第13話 実戦

「できた……」


 蒼玉がぶつかった箇所は半球分くらい穿たれている。人間相手に打てば頭を吹き飛ばすくらいはできるだろう。


 蒼玉を飛ばすための推進力に魔力を使っているため、威力が弱まっているのは仕方のないことだった。それでも遠距離からこの威力であれば及第点だろう。


 喜びに顔を染めるシャノンに対して、ファリレは口を半開きにして唖然としていた。


「ファリレ、どうしたの? もっと喜んでくれてもよくない?」


「……へ? あ、ええ、よ、良かったわね」


「大丈夫? 調子悪いの?」


 眉尻を下げて心配そうに覗き込むシャノンに、ファリレは首を振って見せた。


「いいえ。ただ、こんなにうまくいくとは思っていなかっただけよ。…………ま、まあ、お前にしては上出来じゃないかしら」


 上から目線で言うファリレだが、その声はわずかに上擦っていた。


 魔法は難易度に応じて、ランク分けされている。その中で最も簡単なのが簡位魔法ファシリム・マギアだ。数日もあれば習得できる、簡単な魔法がそれにあたる。


 基本的に簡位魔法はトリガーを起動するだけで発動することができる。トリガーとなるのは通常は魔法名称だが、ファリレのように『指を弾く』を設定することもできた。


 ただし、ある程度の魔力操作をできることが習得の前提となるため、その分も含めればより日数が掛かるのが普通。だが、シャノンは新しい魔法をたった一度で成功させて見せた。それは飛び抜けた才能を持っていることを意味している。ファリレが驚くのも無理はなかった。


「――ちょうどいいわね。練習相手が来たわよ」


 ファリレが向けた視線の先。小さな影が一つ、シャノンたちの方へ近づいてくる。それは輝苔のないところを選び、壁を這って移動していた。人型で全長は六〇センチくらいと子供のような体格だが、全身毛むくじゃらだ。顔は目を覆いたくなるほどに醜悪で、人の顔を何十回殴ってもここまでにはならないだろう。石斧を背負い、ほとんど垂直な壁に四肢を張り付けている。とても素早く、身体も小柄なので的としては非常に狙いづらい相手だ。


 醜鬼ゴブリンと呼ばれるその魔物は、人間に悪さをすることで有名だった。夜に畑を荒らし、家畜を奪っていくことが多い。だが、場合によっては人間を連れ去ることもあった。


 醜鬼は魔族の中では珍しく、人間との交配が可能な種族だ。通常は同種の間で行われるが、中には人間を好む異端もいるようで、攫われた人間は死ぬまで子作りの道具として使われることになる。


 一体であれば大した力もないので簡単に殺せるが、集団になると厄介だ。繁殖力が強いため、醜鬼はすぐに数を増す。数の暴力を持ってすれば、人間一人など簡単に攫える。弱さを埋めるために通常は集団で行動するため、一体で現れるのは珍しいことだった。


 醜鬼は脳があまり発達していないため、一気に多数を相手取らないように立ち回ることができれば恐れる相手ではない。


 シャノンは早速手を構え、魔力弾マギグロビスを生成する。這う速度に合わせて照準を動かし、タイミングを見計らって放った。魔力弾は当たると思われたが、攻撃に勘づいた醜鬼は進行方向を急に変え、見事に避けた。


「ふんっ、どこを狙っているのかしら?」


 二発、三発と狙い撃つが、一向に当たる気配はない。


「射撃のセンスは皆無のようね」


 感情を逆なでするような言葉に、シャノンは表情を変えることなく言う。


「ファリレの魔力ってどれくらいあるの?」


「どれくらいって……そうね。無尽蔵だと思って貰って構わないわ。魔力量だけなら魔人族の中でダントツよ。昔、量るために魔法を使い続けたのだけれど、先に指が折れたわ」


 誇らしげに語るものの、聞いている側からすれば間抜けな笑い話でしかない。シャノンは笑い声を噛み殺して、気持ちを落ちつけるために大きく息を吐き出した。


「じゃあ、遠慮なく」


「え? それってどういう――」


 疑問符を浮かべていたファリレの目が、突如見開かれる。驚愕した表情で、シャノンの方を向いた。


「ちょっと、何よこれ!? 何でお前の意思で私の魔力が持っていかれてるのよ!」


「え? そうなの?」


 ファリレが何を言っているのかいまいちよく分からないシャノンだったが、とりあえずは放っておくことにした。今は目の前の敵を排除するのが先決だ。


 シャノンは魔力弾を発射する。だが、それで終わりではなかった。次から次へと魔力弾を生成・発射していく。その間隔は徐々に縮まっていき、終いには息継ぎの暇もないくらいに連射を始めた。


