく、他にも複数の人物によって目撃、撮影されていた。
「も、もしかしてこれ……」
「『メリーさん』だ……どうなってる……? 何が目的だ……?」
もうすぐ動画が終わりそうになったその時、突然動画内にノイズが走り、真っ暗になった。そしてそこに白い字でこう浮かび上がった。
『私メリーさん。今、あなたたちの上空にいるの』
急いで姉さんへと電話を掛ける。
「姉さん!『メリーさん』が!」
「ええ……東京に居る一族から既に報告を受け取っています」
「何が目的なのか分からない。それにアタシ、熱源が消えたんだ!」
「雅、落ち着いて聞いてください」
「な、何?」
「他の一族からも同様の報告を貰っています。どうやらあれは、人が持つ魂の力を少しずつ奪っている様です」
「……まさか」
「その奪った力を使って高度を上昇させている様です」
そういう事か……アイツの目的は最初からアタシや一般人が持ってる魂の力だったんだ。少し奪うだけだから命に別状は無い。だからイタズラみたいに思われる。背後に立ってそのまま盗んで立ち去るだけ。でも重要なのはその先だ。上昇し続ける事にどんな意味がある?
「取り合えずアイツがやってる事は分かった。でも何で高度を上げ続けてるんだろ?」
「未だ不明です。電話からSNSというものに
「みやちゃんまずいよ! 目撃者の数がどんどん増えてる! この投稿を見てる人も増えてる!」
まずい……このままだと情報の隠蔽も困難になる。アイツの真の目的がまだ不明だが、さっさと対処しないと大変な事になる。でもどうやって? 多分今浮かんでるアイツは『メリーさん』本体じゃない。あれは『口裂け女』の時と同じで虚像の筈だ。本体は情報生命体の可能性が高い。もしそうだとしたらどうすれば……。
「……雅」
「う、うん?」
「各地の人員に対処方を考える様に伝えます。あなたもそうしてくれますか?」
「分かった。取りあえず出来そうな事からやってみる」
「お願いします」
電話を切りパソコンと向かい合う。
あのまま上昇を続ければ宇宙に到達する事になる。本来電話を使って行動し、今はSNSを使って行動している『メリーさん』が宇宙まで行く理由は何だ? あそこには人類なんて居ない。地球外生命体が居るかどうかさえ定かではない。居るとしても精々宇宙飛行士くらいか。
その時、ふとある仮説が浮かんだ。それを確認するために検索を始める。
「みやちゃん?」
「翠、あの投稿があった場所から見て『メリーさん』はどの辺りに居るか分かるか?」
「う、うん……何となくだけど」
「アタシのスマホを貸す。そこから大体の経度と緯度を割り出してくれ」
「えっそ、そこまでは……!」
「大体でいいンだ。あくまで仮説が合ってるか確認するためだ」
「う、うん……」
検索を進めていく内にあるサイトに辿り着いた。そこではリアルタイムな位置が表示されており、常に表示が更新され続けていた。経度緯度の割り出しが済んだ翠がこちらにスマホを渡した。その画面とサイト内の表記を照らし合わせ、仮説が正しいとう事が証明出来た。
「これだ……」
「え?」
「アイツの……『メリーさん』の目的はこれだ」
「えっ!? これって……」
「納得だな。これに侵入すれば思いのままだ」
最終到達地点で『メリーさん』はそれに接触するつもりだと分かった。虚像であるアレがどういう風にするのかは分からなかったが、これの名前を見てみればおおよそ何をするつもりなのかは予測出来た。
『メリーさん』が目指していたのは通信用人工衛星だった。
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