ブライダルベール

 花嫁姿のお母さんは、とても綺麗だった。

 私の記憶の中の、部屋の隅に蹲って男の乱暴にじっと耐え忍ぶ痩せた女性は、そこにはいない。心なしかふっくらとした様に見える頬には化粧だけではない赤みが差し、笑った目の中には輝きがある。

「来てくれて、ありがとう」

 新郎とともにそばにやって来て、数年ぶりに顔を合わせたお母さんは、私に頭を下げた。私は立ち上がって、二人を見つめる。

「こちらこそ招待してくれて、ありがとう。……良い式だね」

 規模こそ小さいが、お母さんの好きな音楽や花に彩られた式場は華やかで、新郎の趣味だという歌の披露もなかなか面白かった。お互いの親族とひと握りの友人だけが集まった結婚式は、親密な雰囲気で進んでいる。

 お母さんは私の言葉に、きゅっと唇を結び、俯いてしまった。透明な珠が数滴、床に弾けて消えた。

「貴女には苦労をかけて……親らしいこともしてやれなかったのに、こんな……」

 あとは言葉にならなかった。私の父である男より余程年配に見える新郎は、そっとその震える肩を抱いた。私は一瞬迷い、けれどもすぐに、お母さんの小さな手を引き寄せて握った。

「私は気にしてないよ。お母さんの幸せを、ずっと願っていたから……だから今、私も幸せだよ」

 お母さんは、その手の温度は、記憶の中と同じく温かい。私はいつも、この手に守られていた。

「これから、もっともっと幸せになってね」

 お母さんは俯いたまま、何度も何度も頷いた。

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