ノアザミ

 授業中、足元に転がってきた消しゴムを拾い上げる。誰のだろう、と見回すと、よりによって彼が、申し訳なさそうにぼくを見ていた。溜息を我慢して、出来る限り素っ気なく映るように、消しゴムをその掌に載せてやる。さんきゅ、という口の動きだけで胸が高まるので、いやになる。

「委員長はおれのこと、ほんとに嫌いなんだよな。なのにいつも助けてくれるから、感謝してるんだぜ」

 放課後、数学でわからないところがあると言う彼の頼みに付き合って教えていると、そんなことを言われた。ぼくが思い切り渋い顔をするのを、彼は楽しそうに笑う。

 嫌いなんじゃない。嫌いなんじゃ。

「委員長は、あんたのこと嫌いなんじゃないと思うけどね」

 彼の隣、いやむしろ彼の膝の上に座っている女子生徒が口を挟む。ぼくはもう、渋い顔を保てている自信がない。

「え、そうなの? 嫌いじゃないって……」

 彼が嬉しそうに口元を綻ばせる。こちらは期待を押し殺すので精一杯なのに、そんなの狡い。

 女子生徒がさっさと立ち上がって、彼の腕を取った。

「ねえ、もう良いでしょ。勉強ならアタシが教えてあげるからさあ。デートしよデート」

「んー。じゃあ委員長、ありがとな。また明日!」

 快活に振られた手に、思わず振り返してしまった。教室のドアが閉められると同時に、一日我慢していた大きな溜息が漏れる。

 この気持ちを素直に伝えられる世界に、生まれていれば良かった。

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