 速さを優先した分、圧縮はおろそかになっている。形はまちまちで、頭大にまで圧縮できた魔力弾はほとんどない。その分、威力は落ちる。だが、それは数でカバーすればいい話だ。どれだけ強力な攻撃も当たらなければ意味はない。


 素早さに秀でた醜鬼でも、一発ずつならまだしも連射には対応できなかった。一発当たって足に怪我を負った。赤黒い血が壁に飛び散る。そこで足を止めたが最後、魔力弾が次々と身体に命中し、見る見るうちに削れていく。壁から剥がれ落ちた醜鬼だが、地面に到達することは叶わなかった。


 あとに残るは深く穿たれた石壁と、そこに飛び散った血跡だけだ。


「これ、もしかしてファリレと手を繋いでる間は無敵?」


「こ、この程度で図に乗るんじゃないわよ! いったい何発無駄にしたのかしら!?」


「五七発くらいかな」


「数えてたの……いいかしら? いくら魔力操作が得意でも、無駄打ちして魔力がなくなったら終わりなのよ? もっと考えて使いなさ――――というか、勝手に私の魔力を持っていかないで貰えるかしら?」


 シャノンが首を傾げて見せると、ファリレが声を荒らげる。


「お前は私の魔力を吸い取ったのよ。私の意思に関係なく、お前の意思で、ね。抵抗しようとしても無駄だったわ」


「何だ、それができるんなら先に言ってよ。俺の方が魔力操作上手いんだから、安全に鍛錬できたじゃん……。というか、最初からそうしてれば初日にあんなことにはならなかったんじゃ……」


 目を細めて抗議の意思表明を始めるシャノンに、ファリレは狼狽しつつも口を開いた。


「あ、あれは、その…………そ、そのことは今はどうでもいいのよ。いいかしら? 魔力を相手の意思に関係なく吸収するなんて魔族の中でも希少な存在よ。まして、人間がそれをできるなんて知れたら大事になるわ。特に、お前は失われた第五元素を使えるのだから、間違いなく狙われるわ」


「何かいいね、その特別感」


「馬鹿なのかしら? 捕まれば解剖や実験で二度と普通の生活なんて送れなくなるわよ? それが嫌なら人前で使うことは避けなさい」


「制限付きの力ってのも燃えるね」


 盛大なため息を漏らして、ファリレは頭を抱えだした。項垂れる声が洞窟の壁に響く。


「それと、私の魔力も勝手に吸わないこと! いいわね?」


「えー。というか、ファリレは俺のものでしょ? だったら、ファリレの魔力も俺のものだよね?」


「何て自己中心的な男なのかしら……」


「違う?」


「そ、それは……その……」


 シャノンは握っていた手を強引に引き寄せて、ファリレの耳元に口を近づける。吐息がかかるくらいの距離で囁いた。


「それとも、ご主人様に逆らうの? これはお仕置きが必要だね」


「お、お仕置き、って……」


 頬を染めてたどたどしく言うファリレに、シャノンはニヤリと口元を歪めた。


「さあ、何にしようかな? ファリレはどんなお仕置きをして欲しい?」


「わ、私は…………」


 少し考えたところで、ファリレはハッとしてシャノンの身体を突き飛ばした。


「ば、馬鹿なのかしら!? し、して欲しいわけないでしょう!?」


「そうかな? もの欲しそうに見えたけど?」


 ファリレは肩を戦慄かせ、口を開こうとするも言い淀んだ。ふんっ、と鼻先であしらうと一人で先に行ってしまう。


 その後、なんだかんだ言いながらもファリレは醜鬼が出て来る度にシャノンと手を繋いで魔力を供給した。魔力弾の連射によって複数体出てきても楽に殺せるようになった頃、唐突にファリレは魔力弾の使用を禁じた。


「死ねってこと?」


「馬鹿なのかしら? 次のステップに移るだけよ」


 ファリレは咳払いをして、シャノンの全身をつま先から脳天まで眺める。

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