バーベナ

 教会から村へ向かう小道で、天使を拾った。

 清らかな異国風の装束を身にまとった白髪の少女の華奢な背中からは、白鳥のそれを思わせる、優美な羽が生えていた。しかし私が彼女を見つけたとき、その羽の右の方は無残に折れ曲がり、彼女自身も、ひどく傷ついていた。地に伏し、荒い息を吐くその様子に、思わず抱え上げて、教会に連れて帰って来てしまったのだった。

 羽の生えた少女は数日間、高熱にうなされていたが、看病の甲斐あってか、やがて起きて歩き回れるまでに回復した。どうやら私の使う言語を話すことはできないらしく、彼女は彼女の言語に身振り手振りを交えて、私とコミュニケーションをとった。銀色の瞳は美しく、やはり天界から落ちて来た天使なのではないかと思われる。

 一週間も経つと、彼女の熱も怪我も、綺麗に癒えた。しかし、その羽だけは、まだまだ使い物にはならないようだった。彼女は時折、悲しげに自分の背を撫でた。窓の外に飛び交う小鳥たちを、羨ましげに眺めた。

 だから、村外れの崖近くに、滅多に生えていない、外傷によく効く薬草を見つけたときは嬉しかった。これを使えば、彼女の羽はきっと早く治るだろう。薬草に向かって腕を伸ばしたとき、前日の雨で脆くなっていた地面が崩れた。

 誰かが聴き慣れない声で叫ぶので、目が覚めた。どうやら崖から地盤とともに落下したらしく、身体のあちこちが痛んだ。霞む視界の中で、私を探し当ててくれたらしい少女が、私の手を取って、祈るように目蓋を閉じたのが見えた。彼女の暖かさが手を伝って全身を巡り、気がついたときには、全身の痛みもキズも、どこかに消え去っていた。そして、にっこりと微笑む彼女の羽も。


 それからひと月が経過して、彼女は教会に来る人たちとのやり取りの中で少しずつ、私たちの言葉を覚えていった。同時に私も彼女の言葉を教わり、今までよりも更に、心を通わせられるようになった。

 彼女の羽は、私を治したときに小さくなってしまったけれども、だんだんと元の大きさに戻るらしい。完全に元に戻ったら、そのときはお別れだ。

 私の手を自身の背に当てて、彼女ははにかみながら言った。

「でも、それまでは、一緒」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る