オモト

 レイロは我が家の使用人で、ぼくが幼いときからずっと、身の回りの世話と家庭教師とを兼任してくれている。彼女は博識で、家事に関することならできないことはなく、動植物の世話や機械の修理、車だけでなくあらゆる乗り物の運転までこなしてしまう凄い人だ。

 そんなに多くのことに精通しているのに、彼女はとても若く見える。大人の年齢はぼくにはよく分からないけれど、レイロはまだ三十にもなっていないのではないだろうか。長い黒髪を後ろで結び、大きく深い藍色の瞳をしたレイロは、人形のように美しい。

「坊っちゃま、今日は歴史のお勉強をしましょうね」

「うん。この間は革命のお話だったよね」

「はい。あの頃は王家の……特に浪費家で知られた王妃の贅沢三昧の暮らしぶりが喧伝され、民衆たちの怒りに火がついたのです。それはもう、大変な騒ぎでした。軍隊と民衆の衝突が度重なり、軍隊の中にも王家に反発するものが出てきて……」

 レイロの語りは、いつも「あの頃は」と、当時を懐かしむように始まる。その頃の民衆がパン屑と乏しい牛乳しか口にできなかったことや、常に下水を往来するネズミが家屋を我が物顔でうろついていて不潔だったこと、日に日に募る民衆の不満の言葉など、まるで見てきたように語る。

 革命が起きた数百年前の話だけではない。それよりもっと以前、それこそ人類が火を獲得して間もない頃の話も、見聞きしたように情緒を込めて話す。

「ぼく、レイロの歴史の話、好きだな。まるで見てきたみたいで、楽しいんだもの」

「あら、ありがとうございます」

 レイロは優しく微笑む。

「でも、それは当然ですわ。だって事実、見てきたのですから」

 彼女は真顔で冗談を言うことがある。そういうところも面白くて好きだと思う。二人で笑っていると、部屋にお父さんが入って来た。

「ああ、レイロ。ちょっと良いかな、手伝って欲しいんだ」

「もちろんですわ、旦那様。ふふ、また大事な書類を失くしてしまわれたのですか」

「そ、それは学生の頃の話だろう。まったく、君はいつまでもそれをネタにからかうから困るよ」

 二人は談笑しながら出て行った。ぼくは一人でノートを広げつつ、何か変だなと思った。

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