デイジー(白)
無邪気であることが神聖であることと同義だと、それこそ人間は無邪気に信仰している。けれど、それはこれまで数多のフィクションが無邪気さを便利なアイコンとして使用してきたお陰で、私たちの脳に刷り込まれた思い込みに過ぎない。
それでは、無邪気であるということは、どういうことか。私が今、泥だらけになって必死で手を動かしている理由が、それだ。
「ヒイナ、今すっごく困ってるの。だから、助けて?」
私はその時、卒論原稿と格闘している最中だった。パソコンを閉じ、慌てて彼女のアパートに駆けつけると、ヒイナは胸の前で合わせた手と共に首を傾け、無邪気に微笑んだ。その微笑みを見てしまったら、どんな頼み事であれ断ることはできない。そもそも、断ろう、なんていう思考が、塵ほども出てこない。
そんな訳で、私は今、全く人の気配の無い山奥で一人、汗水垂らして大きな穴を掘っている。穴のそばには、ヒイナから預かった大きな荷物。ブルーシートの上からポリ袋を何重も重ねたその荷物の中身が何なのか、梱包の段階から手伝った私にはよく分かっている。
穴を掘りながら、ヒイナのことを考える。汚れを知らない微笑み、耳に心地よい声、そっと触れてくる細い指、その体温。彼女は無邪気だ。相対するこちらが、汚れきっている気がしてくるほどに。
だから、彼女の無邪気を守るためなら、私は何だってする。彼女に降りかかる汚れは、私が全て代わりに受けるのだ。
泥だろうが、血だろうが、罪だろうが。
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