ラークスパー

 その旅人は、いかにも身軽そうだった。大きなバックパックを背負い、たくさんのステッカーに埋もれて車体の色さえ分からないマウンテンバイクを押しながら、日焼けした顔で朗らかに笑っている。

 少女は、父親が経営する宿の窓から顔だけ出して、興味深げに旅人を見つめた。宿には年間を通じてたくさんの客が来るが、今は繁忙期ではない。たださえ珍しい時期なのに、こんなにも旅人然とした客はさらに珍しかった。

「暑い時期には北へ、寒い時期には南へ……渡り鳥と同じさ。お金? 数週間、大きな街に逗留して稼げば案外、足りるもんだよ」

 少女の質問攻めに、旅人は屈託なく答えた。渡り歩いた多くの国の話を聞くうち、少女は彼のような旅人になりたいと思うようになっていた。

 一週間の滞在の後、旅人は来た時と同じように、自然に去って行った。少女は両親にああいう人になりたいと無邪気に話し、両親は困ったように笑った。

 ひと月ほど経って、少女が海辺を歩いていた時、何かボロボロの、布の塊のようなものを見た。なぜだか気になって駆け寄ろうとした時、通りすがりの男に止められた。

「ありゃ旅人の成れの果てだろう。あいつらは自由気ままに生きてるが、その分、社会的な保障を何も受けられないんだ。いったん病気になったら終わりさ。あんな風に」

 少女は立ち止まり、無言で、その塊を見つめた。ついこの間、爽やかに話してくれた男のことを思い出した。ひどく悲しい気分だった。

 何もできないまま、彼女はその場を立ち去った。その塊の近くに、見覚えのあるマウンテンバイクが倒れ、海水に晒されていることには気がつかないまま。

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