キショウブ
「幸せになることが、一番の復讐なんだ」
信じていた親友に裏切られ、失意から病に倒れた父が、憤る私に何度も言い聞かせたのは、そんな言葉だった。
「私はこんな体になってしまったが、お前はそんなことを、ものともせずに生きなくてはならない。私を陥れた者への復讐を考えるなら、それはお前が幸せになることしかないんだよ」
父は既に、私が幸せになるための道を整えてくれていた。大学へ進むための資金、これまでに養ってくれた知的好奇心。
それでも父の弱りきった姿を見るたびに私の胸の内には暗い炎が燃え上がったが、その炎を消すように、父は根気強く、私を諭した。
そんなことを繰り返しているうちに私は大人になり、気がつけば人生の伴侶も得て、ごく普通の幸せを手にしていた。父は数年前に死んだが、母や私、そして生まれたばかりの孫に囲まれて、安らかに眠るように逝った。
父を陥れたという男が、焼香に訪れたのはつい最近のことだ。想像していたよりずっと普通の、顔立ちの穏やかな男は、父の位牌の前で泣いた。
「父の最期は、幸せなものでした。あなたのしたことは、父の幸せを揺るがすことも出来なかった、その程度のことだったんですよ」
肩を震わせる男を見ても、私の心はもはや、微かな風さえも感じなかった。
私の、そして父の復讐は、ここに結実したのだ。
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